宮井雅史と聞いて、30代半ば以上のファッション業界人ならピンとくるだろう。2009年に日本に上陸し、大ブームとなった米西海岸発のセレクトショップ「キットソン(KITSON)」の仕掛け人であり、それ以前はオンワード樫山のレディースカジュアル事業本部本部長、レディース商品開発室室長を務めた人物だ。当時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、「キットソン」を離れた後もいくつかのブランドのプロデュースに従事。しかし、「キットソン」以上の勢いとはならず、近年は裏方のイメージが強かった。その宮井がここにきて、D2C(EC専業ブランド)というウィメンズファッションの最前線に返り咲いている。トータルプロデュースを手掛けるクロスプラス初のD2Cで、30~40代が中心対象の「ノーク(N.O.R.C)」が絶好調。20年春からは、古巣オンワード樫山が立ち上げたD2C「アンクレイヴ(UNCRAVE)」のプロデュースも務める。アパレルビジネスの酸いも甘いも知り尽くした宮井に、「ノーク」ヒットの理由や、D2Cと従来型アパレルビジネスとの違いを聞いた。
WWD:19年2月に立ち上げた「ノーク」の初年度売り上げは、当初目標1億5000万円に対し、4億円強の着地予想となった。女性ファッション誌への露出も非常に多い。何が支持された?
宮井雅史「ノーク」トータルプロデューサー(以下、宮井):高品質、ロープライスという“コスパ(コストパフォーマンス)の良さ”が最もお客さまに響いた。累計で3000枚売れているトレンチコートは、本格的なミリタリーディテールに対し1万8500円という価格設定だ。福田亜矢子、斉藤くみという2人のスタイリストを起用しているが、彼女たちのSNSフォロワーが元々多かったからデビュー時からヒットしたというわけではない。福田はインスタをやっていなかったし、斉藤もフォロワー数は5000人前後だった。
WWD:そもそも、どんな経緯でブランドを立ち上げることになったのか?
宮井:元々は、クロスプラスから自社ECの売り上げと会員数を増やしたいというご相談をいただいた。同社としては、ECサイトの見え方や編集の仕方を変えたいと思っていたのだと思う。しかし、クロスプラスはミセス向けブランドや量販店向け商品が中心で、“王道のマス”を取り込めるブランドをこれまで持っていなかった。「ECの売り上げを高めたいのなら、マス層の新規客を取り込めるブランドを作った方が早い」と伝え、ブランド立ち上げに至った。ターゲットとしているのは、スマホで買い物をする、時間効率を求めている人たち。働く女性や子育て中のママたちだ。半歩先のファッションに興味があって、忙しい中でもSNSで情報収集をしている層を意識した。実際の中心購買客層は39~41歳。地方の女性も意識して始めたブランドだが、まずは都市圏から火がついた。客単価は1万円を切ったことはない。
WWD:ターゲット層の女性たちに支持されている“コスパの良い”ブランドとしては「ザラ(ZARA)」や「ユニクロ(UNIQLO)」も思い浮かぶ。それらとの違いは?
宮井:35歳以上の日本の女性の価値観に、本当に合致するブランドはあるのか?という問いから「ノーク」はスタートした。ターゲットは本物を知っている世代だから、品質は妥協したくなかった。クロスプラスの生産背景があるからそれが可能だし、D2Cだから原価率も高く設定できる。(「ザラ」は)さまざまなシーンの中の1つとしてはいいが、日本の大人の日常着となるとトレンド要素が強過ぎるし、品質もあくまで大人にはギリギリ許せるというレベルだ。一方、(「ユニクロ」が提案するような)ベーシックで全身をまとめるというのは実はすごく難しい。大人の女性には、ベーシックに加えて華やかなアイテムも部分的に必要だ。そんな考え方で、長い期間着るため少々値が張ってもいい定番品の“ノーク バイ ザ ライン”と、ベーシックの中にもシーズンのムードを取り入れたネオベーシックの“ノーク”という、2ラインでブランドを構成している。売り上げに占める割合は前者が4割、後者が6割だ。「何を着るか」よりも「どう着るか」が重視される時代だからこそ、両ラインにそれぞれスタイリストを起用し、スタイリングからMDを組み立てている。「どれだけ着まわせるか」も“コスパの良さ”の一環だ。
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ECは
「年間を通した売りつなぎ」が重要
WWD:実店舗のないD2Cブランドだからこそ意識したことはあるか?
