わかってはいたじゃないか。エディはエディ。これが彼のスタイル。ここまで貫けるのはあっぱれ。フォー・エバー・ヤング!それはきっとLVMHグループの新しいエンジンとなるだろう。だけど、ひとつ疑問。「セリーヌ(CELINE)」って何だっけ?
今季のパリの最大の注目であるエディ・スリマン(Hedi Slimane)による「セリーヌ」のショーを終え、会場を支配した空気を言葉にすればこうなる。エディは今季から、「セリーヌ」のアーティスティック、クリエイティブ&イメージディレクターに就任しメンズとウィメンズ、合わせて96体を発表した。
会場は、ナポレオンが眠るパリのオテル・デ・アンバリッド(L'hotel des Invalides)。LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)は、ラフ・シモンズ(Raf Simons)の「ディオール(DIOR)」のプレタポルテのデビューの時もこの場所を使った。本当に大切なショーの際は、このパリを代表する歴史的建造物を使う許可を得るためフランスにおけるその影響力を駆使するのかもしれない。開演の音楽は、フランス共和国親衛隊によるマーチングバンドで、これも非常にレア。エディがフランスに帰ってきた。そう印象づける始まりだ。
インビテーションは、パリの夜の街を切り撮った写真を収めたノート型。写真を撮ったのはもちろん、写真を愛するエディ自身だ。加えて黒一色の会場演出や、このショーでデビューを果たした若いモデルたちのキャスティング、壁に埋め込まれたスピーカーから大音量で流れる音楽などすべてエディ自身が監修し、シャープでロックな世界観を作り上げた。エディの前職である「サンローラン(SAINT LAURENT)」時代に見せた世界観と寸分たがわない。
服もまた、「サンローラン」をそのままスライドしたような内容だ。メンズのパンツのシルエットは、若干ゆったりしたがあくまでスキニーで、細いタイを合わせ、細身のテーラードジャケットもしくはコンパクトなシルエットのライダースを合わせる。少し猫背で長めの髪のメンズモデルは若い頃のエディ自身を見るようだ。
ウィメンズはマイクロミニのドレスをはじめ、細く長い素足を見せてこれも非常に若い。ただし、まばゆい装飾にはクチュールワークがふんだんに施されている。ドレスに合わせる、ユニセックスのジャケットやざっくりしたカーディガンはボーイフレンドから借りてきたみたいだ。
色はもちろんブラック。タキシードジャケットも、“ダンスドレス”と呼ぶウィメンズのダンスミニドレスも、靴も、印象的なアイウエアもブラック。レコードを用いたコラージュで知られるアーティストのクリスチャン・マークレー(Christian Marclay)とのコラボレーションが添えられた。
ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)LVMH会長兼最高経営責任者(CEO)は2月の決算会見で、エディを「世界的スーパースター」と称し、5年以内に「セリーヌ」の売り上げが2、3倍になることを期待していると話していた。新たにメンズが加わったことで、その可能性は十分にある。また、今後はデジタルをフックに特に若い層へのアプローチを強化し、従来の「セリーヌ」の顧客層とはガラリと変わった新たな顧客を開拓するだろう。会場にはスキニーなモデル風の若者が招かれており、スタンディングで興奮しながらショーを見ていた。彼らの美貌と興奮する姿を見ていると、“若いことは美しい”と素直に思える。
若者をラグジュアリーの世界へ吸引するのは容易ではなく、業界全体の大きな課題だ。LVMHはその課題に正面から向き合い、エディはその期待に応えるだろう。ただ、ブランディングという観点からはこれが正解なのか、疑問が残る。フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)による「セリーヌ」をそのままに、とは言わない。が、多くのフランス人が持つ「セリーヌ」のイメージは、パリ16区やアベニュー・フォッシュ近辺に暮らし、百貨店ル・ボンマルシェで買い物をするような洗練された上流階級の女性のイメージだ。エディの「セリーヌ」はクチュールワークという意味ではラグジュアリーだが、優雅なマダムのイメージからは遠い。
エディはデッサンを描き、立体を作るクチュリエではない。新しいスタイルを作るスタイリストとしての才能があり、そこを評価されてきた。今回、自身で確立したシャープなスタイルの中に、「セリーヌ」本来の大人の女性のエッセンスを入れ込んで作る新しいスタイルを見たかったのが本音だ。