「WWDジャパン」10月21日号は、2020年春夏パリ・ファッション・ウイークの特集第2弾を掲載している。世代が異なる3人が見たパリの新潮流と、そこから得られるビジネスのヒントを9つのトピックにわたって紹介した。そのうちのトピックスの一つ、「インフルエンサーとの上手な付き合い方」ではインフルエンサー起用が上手だったブランドをいくつか取り上げている。中でも「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のインフルエンサー起用の仕方に新潮流が見られたため、注目ゲストとともに紹介する。
「ルイ・ヴィトン」のインフルエンサー活用の新潮流を最も顕著に表しているのが、18歳のアメリカ人ユーチューバー、エマ・チェンバレン(Emma Chamberlain)をショーに招待したことだ。「ルイ・ヴィトン」が彼女を初めてショーに招待したのはさかのぼること6カ月前19-20年秋冬コレクションからで、その後ニューヨークのJFK空港で開催された20年プレ・スプリングのショーにも来場している。すっぴんで動画に登場することを厭わず、古着屋巡りやDIYといった日常感あふれるコンテンツをアップしている彼女は、正直ラグジュアリーファッションとは遠いところにいるように思える。そんな彼女を「ルイ・ヴィトン」がショーに招待したのは驚きだし「ブランドらしくない」と批判的な声もあったが、この意外性がポイントだ。
エマが初めて「ルイ・ヴィトン」のショーに行ったときの動画は、彼女が渡航前、「パリ・ファッション・ウイークに行くんだけど、私も驚いてる」と明かすシーンからスタートする。この時のエマはもちろんノーメイクだし、「ルイ・ヴィトン」のフィッティングに行くまではほぼすっぴんだ。生まれて初めて訪れるというパリに着いてからも、ホテルの部屋の電気のつけ方に困惑したり、ルームサービスに大げさに感動したり、「ルイ・ヴィトン」のパーティーで緊張しすぎて動画を撮り忘れたりする様子は18歳らしいし、庶民感満載で親しみが湧く。しかしショー当日、プロのヘア&メイクアップアーティストによるヘアメイクを受けて「ルイ・ヴィトン」を身にまとえば、あっという間に別人級の変身を遂げてショーに行くという、まさにシンデレラストーリーだ。
この動画のユーチューブの再生回数は1000万回を超えており、これは「ルイ・ヴィトン」19-20年秋冬コレクションの公式のショー動画の再生回数の約6倍(10月25日時点)で、リーチ力は抜群だ。彼女のファンを含む若者へのリーチに成功しただけでなく、いわば普通の女の子が「ルイ・ヴィトン」を着こなしてショーに行く様子を追体験することによって、「自分も『ルイ・ヴィトン』を着られるかも」と思うジェネレーションZも少なくないだろう。
そして今季「ルイ・ヴィトン」はショーを終えた後のエマにインタビューした動画をユーチューブに掲載している。この動画でエマは、「最近ユーチューブではファッションのコンテンツばかり見てる。だってこの業界のこと勉強しなくちゃいけないし」と明かし、「『ルイ・ヴィトン』に手を引かれて、新しい扉が開けた感じ」と語っており、彼女自身のファッションへの意識も変化していることがうかがえる。この一連の流れから考えられるのは、「ルイ・ヴィトン」は有名人をアンバサダーに指名するだけではなく、アンバサダーになりうるインフルエンサーを育てているのではないかという説だ。
エマだけでなく、「ルイ・ヴィトン」は20年プレ・スプリング・コレクションから、当時デビューしてたったの3カ月だったKポップグループ、ITZYを招待している。国境を超えて世界中に熱狂的なファンを抱えるKポップグループのメンバーをショーに招待することはそう珍しくはないが、驚くのは芸能界デビューからフロントローにデビューするまでの異例の早さだ。現在韓国の女性芸能人で最も多くインスタグラムのフォロワーを抱えるBLACKPINKのLISAでも、グループとして正式にデビューしてから「セリーヌ(CELINE)」のショーに招待されるまでに3年かかっている。BLACKPINKは今季4人それぞれのメンバーが「サンローラン(SAINT LAURENT)」「シャネル(CHANEL)」「バーバリー(BURBERRY)」というラグジュアリーブランドのショーに来場していたが、今や超人気者になってしまった彼女たちがそろって1つのブランドのショーに来場するなんてことはほぼありえないだろう。しかしデビュー3カ月時点でITZYのメンバー5人全員を招待した「ルイ・ヴィトン」は、20年春夏の今季もメンバーを全員招待していた。これも早めに手を伸ばし彼女たちを囲い込めたからこそだ。一方でITZYにしても、デビューしてすぐに「ルイ・ヴィトン」に招待されたという箔がついたことで、ファッションセンスのあるグループとして打ち出すことができただろう。
とはいえ、「ルイ・ヴィトン」は以前から親しみやすいユーチューバーやデビューしたてのアイドルを招待していたわけではなく、これまでは同じエマでも映画「ラ・ラ・ランド(LA LA LAND)」主演のエマ・ストーン(Emma Stone)やクロエ・グレース・モレッツ(Chloe Grace Moretz)などハリウッド級のスターを広告などに起用し、ショーに招待していた。それが最も顕著に表れているのが、19年プレ・フォール・コレクションのキャンペーンだ。ここでは、クロエ、レア・セドゥ(Lea Seydoux)、ソフィー・ターナー(Sophie Turner)、ぺ・ドゥナ(Doona Bae)ら正統派女優17人をルックブックのように起用し、しかもそれぞれの画像に女優の名前が入っていたのが象徴的だ。もちろん今季もジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)とジェシカ・ビール(Jessica Biel)夫妻というスターがショーに来場していたが、こうしたスターだけでなく、ユーチューバーとデビューしたてのKポップアイドルという新たな勢力に門戸を開いたことが特筆すべき点だろう。
この「ルイ・ヴィトン」のインフルエンサー活用法からファッション業界が学べるのは、起用するインフルエンサーがブランドイメージに合わないということを恐れず、将来的に合いそうだと感じたら積極的にアプローチすべきだということだ。彼らに敬意を示しつつ歩みより、長く時間をかけてお互いに理解を深めていけばよい。「フォロワーが100万レベルの超有名人より、フォロワーが1000単位のマイクロインフルエンサーの方がエンゲージメント率が高い」などとも言われるが、マイクロインフルエンサーのうちから目をつけ、彼らをブランド流に育てていくという可能性も開けている。