2004から17年末まで「エルメス(HERMES)」の初代専属調香師として活躍し、「地中海の庭」「ナイルの庭」など名香「庭」シリーズや「エルメッセンス」コレクションを生んだ人物として知られるジャン・クロード・エレナ(Jean-Claud Ellena)。彼の就任後、同メゾンの香水売り上げは拡大し認知度も高まった。エレナ調香師は「エルメス」を離れてから「フレデリック マル(FREDERIC MALLE)」の仕事を再開し、19年にフランスのビーガンフレグランスブランド「クヴォン・デ・ミニム(LE COUVENT DES MINIMES)」のオルファクティブディレクターに就任。初めて調香師を監修する形で作り上げた香水が昨秋日本に上陸し話題だ。4月には同ブランドから新作の発売も予定している。“香りの哲学者”“究極のミニマリスト”と評されるエレナ調香師に、「エルメス」を離れてからのことと新しい仕事について聞いた。
WWD:「エルメス」の専属調香師から離れ、「フレデリック マル」や「クヴォン・デ・ミニム」で再び調香の仕事に戻ったいきさつは?
ジャン・クロード・エレナ調香師(以下、エレナ):2018年1月4日に長年仕事をした「エルメス」を去り引退生活に入りました。しかしその2日後、友人であるフレデリック・マルから電話があり「自由になったのなら私と一緒に仕事をしてほしい」と言われたのです。一息つきたかったのでそのときは「また今度」と言いましたが、春になると徐々に調香の仕事が恋しくなってきて、どんなものを作ろうか考えられるように。そして10月、今度は「クヴォン・デ・ミニム」のゼネラルマネジャーであるマリー・キャロライン・ルノー(Marie-Caroline Renault)から電話がありました。
WWD:彼女からはどんな依頼が?
エレナ:私が住む小さな村まで来てもらったのですが、彼女はひどく緊張しながら、「電話をしていいかどうか迷ってこんなにも時間が経ってしまった。自分はフレグランスのプロではないからあなたの力が必要だ」と言ったのです。ですから私にできることはクリエイションを届けることだけで、マーケットのテストをしてほしくないということや、「エルメス」のときと同じような仕事の仕方、つまり何をしても自由という白紙の状態を保ちたいという希望を話しました。
WWD:実際に創作活動は思うように進んだか?
エレナ:「エルメス」のときと違うのは、ブランドを周知していくためにたくさんの種類のフレグランスが必要だということでした。私はクリエイションに非常に時間がかかるタイプなので、たくさんのものを同時にはできません。すると彼女は、「あなたが一緒に作業をする調香師を選ぶことはできるでしょう」と言ったのです。だから私はディレクターとして調香師を監修するという、私にとって初めてのスタイルで香水を作り上げることにしたんです。
WWD:調香師はどのように選んだ?
エレナ:まずパリへ行って香料会社とそこに所属する調香師たちに会い、どういう作業をしてもらいたいのか説明しました。それからサンプルを作ってもらい、最終的に3つの香料会社、4人の調香師と一緒に仕事をすることになりました。作業の工程はとてもシンプルで、サンプルを出してもらって電話やメールで修正点を伝える――。その繰り返しです。
WWD:調香師へのディレクションはどういうふうに行ったか?
若い調香師たちはマーケティングの人間としか仕事をしたことがないケースが多く、マーケティングの人間はそのときの流行や傾向を伝えて調香師を引っ張っていこうとします。私の場合はクリエイションに集中するので、トレンドやモードを避けて技術的な話だけをします。何が多くて何が足りないのか、そして美学的な観点も求めます。また「この香りで何が言いたいのか?」を問いました。
WWD:「クヴォン・デ・ミニム」はどういうブランドだと思うか?
エレナ:「クヴォン・デ・ミニム」で好きなのは、ルイ14世に仕えた植物学者のルイ・フュイエ(Louis Feuillee)と南仏にあるミニム修道院にまつわるユニークなブランドストーリーを持っているところです。ルイ・フュイエは17世紀に修道院の神父、冒険家、地質学者として世界中を旅して回り、植物学の祖としても知られています。
WWD:ファーストコレクションはどのような内容になったのか?
エレナ:ルイ・フュイエは旅をした先々から植物や動物のスケッチ画を持ち帰り、ルイ14世に献上しました。インスピレーション源を追い求めて持ち帰るという生き方に、私は非常に共感を覚えたのです。そこから着想してファーストコレクション「シンギュラー オーデパルファム」は動物をモチーフにした5つの香りを作りました。ワシや雌ライオンの個性を表現した香りで、自分にふさわしいものを選べるという提案です。「クヴォン・デ・ミニム」はビーガンフレグランスですが、香水業界では何年も前から動物由来の香料を使わなくなってきていて、ビーガンでフレグランスを作るのはそれほど難しいことではありません。ウッディー系やフローラル系、アンバー系と、多くの人に楽しんでもらえるようなコレクションにしました。