「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の2020年春夏パリ・コレクションは、色彩とプリントの巧みな使い手として名をはせたオートクチュールデザイナー、クリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)をゲストに迎え、共同で作り上げられた。盛大な拍手が送られたこの特別なコレクションは、果たしてどのように実現したのだろうか。
米「WWD」のインタビューに対してドリスは、「ファッションは世相を反映すべきものだが、今の世の中はあまり美しいところではない。しかし、重苦しくて悲しい雰囲気のコレクションを作りたくはなかったので、“現実逃避”をテーマにしてはどうだろうと考えた。参考にするため、1980~90年代に流行した音楽のニューロマンティックやポストパンク、そして当時のオートクチュールなどに関する資料を集めていくうちに、ラクロワの作品をたくさん目にすることになった。当時も世の中で悪いことが起きていたが、それにもかかわらずフリルたっぷりの美しい服を発表していた彼にとても興味を引かれ、一緒に仕事をしてみたいと思って連絡した」と語った。
ドリスからのメールを受け取ったラクロワは、とても感激したという。「個人的な知り合いではなかったが、彼の作品はよく知っていたし、その自由な作風を敬愛していた。連絡が来たときには、どんな用事だろうと好奇心をかき立てられたよ」。
しかし、ラクロワは協業の申し出をすぐには承諾しなかった。信頼する占星術師に相談し、ドリスからの誘いは星の並びが非常にいいので啓発的な体験になるだろうとのお墨付きを得てから返事をしたという。「仮に星の並びが悪くても承諾したと思う」とラクロワは話すが、真実は誰にも分からない。ともかくもデザイナー2人は、「ドリス ヴァン ノッテン」を擁するプーチ(PUIG)のシャンゼリゼにあるオフィスで会うことになったが、それはパリで仏政府への激しいデモが行われている時期のことだった。「まるで紛争地帯のようになっている中で、私たちはフリルやファブリック、色合い、そして美について語り合った。パリでひどいことが起きた直後だからこそ、創造の喜びやファッションを楽しむこと、ラグジュアリーなものの美しさを堪能することが重要だと心から思った。最近はあらゆるものに政治的な意味が求められるが、そのために“喜び”を少し失ってしまったのではないかと思う」とドリスは述べた。
ミーティングは大成功だった。ラクロワは、「私たちには共通するものがあり、とても相性がよかった。素晴らしい化学反応が起きたようだった」と、その時のことを振り返った。歴史劇の衣装を思わせるファンタジックな作風のラクロワと、より現実的で洗練された美を得意とするドリスだが、2人の作品には鮮やかな色彩と美しい装飾性という共通項がある。そして互いへの敬意が創造性をさらに刺激し、今回のコレクションへと発展した。
ドリスは、ラクロワのおかげでいっそう自由になれたという。「私はかなり自由に仕事をしているが、それでも時には価格や商業性、時代に合っているかなどの条件を先に考えてデザインをすることがある。ラクロワはそうしたことを全て忘れさせてくれた。いつもであればクールではないからという理由で捨ててしまうような、『水玉模様にしたい』『スカートに50mのフリルをつけよう』などのひらめきをそのまま形にすることができた。現在求められている美とは異なるかもしれないが、別に構わないじゃないかというクリエイティブ上の自由が生まれた」。
また、ドリスはラクロワと組んだ今回のコレクションを“コラボレーション”とは呼びたくないと話す。「その言葉は商品を押し売りするような、非常に商業的な響きを持つものとなってしまった」からだ。そして、ファッション業界で重視される“ブランド・アイデンティティー”というコンセプトにも疑問を覚えるようになったという。「それが明確にあることによって、バイヤーやプレスはそれに沿った作品を期待するし、デザイナーもその期待に応えようとしてしまう。しかし、時にはそうした範囲を超えて創造性を発揮したくなるものだ。私は30年以上にわたってデザインをしてきたので、創造性を自由に羽ばたかせるには刺激剤が必要だった」。ラクロワは、まさにその“秘薬”だったという。「ラクロワとの作業は、私を解放してくれた」。