日本発のファッションブランド「フミト ガンリュウ(FUMITO GANRYU)」は、2017年のデビューシーズンで「ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO以下、ピッティ)」の舞台に立ち、セカンドシーズンでパリ・メンズ・ファッション・ウィークの公式スケジュール入りを果たした異例のブランドだ。現在3シーズン目にして海外約50店舗、国内約30店舗で扱われている。同ブランドを手掛ける丸龍文人デザイナーは、コム・デ・ギャルソン社で川久保玲に才能を見出され、自身の名を冠したブランド「ガンリュウ(GANRYU)」を約10年間率いた。しかし、16年に同ブランドを終了すると約1年半、ファッションの表舞台から姿を消した。彼はなぜファッション業界を離れ、何を求めて再びアパレルに挑むのかーー服作りのルーツを掘り下げながら、それらについて話を聞いた。
WWD:服作りの原体験は?
丸龍文人デザイナー(以下、丸龍):小学生の頃から服をデザインしていました。絵本のようにストーリー性のあるイラストをよく描いていて、その登場人物にどんな服を着せようか毎日考えていたんです。自分自身が着飾ることを意識し始めたのは中学生の頃。仲のよかった先輩が高校に入っておしゃれになったので、僕も自然と興味を持ち、そこから音楽をはじめ服にまつわるカルチャーにハマっていきました。
WWD:文化ファッション大学院大学でデザインを学んだが、なぜパタンナーとしてコム・デ・ギャルソンに入社した?
丸龍:同社にはデザインに密接な部門として企画生産部とパターン部の2つがあります。そのうち自分のスキルを活かせるのはパターン部だと判断して応募しました。学生時代から色や柄よりも形でアプローチするのが好きだったんです。
WWD:「ガンリュウ」を立ち上げた経緯は?
丸龍:機会に恵まれたとしか言えません。そこで服作りの全てを学びました。
WWD:コム・デ・ギャルソン退社は独立を見据えたものだった?
丸龍:そのつもりはありませんでした。目の前の仕事に全力で取り組むことが僕の正義なので、独立の準備も全くしていませんでした。 退社して初めて、「さて何をしようか?」と考え始めたくらいです。ただ、前社でしか働いたことがなかったので、外の空気を知りたいと思ったのは事実です。
WWD:服以外のビジネスにも興味があった?
丸龍:最初はファション以外のビジネスを構想していました。一番やりたかったのは服ですが、ブランド運営に必要な資金も人脈もなかったので、ローリスク・ハイリターンな事業で資金を集めようと考えました。ところが、その事業の準備を進めていたら、思わぬ形でアパレルをやるチャンスが巡ってきたんです。ブランドをやるにはまだ早いかなと迷いましたが、「いや、この機会は逃せない」とブランド立ち上げを決めました。
WWD:「ピッティ」でデビューし、セカンドシーズンでパリ・ファッション・ウイークの公式スケジュールに入った。新進ブランドとしては異例だが、どんな経緯があった?
丸龍:本当に運がよかっただけです。正直、僕が一番驚いていますから。ただ、「ピッティ」に向けて準備しているとき「これをものにすればパリへの道が開けるかもしれない」と考えていたので、パリ進出はある意味狙い通りでした。僕はひとつひとつのチャンスを単独でとらえず、それらをつなげて大きな将来を描きたいタイプなんです。
ギャルソン時代との決定的な違い&デザインの新たな着想源
WWD:「フミト ガンリュウ」のコンセプトは?
丸龍:“21世紀に必要な服”です。毎シーズン、その瞬間に必要だと思った要素をコレクションに取り入れています。
WWD:「ガンリュウ」と「フミト ガンリュウ」の違いは?
丸龍:決定的に異なるのは “ラグジュアリーさ”です。前ブランドでは社内のブランドポジショニングを踏まえて全く意識していませんでしたが、今はむしろ積極的に取り入れています。ラグジュアリーさには“表層的なもの”と“精神的なもの”の2種類があると思っていて、前者はクオリティーの高い付属品など目に見える形で盛り込み、後者は目に見えないけれど心にゆとりを生むようなクリエイションとして反映させています。
WWD:“心のゆとりを生むクリエイション”とは?
丸龍:例えば2020年春夏シーズンで取り入れた自然転写のパターンです。自然を服に取り入れることで、息苦しい現実世界を少しでも忘れてもらえたらと思って採用しました。同シーズンのテーマは“監視社会からのエスケープ”。監視カメラが氾濫し、SNSで他者から生活を見られることが当たり前となった現代にはそこからの脱却が必要だと考えました。
WWD:青やオレンジなど鮮やかな風景も採用しているが、それは意図的なものか?
丸龍:はい。メンズファッションにはカテゴリー別に配色や素材の組み合わせに規則があり、服が好きであればあるほどその規則に縛られてしまいますよね。でも、自然を用いた色・柄だったら、ルール上ありえない配色、ありえない素材の組み合わせも例外として認められて、斬新な装いに挑戦できるんじゃないか。そう思ってこれまでにないカラーを使いました。 僕自身が服のルールを破るための“免罪符”を求めていたし、それを欲する人は世の中にもたくさんいると思うんです。
WWD:監視社会がキーワードに挙がったが、社会情勢からインスピレーションを受けることは多い?
丸龍:国際情勢や政治をはじめ、ニュース全てが服作りのインスピレーションです。ニュースって、ファッションと無関係に見えて実は大いに関係がある。どこかの国である法案が通ったら、市民の生活ニーズに必ず変化が生まれ、生活に根差したアパレル市場にも絶対に影響が出ますからね。だから僕は動画共有サイトなどを活用して常にニュースを頭に入れて、「今からどんなジャブを打てば市民のニーズに対応できるか?」と考えながら服を作っています。
WWD:機能素材を意識的に用いている理由は?
丸龍:洋服は身にまとうモビリティーだと考えているので、合理性が必要不可欠なんです。これは“21世紀に必要な服”というコンセプトに直結していて、19-20年秋冬コレクションでは脇下にベンチレーションを備えたコーチジャケットやメッシュの裏地を用いたダッフルコートなどを提案しました。“服の機能性”と聞くと気心地や着脱しやすさ、汚れにくさなどを思い浮かべるかもしれませんが、今後はもっと広義の機能を意味すると思っています。今は「スマートフォン1台でなんでもできる社会」ですが、その先には「服1着でなんでもできる社会」が待っているかもしれません。
ブランド最大の目的は“ビジネスの成功”
WWD:スタッフはどのくらいいる?
丸龍:アトリエとショールームを合わせて10人くらいのスタッフがいます。まだまだ小さいですが、2年足らずでここまで人が集まってくれたのは本当にうれしい限りです。優秀なメンバーに恵まれているのが何よりのプレッシャーですね。
WWD:今後の展望は?
丸龍:ブランドを運営する最大の目的はビジネスとして成功すること。これを実現するためには海外市場の拡大が至上命題です。ただ、海外は国内以上にシビアにやらなければいけない。国内以上に情勢が不安定だし、稼げるときに一気に稼ぐのもビジネスとして健全じゃありませんからね。目の前の仕事に全力で打ち込んで、実直にブランドを成長させていきます。
WWD:クリエイション面での目標は?
丸龍:僕が素晴らしいと思うブランドには、クリエイションが毎回ドラマチックに変わってもブレない何かがあります。僕はその“ブレないもの”として、全く新しい要素を打ち出したい。そのためにまずはブランドを長く続けて地道に発信することに徹します。いつかコレクションを振り返ったとき、その軸によってそれぞれのストーリーが全部つながって見えるーーそんな大河のようなブランドになりたいですね。