2019-20年秋冬の「メルセデス・ファッション・ウイーク・トビリシ(以下、MBFWT)」に参加するため、5月にジョージア・トビリシを訪れました。ジョージアは発展途上の小国ですが、多くの人を引きつける豊富な文化が根付いており、今回の「MBFWT」はインターナショナルゲストが65人も参加していました。英ファッションメディア「ビジネス・オブ・ファッション(The Business of Fashion)」や「ヴォーグ イタリア(VOGUE ITALY)」「ファッキン ヤング(FUCKING YOUNG)」のジャーナリスト、ギャラリー ラファイエット(GALERIES LAFAYETTE)やプランタン(PRINTEMPS)、ネッタ ポルテ(NET A PORTER)のバイヤー、スナップサイト「スティル デュ モンド(STYLE DU MONDE)」「アダム カッツ シンディング(ADAM KATZ SINDING)」の著名なストリートフォトグラファーも集結。日本からは藤原ヒロシさんや「ヴォーグ ジャパン」の編集者、柴田麻衣子リステア・クリエイティブ・ディレクターの姿が見られました。私にとってトビリシ滞在は2度目です。知れば知るほど魅力が発掘できる街なので、毎日睡眠時間を削ってまで見つけたトビリシの見どころを紹介します。
見どころ1:写真映えする
ファッションショーの会場
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「MBFWT」会期中は正午過ぎから夜10時頃までショーやプレゼンテーションがぎっしり入っており、ランチとディナーもスケジュールにセッティングされています。メイン会場は現代美術館(Georgian Museum of Fine Arts)でしたが、個人的に印象に残ったのはメイン会場以外でショーを開催したブランドでした。「シチュエーショニスト(SITUATIONIST)」は中心街から車で40分程離れた、山岳に建てられたストーンヘンジの史跡(The Chronical of Georgia)を会場に、60ルック披露する壮大なショーでした。また「アヌーキ(ANOUKI)」はトビリシ国際空港で、モデルが航空機から出てくるという演出で驚かせてくれました。デザイナーのアヌーキ・カラッツ(Anouki Kaladze)の夫はトビリシ市長ということもあってか、空港に入場する際のセキュリティーチェックはいつも以上に厳重でした。「ダトゥナ(DATUNA)」は国立オペラ座を会場にし、フィナーレではロシアのバレエ団に所属するプリンシパルも登場する豪華な演出でした。このように、各ブランドの会場選びはパリコレクションにも匹敵するような奇抜さで、エンターテイメント性たっぷりで楽しませてくれました。
「MBFWT」は、ソフィア・ツコニア(Sofia Tchkonia)が15年にスタートし、今季で9シーズン目を迎えました。もともとはドキュメンタリー映画の製作に携わり世界を飛び回っていたというツコニアは、「ジョージアのファッションや文化を発信するため」にMBFWTを立ち上げたそうです。クールな見た目とは異なり、笑顔を絶やさず招待客を手厚く迎え入れる姿が印象に残っています。「最初は『何をクレイジーな事考えてるの?』と周囲に言われ、ファーストシーズンに集められたのは10ブランドだけでした。参加者や注目度は年々増していると実感しており、近隣国のブランドから参加したいと連絡が来ることもあります。業界関係者にとって、“毎シーズン外せないファッションウイーク”になるまで成長させたい」と語っていました。次シーズンは10回目という節目を迎えるため、サプライズを企画中とのことです!
