「ワイアード(WIRED)」は2011年のスタート以降、「デジタルカルチャー」を切り口に「未来の学校」「未来都市2050」といった、同誌ならではの特集を組んで話題を呼んできた。また、12年からは年2回から年4回の発行となるなど、着実に読者層を開拓している。米国版をベースとしつつ、創刊当初と比較し、より一般的な内容にシフトした「ワイアード」が描くデジタルジャーナリズムのこれからを、12年1月に就任した若林恵・編集長に尋ねた。
WWDジャパン(以下、WWD):コンセプトは?
若林恵・編集長(以下、若林):対外的にはデジタルカルチャーとして位置付けていますが、正直なところジャンルはないと考えています。パソコンやネットが普及する以前は、サブカルチャーの範疇を出ませんでした。しかし、現在はデジタル抜きでは何も語ることができない時代になりました。デジタルカルチャーを一つの切り口にすることで、ファッションやスポーツ、政治など、縦軸にカテゴライズされていたコンテンツを横軸に切ることができ、さまざまなコンテンツを扱うことができるので、このコンセプトは画期的なものと捉えています。
WWD:ターゲットは?
若林:男性でも女性でもない。強いていえば、アップルユーザーみたいなもの。例えば、「アップルユーザーのターゲットは誰ですか?」と尋ねられると、「それはアップルユーザーです」と答えることと同じ。学生や若手の起業家から、決定権を持つマネジャークラスまで幅広く読まれているので、旧来のペルソナ(顧客像)で判別することはできません。
WWD:編集手法に特徴はあるか?
若林:文字量が多い「ロングフォームジャーナリズム」と呼称される編集方針が特徴です。「ヴァニティ・フェア」や「GQ」などと同様、「ワイアード」でも米国版をベースとしているので、それをしっかりと踏襲するようにしています。1万字以上の記事もよく目にしますが、ストーリーをきちんと伝えることを米国では徹底している。だから、翻訳記事に関してもなるべく本文を削らずに全文を掲載するようにしています。日本の雑誌の傾向として、長文の記事は読者が読まないから回避する、ということが言われますが、読まれない雑誌や記事の理由は文章の長短によるものではない。単純に「トピックが面白いか、面白くないか」だけが重要だと考えています。
WWD:“面白い記事”を作るために工夫していることはあるか?
若林:そこにストーリーがあることが最も重要だと考えています。表面的に格好いいことを言ったとしてもすぐバレてしまう。例えば「ワイアード」で企業とのタイアップを行っても、なるべく失敗した事例を踏まえて、成功を語ってほしいということを企業側に伝えています。読者が一番知りたいところはその一点にあり、成功事例だけを語られてしまっても興味が湧かないからです。だから、いつまでも旧態依然とした過去の失敗が語れない企業やブランドは、社会に取り残されてしまうことになるかもしれません。一方、それを語ることができ、誌面化できた企画や記事に関しては読者の反応がヴィヴィッドに現れることが多いです。
WWD:海外からの翻訳記事も多いと感じるが、国内と海外記事の割合は?
若林:半分ずつ。海外記事のピックアップはすべて自分で行います。「ワイアード」だけでなく「GQ」や「ヴォーグ(VOGUE)」の記事を掲載することもある。媒体が違っても一つの主題で語れることは数多くありますし、切り口やパッケージが変わればコンテンツも変わります。例えば、「ヴォーグ」にモデルのケイト・アプトンに関する記事が掲載されていましたが、ソーシャルメディアに関する記事のため、「ワイアード」とも親和性が高く、転載することも考えられます。ほかにも海外版の例だと、オーストラリアや南アフリカ版の「GQ」など、自分たちの読者に有用なものは、積極的に提供するようにしています。
WWD:ウェブ版は?
若林:月間800万PVで、ユニークユーザー数は250万ユーザーを超える勢いで伸びている。現在も右肩上がりで、雑誌媒体が保有するウェブメディアでは、圧倒的に強いと自負しています。基本はフォーマットにのっとり、写真と文章を掲載する方式ですが、特設サイトを作るなど編集的な要素を積極的に取り込んでいます。私が編集長を兼任していますが、記事の選定・執筆に関しては、11年の刊行以前から運営する「ワイアードビジョン」(現在はウェブ版「WIRED.jp」に統合)の外部人員が継続して行っています。
WWD:雑誌のほかにも特徴的な取り組みはあるか?
若林:イベントを含めマルチプラットフォームで展開しています。海外や日本のデジタルテクノロジーに関する事例を紹介するセミナーを定期的に開催し、1回の料金は2500円〜1万円、規模は30〜100人程度に設定しており人気を集めています。また、年に1回「ワイアード カンファレンス」という大規模なイベントも実施しています。2012年は「メイカームーブメント」、13年は「オープンガヴァメント」と銘打って各回とも1万〜1万5000円で300人を集客しました。今年も同規模で「都市の未来」をテーマに開催する予定です。また、本誌でタイアップを行い、最終的に読者との接点を持つためにイベントを実施することも多いです。ファッションだけでなく、ソフトウェア、車、商業施設など幅広いジャンルの企業と実績があります。現代の若者は、酒離れ、ブランド離れ、車離れが顕著で、「いかにすれば、次世代のユーザーを取り込めるか?」と考える企業にとってこの状況は死活問題。「ワイアード」が間に入る意義として、企業の商品だけでなく、技術やストーリーまで語り、ブランディングを行うことで消費者に訴求していくことが求められているのだと思います。
WWD:次号以降はどのような特集を予定しているか?
若林:「コーヒーとチョコレート」の特集を6月10日に発売します。内容はシリコンバレーの投資家たちが、なぜコーヒーとチョコレートに投資し、どのようなビジネスを実践しているのかを紐解く企画。また、次々号においては、初めてファッションビジネスの特集も行います。eコマースとリアルをつなげるオムニチャネルなど、さまざまなビジネス手法を紹介する内容で、9月に発売する予定です。
我が編集部の自慢は?
デスクの椅子はバランスボール
編集部員全員が「テクノジム」という高級バランスボールをデスクの椅子として使用。「未来の会社」特集でも同社を紹介したのですが、おかげで毎日体幹が鍛えられています(笑)。