2018年5月、建築家とグラフィックデザイナーがブックレーベルを立ち上げた。その名も「エー・ピー・ティー・ピー・ブックス(aptp books以下、aptp)」で、“a place to play(遊び場)”の頭文字をとっている。異業種の2人は、出版不況と言われて久しいこの時代になぜ出版を始めたのだろうか。
“遊び場”というレーベル名が示すのは、aptpという場所で遊ぶようにモノやコトを“発信”したいという思い。東京・中野区にある事務所を訪れると、半分がフリースペースとなっていた。道路に面した一面が大きな窓となっており、生い茂った木々と空が見える気持ちの良い空間だ。知人を中心に声を掛け、イベントスペースとしても利用している。有限会社アパートメントの代表で、aptpを立ち上げた建築家の滝口聡司さんは「本は、流通させることでさまざまな場所へ移動し発信できるものだと思う」と話す。まるでモバイルハウスのような、その建築家的な発想にハッとさせられた。
昔から本が好きで、書店にもよく足を運んでいるという滝口さんは3年前から出版事業についての構想を持っていたそうで、その中で声を掛けたのがグラフィックデザイナーの宮添浩司さんだった。宮添さんも、出版についてずっと興味を持っていたという。
一般的に、本を書店に置いてもらおうと営業活動をするのは、出版社の営業担当者だ。著者や装丁を手掛けたデザイナーが直接書店に営業をするということは少ない。ただ、近年増加傾向にある自費出版に関していうと、取次(出版社と書店の間にいる卸業者)を通さずに作り手が直接書店に足を運んで売り込みをすることが多い。それでも、装丁を担当したデザイナーが書店へ行くという例はほとんどないに等しいだろう。
aptpでは宮添さんが営業まで担当する。「自分が本を作るとき、編集者さんとのやりとりで完成し、そこで本作りが終了してしまっている感覚があった。本を作るのは好きだけど、もう少し責任を持って、最後まで本を届けることまでできたら面白いと思ったんです」。宮添さんは、aptpに参加した経緯をこう打ち明ける。
2人が具体的に話を始めたのは、昨年の10月頃。時を同じくして、写真家の木村和平さんが、新しく作る写真集のデザインを宮添さんに依頼する。良いタイミングだと感じ、ブックレーベルとしての第1弾の作品を木村さんの写真集「袖幕」(4500円)に決めた。aptpの公式サイトの他、銀座 蔦屋書店、B&B、ON READING、誠光社など16店舗で販売中。
「袖幕」は、あるバレエ教室の発表会当日を舞台袖から撮影したものだ。客席からではなく、舞台袖にこだわるのには理由がある。それは、幼い頃の記憶。「僕が生まれた頃から姉がずっとバレエをやっていて、小さい頃に姉の発表会に行った時に舞台袖に勝手に入ったことがありました。横から見ると、踊っているのが全く見えないくらい照明が強くて、入った瞬間に浴びた大きな光が印象的だったんです。10年以上経ってバレエという芸術にあらためて興味を持ち、13年から写真を撮ることを始めました」。舞台袖から撮るからこそ、見える表情や伝わる熱気がにじみ出る写真になるのだと思う。特に、幼い頃の記憶と交差するおぼろげな光の捉え方が秀逸だ。
福島県から上京した木村さんは通っていた大学から一番近かった街である原宿によく出向き、そこで写真と出合う。譲り受けたカメラを使い何もわからないままがむしゃらに撮影を続け、今に至るまで誰にも師事せず独学で写真と向き合い続けている。そんな何にも染まっていない無垢な始まりだったからこそ、捉えることができるものがあると思う。それが彼の場合、“光”なのではないだろうか。
そしてそれを引き立てるのが、ブックデザインだ。「このレーベルをやると決めた時から、作家さんと二人三脚で本を作りたいという思いがありました。いわゆる仕事で作る本は、時間的な問題もあるかもしれないけれど、著者に会わずに終わってしまうということも僕はあって。それはやめたいと思ったんです」と話す宮添さんは、何度も木村さんと対話を重ねた。
印刷された紙と余白に、デザインの力を感じる。いきなり目に飛び込むのではなく、徐々に入っていく世界観。予感と余韻を表現しているレイアウトと木村さんが捉えた光が、まるでその場にいるように伝わる紙。これは、“本”という形でないと届けられないものだと思う。印刷を担当した藤原印刷も、偶然の出合いにタイミングを感じて依頼することに決めたそうだ。良い作品が生まれる背景には、出会いという“点”が、奇跡のように“線”となってつながっていることが多いと思う。
思いを込めて作った本を届けるということ。作るだけではなくバトンを手渡すように、その思いを読み手と直接関わる売り手に伝えること。モノが溢れる時代に生き残るのは、思いを届ける力なのではないだろうか。そしてそれを感じるために、書店という“場”に触れていきたいと私は思う。