ファッション
連載 小島健輔リポート

ECサイト停止で露呈した「リスク管理能力なき拡大」の危うさ【小島健輔リポート】

 ファッションビジネスのコンサルタントとして業界をリードする小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。システムの不具合でECサイトを一時休止する動きが相次いだが、その背景には何があるのか。

 不正アクセス防止のめどが立たず3カ月で廃止されたセブン&アイ ホールディングスのスマホ決済サービス「セブンペイ(7PAY)」の衝撃も収まらないうちに、ユナイテッドアローズが公式ECサイトの自社管理への切り替えに行き詰まって利用停止に追い込まれ、元の委託先であるZOZO傘下のアラタナに再委託を頼み込んだ。小売業やアパレルのECはこのまま拡大して大丈夫なのか、リスク管理能力はあるのか、という懸念を抱かざるを得ない。

丸投げ外注・委託でリスク管理できるはずがない

 「セブンペイ」でも指摘されたが、大手小売業やアパレルのシステム開発・運営は外部委託がほとんどで、運営要員まで丸ごと開発会社からの出向というケースも少なくない。システム部隊の管理職は社員でもエンジニアは出向か派遣で、管理職社員もERP(管理会計統合システム)畑の人ばかりだから、ECとのトランザクション(デジタルの一連の処理)に明るいわけがない。ましてや、その管理職社員が提出する計画や報告を理解しリスクを管理する能力が経営陣にあるかというと、これらの迷走を見る限り相当に疑わしい。

 昨今は数字と人事だけでスマートに管理して現場を見ない経営陣も多く、ECに限らず実務に通じていなくても泳いでいけそうだが、何かを大きく変えようとすると事態は一変する。

 どの分野でも、アウトソーシングを続けると内部の機能が衰えて自分ではできなくなり、経営陣も業務の詳細は分からなくなっていく。商品の開発・生産や物流を商社など外部に依存してきた製品仕入調達(対極は工賃払い調達)のアパレルなど、モノ作りのプロセスも自社倉庫に入るまでの物流も見えてはいない。ましてや社内で内製・運営したことのないECシステムの実態など分かるはずもなく、大きく変えるとなると委託先に運命を託すしかない。ブラックボックスのリスク管理には限界がある。

 東京・二子玉川の楽天本社に行くとインド人エンジニアの大群に度肝を抜かれるが、大手の小売業やアパレルでそんなシーンは見たことがない。長期間のサイト停止など現場の技術と経営陣のリテラシーの欠如を露呈した会社には、もちろんエンジニアチームなど存在しない。今回、ECサイト停止を余儀なくされたユナイテッドアローズとて、それは同様だ。

 そんな脆弱な外部依存体制のまま、公式サイトの運営を自主“管理”(自社開発・直接運営なんてエンジニアチームを抱えないままでは絶対に無理)に切り替えようとして行き詰まったのが今回のケースで、その計画段階から私をはじめ外部の専門家は実現をいぶかっていた。

もとより計画が甘すぎた

 ユナイテッドアローズの基幹システムはアクセンチュアだから、システム連携を重視して今回の公式サイト「ユナイテッドアローズ オンラインストア(UNITED ARROWS LTD. ONLINE STORE)」のECシステムのリプレースも同社にプロジェクトを任せ、その管理下でエスキュービズムが「ECオレンジ」をベースに開発を進めていたと聞いている。現システムからのデータ移管や店舗販売との連携などさまざまな要求を盛り込もうとして開発作業の遅延を重ね、公開稼働のめどが立たなくなったのだろう。

 サイトを停止した9月12日はアラタナとの運営委託契約の終了日で、当初は10月中には新システムが稼働して再開できると見て一時停止に踏み切った。しかしその後も遅延は解消できず、停止期間が2カ月半に及んで背に腹は代えられなくなり、一度は契約を切ったアラタナに頭を下げて再開にこぎ着けた。

 実際、ユナイテッドアローズの前期(2019年3月期)EC売り上げは12%増の263億3600万円とその比率は単体売り上げの20%に達し、直近4〜6月期も14.5%増でEC比率は同20.8%に上昇している。今期(20年3月期)も前期並みの伸び率で295億円、うまくいけば300億円の大台を狙えたはずだが、自主管理への移行による一時停止や混乱を織り込んで7.6%増の283億4100万円と低めの伸びを想定していた。

 それが、想定を超えた遅延でEC売り上げの27%を占める(直近4〜6月期実績)公式サイトの停止期間が3カ月に迫り、「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」などモールサイトにEC在庫を振り向けてカバーしたものの、単純計算で20億円近い売り上げが失われかねない状況を放置できなくなった。

