「WWDジャパン」5月13日号は、飛ぶ鳥を落とす勢いの「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」を特集する。老若男女を問わず、直営店でも百貨店でもスポーツ専門店でも売れている「ザ・ノース・フェイス」。ただし日本で目にするのは、9割以上がゴールドウインによる日本版「ザ・ノース・フェイス」だ。一方で日本人デザイナーの倉石一樹が手掛ける、日本では販売されない「ザ・ノース・フェイス」があることをご存知だろうか?本人に聞いた。
WWD:「ザ・ノース・フェイス」のデザインを手掛けるようになったきっかけは?
倉石:2002年に本国ドイツのアディダスと契約を結び「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」のデザインを担ったが、当時アディダス ジャパンにいたフランス人スタッフが本国版「ザ・ノース・フェイス」を運営するVFコーポレーション(VF CORP.)の上海支社に転職し、声が掛かった。ちなみに「サカイ(SACAI)」とのコラボレーションを先導したのも、この上海支社だ。17年に契約を交わし、18-19年秋冬から本国主導の“ザ・ノース・フェイス ブラック シリーズ”を本格スタートした。ライフスタイル(ファッション)カテゴリーの中で、より都会的なライン“アーバン エクスプロレーション”に属する。
WWD:本国とのダイレクトなビジネスにこだわっている?
倉石:別に、ジャパン社を敬遠しているわけではない(笑)。本社であれジャパン社であれ、きちんと話ができなければ仕事は続かない。つまり違いはないと思っている。ありがたいことに僕を指名してくれる時点で、ある程度それを理解いただいている。
WWD:“きちんと話ができ”る関係とは?
倉石:例えば色展開で、ブランドカラーを入れてほしいというリクエストがあるとする。でも僕としてはまず、なぜその色なのか理由を聞きたい。そのうえで、「それを表現するなら、この色もよいのでは?」と提案したい。“理解もするが、提案もする”。選択肢を示すのがデザイナーの仕事だと思っている。
WWD:デザイナーとして関わる前の「ザ・ノース・フェイス」の印象は?
倉石:小学生でアウトドア雑誌「ビーパル」を読みあさり、カヌーイストの野田知佑や作家の椎名誠の影響を受けた僕にとって、「ザ・ノース・フェイス」は憧れのブランドだった。石井スポーツで少しずつ買い足しては、父の実家のある長野県でカヌーキャンプをするようになった。中学に進学すると、制服のブレザーに「ザ・ノース・フェイス」のマウンテンパーカを合わせていた。仕事の話をいただき、本当に光栄だった。
WWD:VFコーポレーションのモノ作りについては、どう思う?
倉石:生地開発、縫製、仕上げと、生産背景は申し分ない。ベトナムの工場も見せてもらったが、設備が整っていて素晴らしい。ただし、ファッションとしての売り方が分かっていない。値付けやアカウント開拓など、売り方を含めたファッション化が僕のミッションだと思っている。クリアすべき課題は多い。
WWD:アメリカ版「ザ・ノース・フェイス」の現状のライフスタイル比率は?
倉石:1割程度だ。しかし、おひざ元のサンフランシスコやロンドンをはじめ、アジアを中心にライフスタイル専門のショップを増やしている。
WWD:「ザ・ノース・フェイス」の長所は?また「パタゴニア(PATAGONIA)」や「モンベル(MONT-BELL)」など、他のアウトドアブランドとの違いは?
倉石:ずばり歴史だ。歴史こそがブランドを形成する。全ての人が数千メートル級の山の頂を目指すわけではなく、となれば、ある一定のレベルからは機能面の違いはほとんどないと思う。つまり歴史が違いを生み、その歴史を買うことはできない。
WWD:日本での商標権を持つゴールドウインは「『ザ・ノース・フェイス』はファッションブランドではない』と宣言している。
倉石:“アウトドアブランドである”という根幹を忘れてはいけないと思う。そこをしっかり押さえてからのファッションだ。僕自身、そう自戒している。