6月18〜23日に開催された2020年春夏シーズンのパリ・メンズ・ファッション・ウイークの公式スケジュールには、前シーズンに続いて多くの日本ブランドが名を連ねた。パリという古い服飾文化が根付く場所にとって、日本ブランドは新しい風を吹き込むような存在である。彼らのコレクションを仏メディアがどのように評したのか、可能な限り多くのメディアに目を通した。しかし結論から言うと、残念なことに今季は日本ブランドへの関心は低かったようだ。実際に記事として掲載されたブランドは数えるほどだった。
最も高評価は「ソロイスト」
そんな中、最も評価が高かったのは宮下貴裕が手掛ける「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.以下、ソロイスト)」だろう。パリ大学医学部のキャンパス内にある回廊をキャットウオークに、ヴィクトリア調の紳士服ユニホームのパーツを切り取って合成されたデザインが、繊細でロマンティックな「ソロイスト」の独特な世界観へと見る者を引き込んだ。仏新聞「ル・モンド(Le Monde)」は「会場内に強い西日が差し込み描かれる陰影は、それだけでもすでに素晴らしく美しい。(文字プリントは)失読症にとっては悪夢だが、コレクションは詩を愛する人にとっての夢だ」と詩的なコレクションを称えた。「ル フィガロ(Le Figaro)」も「宮下デザイナーは、毎シーズン全く異なるコレクションを生み出す。テーマが何であっても共通しているのは、彼の創造性が極端に発揮されているということだ」と記した。刺しゅうやグラフィティー、アクセサリーなどにあしらわれたミッキーマウスについて記述するジャーナリストは多く、それは制服のコードを再構築したコレクションに甘いスパイスを与える役割として機能したようだ。
「タカヒロミヤシタザソロイスト.」2020年春夏パリ・メンズ・コレクション
「サカイ」は安定感に支持
阿部千登勢が手掛ける「サカイ(SACAI)」は安定したコレクションを見せた。映画「ビッグ・リボウスキ(原題:THE BIG LEBOWSKI)」からインスピレーションを得て、フォーマルなテーラードからカジュアルなスポーティーまで、アイテムだけではなくスタイルもハイブリッド。プレスとバイヤーの両方から支持を得たようだ。米雑誌「エスクァイア(Esquire)」のジャーナリストはショー直後に「白黒のゼブラ柄、森林のタペストリー、境目があいまいなイブニングジャケットなど異なるスタイルが混在していたが、最終的にはまとまりがあり、新鮮さを感じる内容だった」とコメントした。英百貨店セルフリッジ(SELFRIDGES)のメンズバイヤーは「彼女のメンズとウィメンズに共通する明確なビジョンとディレクションがコレクションに表れていた。さまざまなテーマがミックスされた今季は『サカイ』ファンを満足させながら、新たな客層にもアプローチできそうなアイテムが並んでいた」と満足気に会場を後にした。
「アンダーカバー」は賛否分かれる
ショーを見て、大きな賭けに出たと感じたのは高橋盾の「アンダーカバー(UNDERCOVER)」だ。ストーリー性のある趣向を凝らしたショー演出と、ストリートとモードの境界を行き来するようなスタイルを打ち出してきたが、今季は黒を基調としたスーツスタイルがルックの大半を占めた。真っ暗な会場内は、キャットウオークをライトが照らすだけのシンプルな演出で、落ち着いたクラシック風のBGMが流れる中ショーが行われた。19-20年秋冬コレクションは「ヴァレンティノ(VALENTINO)」とのコラボレーションが好評で、ラグジュアリーブランドの顧客にも「アンダーカバー」の名を広める機会となった。さらに新しい層の顧客を獲得するための賭けか、もしくは色や要素を削ぎ落としたごまかしの利かない服でも勝負できるという自信かは定かではないが、「アンダーカバー」が新たな方向へと舵を切ったことは確かだ。仏「ヴォーグ オム(Vogue Hommes)」のジャーナリストは「期待を裏切られた。長きにわたり築き上げてきた高橋デザイナーの印象は美しい形で崩壊し、全く新しい才能を見せつけられたのだから。今季のパリコレは全体的に多彩な柄と色が多いだけに、『アンダーカバー』の黒の印象が強く残る」と絶賛した。その他の仏メディアでもおおむね称賛する声が多かったが、バイヤーの視点は違ったようだ。匿名を希望したフランス人のバイヤーは「一つ一つ丁寧にデザインされた美しいコレクションだったが、数字に直結するかどうかは分からない。百貨店では売れるだろうが、一つの方向性を打ち出すコンセプトストアでは売るのが難しいかもしれない。展示会場でコマーシャルピースを見なければ何とも言えないが、今のところ私の店では誰が購入するかという明確なイメージが湧かない」と話した。
壮大な自然を取り入れた「フミト ガンリュウ(FUMITO GANRYU)」や「リーバイス(LEVI’S)」とのコラボレーションによってデニムの七変化を見せた「ファセッタズム(FACETASM)」、ウィメンズからメンズに発表の時期を早めた「オーラリー(AURALEE)」、パリで初めてショーに挑んだ「キディル(KIDILL)」、セーヌ川に浮かべた船の上でVRでの演出を行った「ヨシオ クボ(YOSHIO KUBO)」など、多くの日本ブランドが今季のパリで健闘した。
筆者は、日本ブランドだからといって無条件に活躍してほしいという心情にはあまりならない。自らの創造性を磨き続け、ファッションに真摯に向き合いながら売り上げを伸ばすブランドは、国籍に関係なくきちんと評価されるべきだと考えている。しかし今季は、個人的に日本のブランドから触発されることが多々あった。その大きな要因は、彼らの挑戦する姿勢を目の当たりにしたことだ。コレクションやショーの良しあしではなく、彼らが奮闘する姿に純粋に心の底から尊敬の念が湧いてきた。日本ないしはアジアですでに地位を確立し、一定規模の売り上げがある日本ブランドは、国内にとどまっていればリスクを回避できるし、周囲からはある程度尊重されることもあるだろう。井の中の蛙のままでいる選択肢だってあったはずだ。しかし彼らは、そんな安楽な環境を飛び出して、異国の地で膨大なコストとリスクを抱えて挑戦している。インターネットなどの発達によって海外進出の障壁が下がったとはいえど、その壁を超えるには勇気と覚悟が必要だ。会社のトップも兼務するデザイナーであればなおさらだろう。ただ夢を語るだけの人と、実際に行動を起こす人の間には決定的な境界線があると改めて感じたし、筆者は後者でありたいと思う。「安楽な環境で惰性的になっていないか?」ーー彼らを見てそんなことを自問し続けた今季のパリ・メンズであった。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける