女性が抱える健康問題をテクノロジー(技術)で解決するサービス“フェムテック”が注目されている。生理用ショーツや月経カップ、女性用セルフプレジャーアイテムなどが関連アイテムとして話題だが、日本人女性になじみのある生理日管理サービス「ルナルナ」はその先駆けだ。提供開始から20年がたち、1400万のインストール数(19年7月時点)を超えるほど多くの人に利用されているが、開発当初は携帯の公式サービスとして認められないほど風向きが強かったという。生理に対する社会の認識はどう変化し、これからはどんなサービスが求められるのか?日根麻綾「ルナルナ」事業部事業部長と東京大学医学部附属病院産婦人科の甲賀かをり准教授にそれらについて話を聞いた。
WWD:「ルナルナ」の誕生から20年が経ちましたが、サービスに対する社会の認識や生理に対する意識はどう変わりましたか?
日根:サービスをポジティブに受け入れてもらえるようになりました。2000年に「ルナルナ」を始めたときは携帯キャリアの公式サービスとして認められず、大手3社から承認されるまで7年かかりました。それぐらい女性の健康や生理を管理することが大切だという認識が浸透していなかったんです。しかし、サービスを提供し始めると登録者数はどんどん増え、「女性が生理周期を管理するシステムを求めていたんだ」という意識が広がった結果、今では全国ネットのテレビCMを放映できるまでになりました。実はテレビCMも審査に落ち続け、地方局で流しても「生理に関するCMなんて流すな!」と批判されることがあったのですが、ようやくお茶の間でも受け入れてもらえるようになりました。
甲賀:病院でも生理に関する相談は増えていますよ。「ルナルナ」さんが世論を変化させてきたのもありますが、ここ20年というタームで考えると、女性が社会進出して子どもを生み始める年齢が遅くなっていることが大きな要因だと思います。かつては短大を卒業し、20代前半で2〜3人の子供を授かり、30代はずっと子育て。そんな時代でした。でも今は30代に入って初めて子作りに向かう人がたくさんいるから、いざお子さんをつくろうと決めても不妊症が発覚したり、子宮の病気が見つかったりと妊娠・出産のリスクが高まったんです。
日根:それで、女性の性に関する情報や生理周期のスケジュール管理などができるツールのニーズがかつてより大きくなっていたんですね。
甲賀:はい。「ルナルナ」はそのニーズの受け皿になり、急速に支持を得たんだと思います。
“母親世代”が生理の正しい理解を妨げる
WWD:「ルナルナ」などのサービスによって生理に対する正しい知識は広がっているのでしょうか?
甲賀:実際のところはまだまだです。日本人は「ピルが怖い」「ワクチンは大変」など、一部のネガティブな情報に流される傾向にあります。本当はピルもワクチンも正しく利用すれば多様なベネフィットがあるのに、科学的知識が身についていないから、よくわからない恐怖心に翻弄されるんでしょうね。これは女性だけではなく男性の偏った認識にもつながっています。「ルナルナ」やピルの知識が浅いから、「ルナルナは不妊のためのアプリ」「ピルは避妊のための薬」といった偏見が生まれてしまうんです。
日根:お母さん世代でも偏った理解で判断してしまう人は多いですよね。「ルナルナ」利用者に実施したアンケートでは「母親にピルの服用を止められた」という意見が多数見受けられました。
甲賀:本人はピルの事前説明を聞いて納得したのに、お母さんに「やめなさい」と言われて服用しないケースですね。これは、自分と子どもの生理の状況が異なることを理解していないことから起こります。お母さんが20代で3人子どもを生み、娘さんは20代で子どもを作らなかった場合を想像してください。妊娠中と授乳期は生理が止まりますから、20代のうちに生理を経験する回数はお母さんの方がずっと少ないですよね。でも娘さんは生理・排卵のサイクルをずっと重ねているから、不妊症や子宮異常に陥るリスクが大きい。医者はそれらのリスクを鑑みてピルの服用をすすめるのですが、お母さんはそのリスクを理解していないんです。
日根:男性だけでなく、親世代の考えをアップデートできたらいいですよね。
WWD:福利厚生として女性の健康に予算を割く企業も増えているのでしょうか?
甲賀:メンタルヘルスをエンカレッジする企業が増えている一方、女性の健康にはなかなか踏み込めない企業が多いです。これは、メンタルヘルスは社員の自殺などにつながる可能性があるのに対し、女性の生理はそういった問題に直結しづらいから、ないがしろにされてしまうんだと思います。さらに不妊治療を支援すると出産・育休を取得されやすくなるため、企業としてデメリットが大きいと感じてしまうことも要因ですね。
日根:でも、生理の日に無理に出勤してもパフォーマンスは上がらないことはデータで証明されているし、福利厚生で女性の働きやすい環境を整えたほうが女性社員のロイヤルティーも上がりますから、長期的にみたら絶対に導入したほうがいいですよね。われわれも福利厚生で従業員向けの生理セミナーを開いたり、女性がオンライン診療を受ける環境を整えたりという動きを始めていますが、これも経済的合理性があると判断しているからに他なりません。
WWD:「ルナルナ」が新たに考えているサービスは?
日根:大きく考えているのは3つ。まず、妊娠を希望しない若い子にむけた「ピルモード」です。去年スタートしたサービスですが、今後は医療機関とのアクセスをスムーズにして、より実践的なサービスに進化させていきます。次に妊活・不妊治療のサービス。不妊治療は通院頻度が高く、仕事との両立がとても大変な治療です。そこで、体温や生理周期のデータを病院に送り、先生と対面しなくても診療システムなどにつながるプラットフォームを作れたらと思っています。最後は周産期です。先ほども言った通り、周産期に利用できる医療施設の減少がどんどん深刻になっていて、地方には車で1~2時間かけないとお産施設にアクセスできないのも当たり前になっています。それらの施設とユーザーデータをつなぎ、スムーズで安心なお産環境の手助けをしたいです。
甲賀:やるべきことはたくさんありますね。BtoCで完結させず、医療機関にもメリットやインセンティブがあるシステムをいかに構築するかが鍵ですね。