クラシックバレエから歌舞伎の世界を経て、舞踊家へ。梅川壱ノ介は“舞う”ことにこだわり、情熱の赴くままに異色ともいえる道を歩んできた。舞台では、古典演目にクラシック音楽から現代アート、Jポップまでを組み合わせ、斬新な表現を繰り広げる。自身が掲げる人生のテーマは“伝統と革新”だ。そんな梅川が彼自身と同様に“伝統と革新”を掲げるクラシコイタリアを巡る対談企画「自遊人の嗜み」。第2回はビームス(BEAMS)の中村達也クリエイティブ・ディレクターと共にスーツと和服の共通点を探る。
梅川壱ノ介(以下、梅川):トークショーやディナーショーのときに、よくビームスの洋服を着ています。ビームスは僕にとって昔から身近にあったショップなので、今回ご一緒できて本当にうれしいです。洋服のトレンドは毎シーズン移り変わっていきますが、スーツやドレスウエアは、製作過程から着方のルールなど伝統が脈々と受け継がれているように感じます。中村さんはスーツの着こなしをどう提案されていますか。
中村達也ビームス クリエイティブ・ディレクター(以下、中村):ありがとうございます。ただ昔のものを掘り起こすのではなく、経験して得た知識を今の時代に咀嚼して表現することにしています。スーツもメンズの洋服では古典に分類されるのですが、クラシックといってもリバイバルもあればトレンドを加えて新しく変化したものもある。最近はルールに縛られない、新しい洋服の着こなしもどんどん増えていますので、経験や知識をどうフレキシブルに生かすかが問われていますね。
梅川:日本舞踊も400年近く続いていますので、神社仏閣や美術館を舞台にするとそうとう違和感があるようです。必ずしもポジティブに受け取ってもらえるわけではないですが。
中村:新しいことにチャレンジする場合、その世界観が理解されないことも多いでしょう。
梅川:そうですね。でも、理解できるかできないかの微妙な立ち位置が新しいのだとも思います。
中村:クラシックや古典を知らなければ革新的なものは生み出せない。基礎になる知識があるからこそ何が新しいか判断できるわけですよね。ファッションの世界でも新しいものを否定する人はいます。でも、ビームスの基本姿勢は常に時代性を取り入れること。そのさじ加減は重要ですが。
梅川:さじ加減はどのように調整をしていますか?
中村:洋服の領域を見極めることです。メンズのスーツやドレスウエアは一見すると毎シーズン変化がないように思われがちですが、モードなど革新的なものからの影響も受けています。ただ、何でもありとは違う。そこが難しいです。小さな変化をキャッチし続けなければいけませんからね。
梅川:小さな変化を見つけるための習慣や気をつけていることはありますか?
中村:モノだけではなく人を見ています。例えばピッティ・イマージネ・ウォモというイタリアの展示会には世界中から人が集まるのですが、着ている洋服だけに注視するのではなく、その人たちの気分を感じる力が重要。着こなしの些細な変化と人々の気分が合致したスタイルは必ず大きい波になります。
梅川:私の師匠は坂東玉三郎先生ですが、踊りを習うことはもちろん、一番大切なのは同じ空間にいることだと感じています。会話をしているとき、食事のときの視線や何かを選んだときの選択理由などを察知しようと心掛けています。空気を自分で感じ分析することが勉強になります。結果、その蓄積が新しい自分を作るのだと思います。
中村:変化を望まない人もいるわけですから、なかなか受け入れられないですよね。否定からスタートするケースも多いですし。でも3年経つと気付き始めるんですね。ビジネスを考えると、顧客に迎合している方が楽です。でも、それではいずれ淘汰されてしまう。何より自分が楽しくないということもあります。新しいことを受け入れビームスらしくアウトプットしていく姿勢が信頼につながっているんだと思います。
梅川:ところで中村さんは、以前から洋服マニアだったんですか?
中村:僕は洋服の学校もいってないですし、勉強もしたことがないんですよ。全てビームスに入社してから学びました。ただ、実家は靴屋でしたし母親の実家がテーラーに生地を販売する仕事をしていたので、洋服との距離は近い環境でした。洋服が大好きな田舎の少年でしたね。
梅川:ご出身はどちらですか?
