Photo by Tsukasa Nakagawa PROFILE:1957 年3月31日生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、富士銀行(当時)に入社。その後、みずほコーポレート銀行の常務執行役員などを歴任。2010年に東武百貨店に専務として入社し、人事、情報誌システム、営業などを担当。11年5月代表取締役専務営業副本部長を経て、13年4月から現職
東武百貨店は、乗降客数で国内第3位の池袋駅に日本最大級の本店を構える。昨年春、創業家の根津公一・前社長(現会長)からバトンを受け取ったメインバンク出身の重田敦史・社長は、圧倒的なトラフィックを誇るターミナル型百貨店の可能性を追求するため、集客にこだわった施策を打つ。
昨年3月の東京メトロ副都心線と東急東横線の相互乗り入れによって、新宿地区の百貨店の集客力アップが話題になったが、追い風は池袋地区にも吹いている。2013年度の副都心線池袋駅の乗降客数は前年比118.5%。東武百貨店池袋本店の入店客数も14年3月期で4400万人と約200万人伸びた。「顧客分析を見ても東横線沿線のお客さまが増えたのは明らか。『大北海道展』などの大型催事の際には、電車の中吊り広告や駅貼りポスター、沿線の新聞チラシで告知するようにした。私も東横線沿線なのでよくわかるが、当社の料理の写真はたまらなく美味しそうに見える。横浜のお客さまも池袋まで足を伸ばしたくなるのだろう」と重田社長は明るく笑う。
3店で合計1億人のトラフィックと“親切一番店”のDNA
池袋本店は一昨年の開業50周年に合わせて4次改装を実施。7期連続の減収から2期連続の増収に転じた。とはいえ、池袋本店の13年度の売上高は前期比101.8%の1070億円。競合他店に比べれば、相互乗り入れ効果とアベノミクスの恩恵を十分に生かしているとはいえない。「本当はもっと伸びるはずだった。うまくいった売り場と、いかなかった売り場がある。例えば化粧品売り場を1階から2階に上げて、1階の跡地に(中規模の化粧品セレクトショップ) 『コスメティックパレット』を新設したが、『東武は化粧品を縮小したのか』と受け取ってしまうお客さまが少なくなかった。ここを(1年程で)財布と傘の売り場に刷新したところ、面白いように売れている」。地道に修正を加えながら顧客ニーズに応えていくのが東武流。12年秋の改装でルミネに隣接する3階部分に開設した、セレクトショップやガールズブランド10数店を集積するコンセプトフロア「P・A・C(プリティ・アダルト・カフェ)」もゆっくりではあるが、同店にとって新しい20代の女性客が付き始めている。次の改装は16年2月オープン予定の飲食フロアだ。四半世紀ぶりに44店すべてを刷新する。「既存のお客さまを大切にしながらも、『P・A・C』と同じく若い女性に照準を合わせたレストランやカフェを強化する。シャワー効果も大いに期待できるだろう」。
東武百貨店の店舗は、池袋本店、船橋店、東京スカイツリーの東京ソラマチ店の3店だけだが、重田社長は「立地の力は圧倒的だ」と強調する。「池袋本店は入店客数4400万人で、船橋駅も1700万人、東京ソラマチには年間4000万人が来場する。つまり合計1億人ものトラフィックに恵まれている。だからこそ“親切一番店”として、沿線のお客さまに貢献する不可欠な百貨店でなければいけない」。“ 親切一番店”とは百貨店経営の神様と呼ばれた故・山中鏆氏が東武百貨店社長だった91年に提唱した経営理念である。重田社長も富士銀行(当時)時代に東武グループ担当として山中氏の薫陶を受けた。「沿線のお客さまを研究し、どこよりも親切に寄り添うのが東武百貨店の本来の姿。お客さまが本当に望むものがあれば、我々の目線でしっかり対応していく。その辺は他店よりも柔軟だ」。百貨店として「ユニクロ」を最初に導入したのも池袋本店である。最近ではヘアサロン、加圧トレーニング、リラクゼーションなど美容・健康関連の店舗を集積した「TOBUビューティーテラス」を開き、話題になった。「街中にあるサロンは利用したことがない女性でも、百貨店がクオリティを保証することで安心して利用できる。実際、外商のお客さまが何軒もはしごするケースが珍しくない」。
若い社員がチャレンジできる企業風土を作る
社長就任以来、ずっとこだわってきたのが集客だ。「客単価、買い上げ率も大事だが、それらは入店客数に比例する。まずお客さまに来てもらわないことには小売業は始まらない」。そこで集客力アップの一手としてイベントを強化するようになった。もともと物産展を得意としてきた同店だが、最近は屋上スカイデッキでのアーティストライブ、「烈車戦隊トッキュウジャー」や「それいけ!アンパンマン」のショー、「鶏の唐揚げvs ポテトサラダ」「どらやきvsプリン」の「東武の勝手に国民食!総選挙‼」など、ユニークなイベント企画を次々に立ち上げた。「我々が呼びたいのは3世代のお客さま。小さいお子さんやそのパパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんが一日中楽しめるのが、ターミナル型百貨店。そのために新しいイベントを連打していく」。
銀行員として多くの企業を見てきた経験から人材育成の大切さを痛感する。口を酸っぱくして言っているのがボトムアップとPDCA(Plan-Do-Check-Action)だ。「経営陣は大きな流れは作るが、毎日お客さまを近くで見ている現場の若者が中心になって動くべきだ。私はたいていのことはノーと言わない。ユニークなイベント企画も20代の若い社員が発案した。PDCAでしっかり検証する習慣をつけることで組織は強くなる。まずは自信をつけること。目先の数字以上に若手社員が新しいことにチャレンジする好循環が生まれていることが嬉しい」と話す。