2019-20年秋冬シーズンは、2月上旬に開催されたニューヨークに始まりロンドン、ミラノと進行するにつれて“クラシック”というキーワードが浮かび上がってきていた。そしてパリコレ2日目に開催された「ディオール(DIOR)」が見せたツイードのジャケットでそれは決定的に。伝統的な生地やアイテムを現代流にアレンジするトレンドが広がりそうだ。
マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターがコレクションの起点にあげたのは、1950年代の2つの英国文化だ。ひとつは“テディ・ガール”。第2次世界大戦後間もない50年代の英国の不良少年たち“テディ・ボーイ”の女子版だ。インスタグラムの動画でマリア・グラツィアは「ルールを打ち破る若者のサブカルチャー“テディ・ガール”の写真を見つけたの」と語っている。「エドワーディアン・ジャケットとデニムをミックスしちゃうようなね。サブカルはつまり個性の表現だと思う」とも。バックステージで「ディオール」“テディ・ガール”にカメラを向けると、リーゼントの代わりに帽子を目深にかぶりダンスをしてくれた。
もうひとつの50年代の英国文化は、マーガレット王女だ。エリザベス女王を姉に持つ同王女は、美貌の持ち主であり同時に自由人としても知られていた。51年、21歳の誕生日のポートレート撮影の際には王室ご用達のデザイナーではなく「ディオール」にドレスを注文し話題になったという。そのドレスは現在ロンドンで開催中の展覧会「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ(Christian Dior : Designer of Dreams)」で展示されている。このマーガレット王女のドレスと49年に発表されたベアトップのオートクチュールドレス“ミス・ディオール”のイメージが重なるのがこの辺りのルックだ。
“テディ・ガール”にしても王女にしてもマリア・グラツィアが惹かれる女性はいつもルールにとらわれない自由な女性たちだ。そのことは、「ディオール」のショーのもうひとつの側面であるフェミニズムにも通じている。
現在の「ディオール」は、ファッションショーを通じて、フェミニズムのメッセージを直球で投げかけてくる。今季もファーストルックのセレーナ・フォレスト(Selena Forrest)のTシャツには「シスターフッド・イズ・グローバル(女性たちの団結は国境を越える)」というメッセージが描かれていた。これは、米国の女性詩人ロビン・モーガン(Robin Morgan)の詩集からの一節で、その詩に惚れたマリア・グラツィアは直接ロビンの元へ訪れてTシャツ制作の許可を得たという。また会場の壁には、男性名で活動したイタリア人女性アーティスト、トマソ・ビンガ(Tomaso Binga)による、女性の裸体で作るアルファベットを飾った。DとかIとかMといった形を表現する裸体の女性たちに囲まれて見るショーとは何とも斬新だ。
いまだかつてパリコレの、特にラグジュアリー・ブランドのショーでこんなにはっきりと、繰り返しフェミニズムのメッセージを発信したブランドはない。2019年の現在はおしゃれなだけでなく自分の足で立ち、意見を持つ女性が同性から支持され、憧れられる時代。ショーや店頭、SNSの力を借りて“立ち上がれ!”と鼓舞し続けるマリア・グラツィアは、ファッションと女性の両方の可能性をグイっと広げている、本当の意味でのリーダーだと思う。
折しも日本ではフェミニズムを題材にドキュメンタリーと物語を混ぜた映画「シスターフッド」が3月1日から公開中だ。大きく遅れている日本のフェミニズムもファッションや映画の力を借りつつ前に進む時が来たようだ。