「MBFWT」やトビリシに注目が集まっていると感じているのはツコニアだけではありません。ファーストシーズンから参加しているという「スティル デュ モンド」主宰者のアシエル・タンベトヴァ(Acielle Tanbetova)は「ストリートフォトグラファーは当初3人だけでしたが、今では20人近くが集まり、オフランウエイも盛り上がっています。ファッションウイークの規模も演出も明らかに進歩している」と教えてくれました。ゲストデザイナーとして招待され、日本人として初めてMBFWTでショーを開催した「アキラナカ(AKIRANAKA)」のナカ アキラ=デザイナーも「パリでの展示会中に会う多くの人から“トビリシが面白い”と聞いていたので参加した」と話します。今回が2度目の参加という「リステア」の柴田クリエイティブ・ディレクターは「街中を歩いていると近代的な建物が新しく建てられ、道の舗装が進むなど、街全体が発展していると感じる。わざわざでも来たいと思うほど、トビリシの食やカルチャーに魅了されている」と語っていました。
見どころ2:歴史と文化が
入り混じる街並み
私も柴田クリエイティブ・ディレクターの意見に賛同します!中心地はモダンな建物やファストフード店が多く並ぶ都市ですが、そこから数分離れた旧市街はソビエト連邦時代の面影を残した簡素な家々が並び、地元民の服装も何世代も過去のままで、まるでタイムスリップしたかのような空気感です。旧市街の中には天然温泉(ジョージア語で“アバノ”)を楽しめる施設がいくつもあり、レンガ造りの個室を時間単位で貸し切ることも可能です。トビリシという街の名前自体がジョージア語で“温かい”という意味で、街の建設時に温泉が発見されたことに由来しているほど、温泉の歴史はかなり古いようです。また旧市街の住宅地の奥には、ソビエト連邦時代の裁縫工場を改築したホステル&アートスペース「ファブリカ(Fabrika)」があります。カフェやレストラン、ブティックが並び、自由に出入りできる社交場としてトビリシのクリエイターが集まっているのだとか。
トビリシのカルチャーを語る上で欠かせないのは、ナイトライフです。ソビエト連邦時代のプールを改装した3フロアからなるカルト的クラブ「バシアーニ(Bassiani)」は、世界でも有数のテクノクラブとして知られており、世界的DJのプレイを手頃価格で楽しむことができます。ローカルの人によると、最近は「バシアーニ」よりも小箱のテクノクラブ「キディ(Khidi)」も人気です。アパートメントを改装した隠れ家的なバー「ドラマ(Drama)」や「プリンス(Prince)」など、落ち着いた雰囲気の大人向けなバーも数多くあります。トビリシの夜は眠ることがなく、独特なアンダーグラウンド・ユースカルチャーの震源地は間違いなくナイトライフにあると感じました。
見どころ3:無二の個性を放つ
ショップや野外マーケット
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新たに気に入ったお店もいくつかありました。今年4月にオープンしたばかりのブックストア「ゼイ セイド ブックス(They Said Books)」は私にとってトビリシで最も居心地の良い場所で、時間を忘れて長時間滞在してしまいました。1930年代の建物の外観はそのまま生かし、店内は近未来のインテリアで飾られ、世界中の小説や雑誌が販売されています。2階にはカフェスペースが併設され、今後間違いなくここから新たな文化が発信されるだろうなと感じました。近隣のコンセプトストア「ソバージュ(Sauvage)」は、サングラス専門店としてスタートし、現在は国内外のメンズ・ウィメンズのウェアも取り扱っています。ジョージア発ブランドの他「ヌード:マサヒコマルヤマ(NUDE:MASAHIKO MARUYAMA)」「ディストーション(DISTORTION)」「パス(PATH)」のアイテムが並び、トビリシ市内の他のコンセプトストアでは見かけなかった独自のセレクトでした。ほぼ毎日開かれている野外のビンテージマーケットは安価な掘り出し物が見つかる穴場で、販売者の服装や行動を観察しているだけでも異文化を感じられとても楽しめました。
見どころ4:多様性溢れる
食のカルチャー
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ジョージアは多様な食文化も特徴です。特にワインはフランスやイタリアよりも歴史が古く、約8000年前からぶどうが生産されていた“世界最古のワイン生産地”と言われています。白ブドウを原料に、赤ワインの製法を用いて造られた“オレンジワイン”がジョージアを代表するワインです。 白ブドウの皮や種も一緒に仕込むことで、皮由来の香りや渋味を伴う複雑な味わいでした。そしてジョージア料理といえば大きい小籠包のようなヒンカリや、たっぷりチーズが乗ったカチャプリが代表格。前菜にはトマトとキュウリをオリーブオイルで和えた簡単なサラダと、カボチャ・ビーツ・じゃがいもなどをそれぞれペースト状にした食べ物が必ずと言っていいほど出てきます。メインは魚介よりもお肉の割合が高く、スパイスを効かせたバーベキュー風の味付けや挽き肉を団子状にしたファラフェルのような料理が多かったです。会期中はブランドがセッティングしたランチで、豪華に飾り付けられたビュッフェを楽しむ機会も度々ありました。
食やカルチャー、ファッションと多面的な魅力を持つトビリシ。戦争に幾度となく敗れて侵略されながらも守り続けた伝統と、破壊されたことで生まれた新たな創造性によって、新旧入り混じる多様な文化を持つこの街には、他の都市にはないエネルギーを感じます。訪れる度に新たな発見があるので、次回も期待せずにはいられません!
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける