昨今ファッション業界でも「サステナビリティ」という言葉を頻繁に耳にするようになったが、その先進国の一つと言えるのがドイツだ。ベルリンでは、2009年からファッション・ウイーク期間中にサステナブルなハイファッションに特化した合同展示会「グリーンショールーム(GREEN SHOWROOM以下、GSR)」が開かれており、19年1月にはその発展形となる「ネオニット(NEONYT)」が発足。200を超えるブランドが出展する一大合同展になっている。そのキーパーソンは、GSRの共同創設者でもあるマグダレナ・シャフリン(Magdalena Schaffrin)「ネオニット」クリエイティブ・ディレクターだ。ドイツにおけるサステナブル・ファッションの第一人者である彼女は、現在を、そして未来をどう考えているのか?
もともとデザイナーとして自身のブランドを手掛けていたシャフリン=クリエイティブ・ディレクターが、同業の友人ヤナ・ケラー(Jana Keller)と共に「GSR」を立ち上げたのは2009年7月のこと。「もともと自分のブランドでもサステナブルなモノ作りをしていたし、当時からドイツではある程度サステナビリティへの意識があった。加えて、10年前は、スタイルやファッション性を重視する“第2世代”のサステナブル・ファッションブランドが誕生し始め、より多くのファッション企業がサステナビリティへの取り組みを始めた頃でもあった。ただ、自分たちにふさわしい合同展はなく、“ハイファッション×サステナビリティ”をコンセプトにした展示会として、16ブランドを集めて『GSR』をスタートさせた。コンセプトを明確に打ち出すため、会場に選んだのは5つ星ホテルのホテル・アドロン。サステナブルブランドのアイテムを組み合わせたランウエイショーもベルリン・ファッション・ウイークの一部として当時から開催していた」と振り返る。
その後、11年に数多くの合同展を運営するメッセ・フランクフルト(Messe Frankfurt)に同展の事業を売却。同社は「GSR」の開催に加え、すでに買収していた「エシカル・ファッションショー」の開催地をパリからベルリンに移し、サステナブルなカジュアル&ストリートファッションに特化する合同展として再始動した。15年1月からは両展のシナジーを高めるために同じ会場で開催してきたが、19年1月、2つが合同・発展する形で「ネオニット」としてリローンチした。「イベント名は、古代ギリシャ語とスウェーデン語で“新しい”を意味する『NEO(ネオ)』と『NYTT(ニット)』を合わせた造語。サステナビリティの考え方は、科学の進歩や革新的なテクノロジーによって急速に変化を続けている。時代に合わせてコンセプトを再考しつつ、常に発展させていくという思いを込めた」。そして、リローンチに合わせて合同展のコンセプト自体も見直した。「昔ながらのフォーマットでは、これから生き残ることはできない。今の合同展に必要なのは、コミュニティーが一堂に会する場を作り、相互的なコミュニケーションを促すこと。あらゆるビジネスは人と人との信頼関係の上に成り立っていると私は信じているし、ファッション業界にまつわるさまざまな問題を皆で考えていくことが大事だと思う。そのため、カンファレンスやネットワークイベントにも力を入れている」。
1月14〜16日に開催された「ネオニット」では、社会問題や環境問題、最新テクノロジーなどを通してファッションの未来を考えるプレゼンテーションやパネルディスカッションなど50のプログラムを実施。出展ブランド数は210を超え、世界最大のサステナブル・ファッションの合同展になっている。もちろん出展するためには、展示するコレクションの最低70%が定められたサステナビリティの基準を満たす必要がある。「昨年は、(環境に配慮しているように見せかけることを意味する)『グリーン・ウォッシング』について深く考えさせられた。今は誰もが『私たちはサステナブル』と主張する時代。だからこそ、事前審査は非常に重要。サステナビリティの解釈は多岐にわたり、基準は常に発展しているので、最新の事実や知識に基づいた観点からチェックをしている。その中でも重視しているのは、社会的側面と環境的側面。完全に循環型のモノ作りを実現した製品に与えられる『クレイドル・トゥ・クレイドル(Cradle to Cradle以下、C2C)』認証も大きなトピックになって、『C2C』の商品を作るということは最初の段階から有害な化学物質や素材を一切使わないということを意味するので興味深い。まだ市場に出ている商品は少ないが、『カリダ(CALIDA)』や『ウォルフォード(WOLFORD)』『C&A』などが提案を始めている」。
この10年間で変わったこと、変わらなかったこと
また、シャフリン=クリエイティブ・ディレクターも指摘するように、最近は「サステナビリティ」がトレンドや流行語のように扱われていると感じることも多い。そういった意識が広まるのは良いことであると同時に、安易に使われることは危険もはらんでいる。それに対して、「科学的な事実に基づいた評価や真の理解を広めていくことが解決策になる」とコメント。そして、サステナブル・ファッションの実現はまだ長い道のりにあることも付け加える。「今、サステナビリティに対する認識は確実に高まっていて、来年あたりまでそれが続くと思う。しかし、それによってファッション業界全体が変わるかは疑問だ。正直なところ、『GSR』を立ち上げた10年前の方が、将来に対して今よりもずっと楽観的だった」。当時は、10年の間に大半のブランドがサステナビリティに取り組むようになるとともに法律も整備され、業界が変わると考えていたという。「その予想通りにはならなかったけれど、たくさんの変化もあったのも事実。例えば、この大きな問題の解決は企業単位では難しいことに気付き、多くの企業が競争以前の協力の必要性を理解したことは最も大きな変化の一つ。その結果として、『ファッション協定(The Fashion Pact)』や『サステナブル・アパレル連合(Sustainable Apparel Coalition)』のようなイニシアチブが生まれた。一方、この10年間で理解したのは消費者心理が簡単には変わらないこと。それに、労働環境の改善やバリューチェーンの環境負荷低減に対する業界全体の考え方も簡単に変わるとは思えない。そのため、根本的な変化には法律に基づいたレギュレーションが欠かせないと考えている」。
最後にサステナブル・ファッションの未来について尋ねると、「どのくらいの時間がかかるかは分からないけれど、『サステナビリティ』という言葉を使う必要がなくなる日を夢見ている」とシャフリン=クリエイティブ・ディレクター。「ファッションである以上、最も重要なのはデザインが良く、心の琴線に触れるものであること。その面で一般的なファッションと戦えることが、サステナブル・ファッションブランドが成功する唯一の方法だと考えている。いくらサステナブルであっても、安かったとしても、誰も欲しがらないものを作る意味はない」と言い切る。
JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。