ファッション

フランスが職人の後継者不足問題に立ち上がる ラグジュアリー産業に年間1万人の雇用を目指すプロジェクトが始動

 日本では伝統工芸に携わる職人の後継者不足が長年問題視されているが、それはモードの国であるフランスも同じ。特にプレタ・ポルテが台頭してからの1980〜90年代には、衣料品や皮革産業で数千の職が消滅し、職人たちは仕事を失った。以降、社会的に不安定な職と認知されるようになり、専門技術職を奨励する親や教師は少なくなったために後継者不足に陥ったのである。

 そんな現状を改善すべく、フランス国家機関のラグジュアリー&モード産業戦略委員会(Le Comite Strategique de la Filiere de la Mode et du Luxe)が新たなプロジェクト「サヴォワール・プール・フェール(Savoir Pour Faire)」を2019年10月に立ち上げた。同プロジェクトは、フランス全土で専門技術職の訓練希望者と求職者を募集するプラットフォームだ。ラグジュアリー&モード産業戦略委員会に属する服飾や宝飾品、革製品、靴、時計製造、食器の分野のフランス企業が参加している。同委員会の委員長を務めるギョーム・ドゥ・セーヌ(Guillaume de Seynes)=エルメス・インターナショナル(HERMES INTERNATIONAL) エグゼクティブ・バイス・プレジデントは、ラグジュアリー産業に年間1万人の雇用を創出することを任務として掲げる。

 フランスにおいて、ラグジュアリーファッション産業は国の経済を支える中核である。雇用経費を含めるとGDPの2.7%を占める高い割合で、現在100万人の雇用者が存在する。自動車製造業や航空産業よりも高い、年間1540億ユーロ(約18兆5000億円)の売上高を出しているにもかかわらず、中小企業と中堅企業の多くは人材不足の問題を抱えているのだ。その主な原因は、雇用形態と賃金にあると考えられる。卓越した技術を身につけた専門技術職は修行期間が長い割に職が少なく、給与は高くない。過去の例を見ると、職自体が無くなる可能性も考えられるため、非常に不安定な職業といえる。

雇用形態や給与にもこだわる

 同プロジュクトの指揮を取るセーヌ委員長とアパレル産業連合の会長マーク・プラダル(Marc Pradal)は、まず専門技術職の“不安定さ”を解消するために、採用時から無期限雇用(Contrat a Duree Indeterminee、通称CDI)の契約を積極的に進める取り組みを行った。実際に同プロジェクトの求人情報欄を見ると、無期限雇用での募集が多い。日本とは雇用形態が異なるフランスには、無期限雇用(日本の正社員に相当するが、中にはアルバイトも含まれる)と有期雇用(Contrat a Duree Determinee、通称CDD)があり、ファッション産業に限らず多くのフランス企業は有期雇用で契約して試用期間を設けるのが通例だ。期限は最長18カ月だが、大体は3〜6カ月間の契約期間が平均的で、更新は一回だけ可能。更新後も継続して雇用する場合は無期限雇用に切り替えなければならない。フランスは労働者の権利が守られているため福利厚生は日本より優れているが、その分企業側は無期限雇用に対して非常に慎重にならざるを得ないのが現状である。入社時から無期限雇用での契約は企業にとってリスクを伴うものの、求職者にとっては魅力的に映る。無期限雇用で採用する各企業に対して同委員会が何らかのサポートをするのだろうが、詳細は明らかにされていない。

 求職者にとって雇用形態と同じくらい重要なのが給与だ。現在のところ専門技術職の給与は、フランスが定める最低賃金の月額1521ユーロ(約18万2500円)からスタートするのがほとんどである。例外的に、フランス服飾連盟(Federation de la haute couture et de la mode)はオートクチュールのパタンナーに対して最低でも月額2225ユーロ(約26万7000円)を保障している。同プロジェクトは雇用形態の改善に取り組んではいるものの給与の改正には消極的で、セーヌ委員長はその理由を「賃金の上昇は企業の競争力を妨げる」と警告をした。

 世界的には、人工知能(AI)が熟練の職人の技術を継承する開発に取り組み、将来的に職が失われていくと危惧されるなかで、同プロジェクトはその流れと真っ向から対抗する。専門技術職の訓練希望者や求職者と企業が繋がる大規模なプラットフォームがこれまでなかったため、職人と企業をつなぐ架け橋として大きな価値を持ちそうだ。雇用形態や給与に関しては改善点はあるものの、少なくとも若年層に対しての専門技術職のイメージ向上には役立つのかもしれない。同委員会に所属する「シャネル(CHANEL)」は職人育成と雇用拡大のために、パリ北部の街ヴェルヌイユ・アン・アラットにある皮革製造工場の拡張を明言するなど、各企業積極的な姿勢を見せ始めている。メイド・イン・フランスの工芸を継承していくために国を挙げて職人を育成し、彼らの地位を守っていく動きは今後も強まりそうだ。

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