宮井:大きくは2つある。1つ目は「無駄なものを作らない」こと。実店舗運営が前提となると、売れないと分かっていても作らなければならないアイテムが出てくる。例えば、プリント柄の売れ筋がある1色に集中すると予想できても、VMDで他の商品を引き立てるために他の色が必要とされるケースがある。D2Cはそれがないため、プロが考えた本当に必要なアイテムだけを提案できる。2つ目は、D2Cは「いくらでも編集できる」という点だ。投入から時間が経った商品でも、ECサイトのサムネイル画像を編集することで鮮度を保つことができる。それゆえ、定番アイテムは半年間で売り切る必要がなく、年間通して販売ができる。逆にいえば、同じアイテムをいかに売りつなぐかという視点が重要だ。実店舗は鮮度を保つために店頭をコロコロ変える必要があるが、近年はトレンドがシーズンによって入れ替わることがなくなっている。同じ商品が売れ続けているというのがマーケットの実情であり、売りつなぐという考え方に合致している。
WWD:「無駄なものを作らない」「売りつなぐ」という考え方を、具体的にどう落とし込んでいるのか?
宮井:デビューシーズンの19年春夏は、「シーズンレスアイテムといえばスカートだ」という考え方のもと、スカートとワンピースだけで商品全体の5割を構成した。スカートやワンピースは、ニットと合わせたサムネイル画像にすれば秋冬も売りつなぐことができるからだが、実店舗を前提とするブランドなら、こんな商品構成はありえない。店頭の見えがかり上、パンツも作らなきゃダメとなる。一方で、実店舗ならそうやって(無理に)作った商品も偶然客の目に留まって売れる可能性があるが、ECは検索にひっかからないアイテムは売れない。例えば、19年春夏は“リネン混”というキーワードが商品名に入っているか否かで売り上げが大きく異なった。だからこそ商品名まで熟考する。サムネイル画像がものを言うので、全画像のスタイリングをスタイリストが手掛けており、ビジュアル撮影も雑誌の表紙を担当するようなカメラマンに依頼している。それが売り上げに直結するからだ。実店舗がない分、そういった部分には投資している。
WWD:“リネン混”のようなヒットキーワードやアイテムを見付けるために、ビッグデータ解析の導入などもアパレル業界内ではもてはやされている。どうやってヒットするキーワードやアイテムを見付けているのか?
宮井:2人のスタイリストから自然に出てくる。2人とも子どもを持つ40代の働く女性であり、ライフスタイルに共感できる。ターゲットと乖離しない2人だからこそ一緒に「ノーク」をスタートした。正直、ヒットの芽を探すために海外コレクションなどは全くチェックしなくなった。もしも僕がコレクションのトレンド情報をもとに「このアイテムで行こう」などと言い出したら、2人からリアル感覚に基づいたディレクションが入って、止められるだろう。
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フラッシュセールサイト
の経験が糧に
WWD:サイズ展開にも力を入れている。大人の女性は体形が変化することを想定し、サイズバリエーションを充実しているのか?