 加えて近年の衣料品購入は、ネットで情報を得て店舗に取り置いたり店舗で購入するウェブルーミングや、店舗で興味を持った商品の情報をネットで見たりネットで購入するショールーミングが一般化している。自社公式サイトが機能しないとこの仕組みが使えず、停止が長引けば店舗売り上げにも響いてくる。実際、同社の9月店舗売り上げは他社が消費増税前の駆け込みで売り上げを伸ばす中も2.2%減少している。

 もとより100億円級から先々500億円級への拡大を図るユナイテットアローズの公式サイトを、中小サイトでも使われている「ECオレンジ」をベースに構築することを危惧する声はあった。それが決定された経緯にも経営陣のリスク管理能力が疑われるが、その採算計画にも無理があったのではないか。

 「ゾゾタウン」黎明期から有力セレクトショップ企業は格別に優遇されてきた。ユナイテッドアローズの「ゾゾタウン」店舗も後発出店企業に比べれば格段に低い手数料率だが、公式サイトの受託手数料はもう一回り低率で、アラタナ(ZOZO)にとってはほとんど出血サービスだった。それを自主管理に切り替えて宅配出荷も自社物流施設で行うようにした場合、果たして採算はとれるのか。

 公式サイトの売り上げは前期で67億円だったと見られるが、「楽天ブランドアベニュー」や「アマゾン(AMAZON)」の売り上げをドロップシッピングで自社出荷するなら今期で117億円ほどの扱い高になる。アパレル小売業ECの損益事例から推察する限り、この取り扱い規模では運営経費率を23%ほどに抑えるのが限界で、20%を下回るには売り上げを300億円近くまで伸ばさねばならない。なのに、切り替え初年度からアラタナ委託より採算が改善されるという計画で踏み切っているから、その採算計画自体が甘かったといわれても仕方ないだろう。

 ユナイテッドアローズの契約打ち切り、そして再契約の懇願という迷走を見て、アラタナ(ZOZO)ははらわたが煮えくり返る思いだったと推察されるが、そんなユナイテッドアローズが売り上げに占めるEC比率を2割、3割と増やしていってよいものだろうか。それに見合うリスク管理能力はあるのだろうか。

ケイパビリティーが問われる

 ユナイテッドアローズの迷走を同業のEC責任者たちはどう見ているのだろうか。「明日はわが身かも」と冷や汗をかいているのが本音だろうが、異口同音に指摘しているのがエンジニアチームの不在とケイパビリティーの欠落だ。

 ケイパビリティー(capability)とは「organizational capabilities」の略で、組織の全体的能力をいう。この場合は、組織内部に問題処理能力があるか、経営陣が内部と外部の連携課題を理解してリスクを管理する能力があるか、という使われ方になる。「リテラシー」が理解や認識を意味するのに比べると、もっと実務スキル寄りの概念で、「組織総体でやり切る力量」と捉えられる。

 近年のシステム構築はプログラムを逐一書いてスクラッチするのではなく、オープンソースの構築システムをベースに多様なアプリケーションユニットを組み込むのが主流だから、エンジニアにも各ユニットの機能やファイル構造をつかんで繋ぎ込んでいくスキルが問われる。それだけに、エンジニアのキャリアやスキルを熟知してチームをどう構成するかで「ケイパビリティー」も決まってしまう。採用や待遇も含め、エンジニアチームを組織してマネジメントする企業力の勝負になる。

 8月9日から9月12日まで34日間の停止に追い込まれたアダストリアの自社ECサイト「ドットエスティ(.ST)」の場合、内部にITに通じたシステムインテグレーターチームがいても、システム改修を委託した外部との連携に齟齬が生じたのが原因だが、ユナイテッドアローズの場合はどこまで管理できていたのだろうか。

 自社EC比率の高さや売り上げ規模を誇るアパレル事業者のほとんどは、公式サイトのシステム開発と運営を外部委託しており、ECモール出店より一回り高い利益率を享受していても、今回のような事態を回避するリスク管理能力はない。私の知る限り、内部にエンジニアチームを抱えてシステムの改修やメンテナンスができる(それでも大規模再構築には外部のエンジニアリングが必要)のは数社しかない。

 小売企業が「ECを本業にする」とか「ECで半分を売る」とか豪語するのなら、拡大したECのシステムリスクを担保する「ケイパビリティー」が問われて当然だ。「セブンペイ」の廃止に追い込まれたセブン&アイを笑えるはずもなく、リスク管理の能力も体制もないままEC比率を高めていくのは危ういと言わざるを得ない。

小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)

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