中村:新潟です。
梅川:僕は新潟大学出身なんです。中村さんがトークショーで新潟にいらっしゃったときはなぜだろうと思っていました。
中村:すごい偶然(笑)。新潟の冬はよくみぞれがふるので、おしゃれを楽しむのが大変でしたよね。高校生の頃は、真冬にステンカラーコートを着て、ローファーを履いて学校に通っていました。今考えると、なぜそんな薄着だったのか不思議ですが、“おしゃれは我慢”だったのでしょうね。
梅川:中村さんにとってその時代も伝統に含まれるんですか?
中村:そうですね。母方の祖父は生地屋だったので、いつもダブルのスーツを着てアスコットタイを巻いているような人でしたし、父方の祖父は靴職人だったので、洋服に対する探究心のような遺伝子はあるのかもしれません。
梅川:スーツの“粋”な着こなしを教えていただきたいです。
中村:基本は着物と一緒で、正しく着ること。ただ、着物の裏地にこだわるように、スーツをオーダーする時は裏地が派手な色や柄の生地を選ぶ。普通に着ているときは分からないけれど、脱いだときにチラッと見えるような。あと、今日はダブルのスーツですが、ジャケット内側のボタンをあえて外したり、ネクタイの小剣をわざとずらしたり、ちょっとした“こなし”の工夫が粋な洋服の着こなしではないでしょうか。
梅川:切羽のボタンもはずしていますね。
中村:そうですね。シャツもレギュラーカラーのときはあえて襟芯をぬいて柔らかくして、先端を跳ね返らせてアンバランスに見せたり。基本の中に生まれる“隙”を作り、着こなしのルールを少しだけ広げるんです。でも、最初はカメラマンにネクタイが曲がっていると指摘されて直されるケースも多かったです(笑)。
梅川:自分なりのこだわりがあると、自信につながって雰囲気も変わると思います。和服も裏地へのこだわりが強いんですよ。
中村:裏地の色とのコンビネーションは、和服と洋服との共通点でもあるんじゃないでしょうか。
梅川:和服の色は無限にありますから、選ぶのが大変です。
中村:形のバリエーションは洋服の方が多いと思いますが、生地の色や柄、染めの濃淡と、小物は和服の方がバリエーション豊富ですよね。洋風な巾着もよく見かけます。和服の世界でも少しづつ遊びが浸透してきているのでしょうか。
梅川:おっしゃる通りです。ルールを考えすぎると面白くなくなるので、今は見て楽しければ良いという考え方も広がってきています。
中村:伝統を重んじながら今の時代をどう表現するかですね。
梅川:はい、僕の公演もそうなんですが、自分では選ばないことを否定するのではなく、どう受け入れるかです。そこから発見するものもたくさんあります。
中村:自分の尺度だけで考えてしまうと、気付かないうちにメンタルが古くなることがあると思います。それが一番怖い。だから一緒に働いているスタッフは10歳以上も年下ですが、彼らのスタイルは必ず受け入れます。とにかくやってみようと。好き嫌いに関わらず、次の芽はいたるところにあります。年をとると自分のスタイルが固まって新しいものを生み出しづらくなりますから、次代を見る視点だけは広くしていたいですね。
梅川:ちなみに今日のファッションのポイントを教えて下さい。
中村:スーツの生地は元々ハンティングウエアなどに使われていたものです。イギリスの伝統的な渋めの生地なので、あえてボルドーのストライプでメリハリを付けています。スーツとネクタイのブラウンのトーンを少しだけずらす、この微差にこだわりました。白やブルーのシャツだと退屈ですし、この生地が生きてこない。着こなしには足し算や引き算がありますが、今日は足し算をした方がスーツを生かせると思いました。梅川さんのこだわりは?
梅川:僕は生地の梅色と紐の色との組み合わせです。羽織の裏地に描かれた龍もですね。
中村:和服の世界には黒の濃淡がありますよね。黒と合わせるときの色の深さ。洋服やスーツの世界にも濃淡は存在しますが、そこまでこだわらない。
梅川:そう考えると染めや裏地のこだわりなど、和服と洋服の共通点も多いですね。中村さんにとってファッションとは何ですか?
中村:人の印象は言葉や行動によりますが、身に付けているものも印象を大きく左右する。だから内面が一番大事ですが、洋服はそれに次いで自分を表現するための重要な要素だと思いますね。