井野将之デザイナーの「ダブレット(DOUBLET)」が、2020-21年秋冬コレクションを1月16日パリで発表した。パリ・メンズ・ファッション・ウイークに参加するのは今回が初めて。井野デザイナーはLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)が若手を支援するために創設した「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(以下、LVMHプライズ)」のグランプリに18年に輝き、以降LVMHのエキスパートからのサポートを受けてきた。グランプリ受賞から約2年、満を持してのパリコレ参加である。
有名な某ファミレスを再現?
プレゼンテーションの会場に選んだのは、北マレ地区にあるギャラリーだ。入り口には「D」から始まる、見覚えのあるファミリーレストランそっくりの“DOUBLET”と書かれた看板が掲げられている。ガラス張りの棚には、日本のレストランでよく見かけるメニューの食品サンプルが飾られていた。“たこやき 500”“スパゲッティ 800”とよく見るとフードの横に数字が付けられており、通貨の単位はなんと円ではなくユーロ表記。ということはたこ焼きは約6万円、スパゲッティは約9万6000円なの?すでに本気か冗談かもわからない「ダブレット」の世界観に引き込まれる。「いらっしゃいませー」というスタッフの掛け声とともに中に誘導され、超高級ファミレスへと入店してしまった。
スタッフやモデルも笑いが絶えず
入り口付近の会計スペースを通るとドリンクバーが設置されており、来場者は自由にソフトドリンクやフローズンドリンクをカップに注いで中へと入っていく。ファッションショーの会場というよりファミレスをほぼ完全に再現した空間で、「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」のBGMとともにランウエイショーが始まった。テーラードジャケットとチャイナシャツをハイブリッドさせたアウターや、ロックシンガー風のコートにバビューシュカが描かれた靴下、フランスマダムが着ていそうなボーダーのニットウエアにエッフェルタワーの刺しゅうを装飾し、トップスや小物にはアメリカンインディアンの装飾品であるドリームキャッチャーを用いた。とにかく多国籍の要素をミックスさせた風変わりなムードが、ブランドの世界観を凝縮させたようなコレクションである。
あらゆる仕掛けに会場の反応は
ショー後は、アメリカ版「ヴォーグ(VOGUE)」のジャーナリストや元コレット共同創業者サラ・アンデルマン(Sarah Andelman)が満面の笑みで、井野デザイナーへの元へ祝意を伝えに来た。「とっても面白かったわ!」と言われ、照れ臭そうだが満足気な様子の井野デザイナーに、コレクションのコンセプトについて尋ねた。「着想源は見ての通り、幼少期に家族で行ったファミリーレストラン。最近は色んな国へ行く機会が増えて、各国の食文化を体験した。すると改めて日本のファミリーレストランのメニューってとてもダイバーシティーだなと気づいた。パリという世界の舞台で人種や国籍、性別問わない『ダブレット』流“大人のファミリーレストラン”を作ってみようと思った」。そう語る彼はシェフ風の割烹着に、大きなフライパンとお玉を両手に持つシェフの出で立ちだ。聞くと、出国直前に急きょアマゾン(AMAZON)で購入したのだという。
そして井野デザイナーから「楽しんでくれましたか?みんな笑っていた?」と逆に質問を投げかけられた。答えは、笑っていた。ファミレス文化が海外の来場者にどれだけ伝わったのかは正直分からない。でもショーの最中やショーが終わった直後には、笑顔でスマートフォンを方々に向けて撮影する来場者が見られた。彼は「LVMHプライズ」受賞の際やそのほかの取材でも、「周りの人が喜んでくれてうれしい」「何よりも周りの人に楽しんでほしい」と、いつもファッションを通じて“笑い”を届けることに挑むデザイナーである。井野デザイナーのことを、尊敬と愛を持って”平成の喜劇王”と筆者も呼ぶことにしよう。この類い希なデザイナーは、もしかするとファッションで世界に平和を届けてくれるかもしれない。なぜなら“笑い”こそが世界共通言語であり、ダイバーシティーなのだから。