宮井:サイズ展開と体形変化を直結させるのは旧来のアパレルの考え方だ(笑)。定番品のラインでは特にサイズ展開に注力しており、3~4サイズを展開している。これは既存のS、M、Lではなく、お客さま一人一人の「どう着こなしたいか」に寄り添うためだ。スカートなら、旬の気分を取り入れてマキシ丈ではきたいか、コンサバにひざ下丈ではきたいか。もちろん、サムネイル画像もサイズ別、色別に作成する。そうは言っても、立ち上げ当初は従来のアパレルビジネスの定石に僕も引きずられており、3サイズ展開だとしても真ん中のサイズを多めに発注していた。しかし、実際は両端のサイズが売れるというデータが出ている。19年10月に伊勢丹新宿本店と阪神梅田本店でそれぞれ1週間のポップアップストアを開いたが、その際も同様の傾向だった。サイズのバリエーションが重要な時代とはいっても、実店舗では同じ商品のサイズ違いばかりを並べたらそのラックは死に筋となる。だからといって、毎回販売員にストックルームにサイズ違いを取りに行かせるわけにもいかない。そのように、実店舗なら弊害になることを徹底的に実行しているのが「ノーク」だ。
WWD:そういった、D2Cならではの戦い方をどのように体得したのか?
宮井:「キットソン」を離れた後、いくつかのブランドのプロデュースを経て、フラッシュセールサイトのファッションコンテンツ企画制作に携わった。フラッシュセールサイトは、提携ブランドで売れ残った商品を編集し直して売るビジネスモデルだ。どんな商品が売れ残っているのか確かめるために倉庫まで行ったこともあるが、「こんな商品では売れ残って当然だ」「この商品なら再編集すれば売れるのに。もったいない」など、いろいろと考える部分があった。同時に、僕も実店舗のビジネスを手掛けていた時は同じような売り方をしていたと反省もした。今、業界内に(大量廃棄を悪とする)サステナビリティの意識が広がっているが、フラッシュセールサイトでの経験はそことつながる部分もあると思う。ECではブランド名よりもアイテム名が購入の入り口になる、それゆえサムネイル画像でどう見せるかが大事、といったこともフラッシュセールサイトで学んだことだ。
WWD:D2Cとしてスタートしたが、好調を受けてポップアップストアの誘いも増えている。
宮井:19年10月の伊勢丹新宿本店のポップアップは、台風直撃も重なったが1週間で約2000万円を売り上げ、阪神梅田本店も予算を超える好調ぶりだった。今春は、伊勢丹で2月19日からアウターに焦点を当てたポップアップを2週間行い、4月8日からの2週間で夏物のポップアップも行う。阪神でも4月8日から夏物のポップアップを1週間行う。ありがたいことに同様の誘いは増えており、ポップアップを行うとECの売り上げや会員数もアップするという相乗効果がある。ポップアップでは、先行発売品や限定色などをそろえ、ECと差別化し共存を図る。しかし、ポップアップを乱発したら実店舗ブランドと同じになってしまうし、D2Cを前提としてビジネスを組み立てているので、実店舗を何店も出していたらペイしなくなってしまう。商品を実際に見たいという声は強いので、ショールーミングのための場所を関東、関西で1店舗ずつ常設で持つことは考えている。
WWD:D2Cは、IT起業家やベンチャー投資家からも注目を集めているキーワードだ。彼らは、インターネットサービスを作るマインドセットでフィジカルな製品(服)を作るという考え方でD2Cを捉えており、そこが既存のアパレルがこれまで出してきたEC専業ブランドとの違いのように感じる。旧来のアパレルの手法もよく知る宮井さんにとって、D2Cの定義とは?
宮井:わざわざそんなふうに難しく考えたりはしない(笑)。ECは接客がない分、売れる、売れないの反応がダイレクトだ。それをくみ取って、お客さまに無駄な時間をかけさせず、求めている商品を提起するMDを組めるかどうかがD2Cでは肝要だ。もちろん、サムネイル画像の表現もそこに含まれる。そして、売れ行き動向が瞬時にデータとして出てくるので、商品を作り過ぎることもない。一般的に、旧来型のアパレルビジネスではプロパー消化率が60%を超えると収益化する仕組みだが、「ノーク」のプロパー消化率はそれよりも10ポイントは高い。だからこそ、原価率を高く設定することができる。
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