「ナイキ(NIKE)」がアメフト選手のコリン・キャパニック(Colin Kaepernick)を広告に起用したことで、人種差別問題や愛国心もからむ問題となってアメリカを分断する議論を呼んでいる。
キャパニック選手は黒人をはじめとした有色人種への差別に抗議するために、ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League以下、NFL)の試合で国歌斉唱中に起立することを拒否してひざまずくムーブメントを生み出した人物だ。しかし国旗に向かって起立しないという行為に対し、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領ら保守派を中心にムーブメントに参加した選手の処分を求める声が上がった。これを受けてNFLがこの行為を全面禁止にし、キャパニック選手は2017年に「サンフランシスコ・フォーティナイナーズ(San Francisco 49ers)」との契約を早期終了することを選択して以来フリーエージェントとなり、現在までどのチームとも契約に至っていない。クオーターバックとしてのキャリア継続を望むキャパニック選手は、これをNFLの策略だとして異議申し立てをしている。
そんな彼を「ナイキ」はスローガン“Just Do it”の30周年キャンペーンに起用した。広告は、キャパニック選手のモノクロの顔写真に「何かを信じろ。たとえそれが全てを犠牲にするとしても(Believe in something, even if it means sacrificing everything)」という力強いメッセージを載せた。これを国への背信と捉えた保守派の間で、不買運動や、「ナイキ」の商品を燃やしてSNSに投稿したりすること、そして“Just Do it”をもじった「#Justburnit」や「#Boycottnike」といったハッシュタグも広がった。株式マーケットにも悲観材料として捉えられたのか、同社の株価は9月3日に一時3.2%減の79.6ドル(約8756円)まで下落。この下落によりナイキの時価総額は一時32億ドル(約3520億円)減の1284億ドル(約14兆1240億円)となった。
しかし一方で、キャパニック選手を歓迎していないはずのNFLはナイキを支持。声明で「NFLは意味のあるポジティブな変化をコミュニティーに迎えるために、ゲームに携わる全ての人の役割と責任を受け入れている。コリンと他のプロスポーツ選手が提起した社会正義の問題は、われわれの注目と行動に値する」と述べている。
このNFLの対応に対し、キャパニック選手をNFLから追放する最大要因となったトランプ米大統領は「テレビ視聴率を大幅に下げているNFLと同じように、ナイキは怒りとボイコットで殺されかけている。こうなることは予想していたのだろうか?NFLが(彼らを)気にかけるなら、私も看過できない。彼らが国旗に向かって起立する日までずっとだ」とツイートをしてあおった。
だがナイキにも今米スポーツ界で最も注目を浴びるプロテニス選手セリーナ・ウィリアムズ(Serena Williams)のディフェンスが入る。ウィリアムズ選手は全米オープンの準々決勝に「ナイキ」とヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)がコラボし、彼女をミューズとして製作されたウエアで勝利を収めた後、「ナイキの決断は他の企業に対する力強いステートメント。キャパニック選手は自身を懸けてアフリカ系アメリカ人コミュニティに貢献した。彼を巨大企業がサポートすることは、議論のきっかけにもなる。そして彼らは恐れていない」と報道陣に語った。ウィリアムズ選手は、キャパニック選手と同じくこの“Just Do it”キャンペーンに広告塔として参加している。
また、「ナイキ」のアンバサダーを務めるレブロン・ジェームズ(LeBron James)米バスケットボール選手も「僕は変化を信じる人とポジティブな姿勢の全てを支持する。そして『ナイキ』の味方だ。今もこれからもね」と、4日に行われたハーレムズ ファッション ロー(Harlem's Fashion Row以下、HFR)主催の「スタイル アワード」授賞式で語った。HFRはファッション業界のダイバーシティー向上を目指してスタートしたムーブメント。ジェームズ選手は「ナイキ」とHFRに参加している3人の女性デザイナーと共にコラボスニーカー“HFR x レブロン 16(HFR x LeBron 16)”を製作。「ナイキ」の後援で開催されたこの日のイベントでは授賞式の他、そのスニーカーの披露やファッションショーも行われた。
作家でブランディングエキスパートのマーティン・リンドストローム(Martin Lindstrom)は一連の「ナイキ」の広告戦略について「『何かを信じろ。たとえそれが全てを犠牲にするとしても』というメッセージで明らかだが、『ナイキ』は“Just do it”と、大きなリスクを取る勇気を信じている。この姿勢で突き進めば、間違いなく民衆の目にさらされ、確実に敵も作るだろう。だが、根幹となる顧客の意識を喚起して、本物の支持者も現れるだろう」と分析する。