昨年12月、東京・原宿に真っ青な見た目の建築が現れた。デザイン・設計事務所のDAIKEI MILLS(ダイケイ・ミルズ)がオープンした多目的建築「スクワット(SKWAT)」だ。
「スクワット」は、英国の売れないアーティストが空きマンションなどを不法占拠してアトリエとして活用するムーブメント“スクワッティング(SQUATTING)”に着想を得たプロジェクトで、同物件は元クリーニング店の古家を“占拠”。青をテーマカラーとして外観を塗りたくり、画像を大きくプリントして糊付けしただけの壁面や、プロジェクトロゴを貼っただけのブロックなど、あえて簡易な内装でコンセプトを表現している。
オープニング企画として、期間限定のアートブックストア「サウザンドブックス(Thousandbooks)」を2月22日まで開いている。アートブックのディストリビューションを行うtwelvebooks(トゥエルブブックス)と組み、1000冊近いタイトルを1000円均一で販売中だ。企画は不定期で入れ替え、常に新鮮なコンテンツを提供する。
プロジェクトの発起人である中村圭佑DAIKEI MILLS代表は、南青山のエイベックス本社やライフスタイルショップ「シボネ青山」、原宿の「ロク ビューティアンドユース ユナイテッドアローズ シンジュク」などを手掛ける人気設計家だ。そんな中村代表がなぜ、既存社会へのアンチテーゼ的な要素をはらんだ「スクワット」をスタートさせたのかーープロジェクトのボートメンバーで「サウザンドブックス」の仕掛け人でもある濱中敦史twelvebooks代表とともに、「スクワット」への思いを語ってもらった。
WWD:“スクワッティング”というムーブメントをテーマにした理由は?
中村圭佑DAIKEI MILLS代表(以下、中村):今は「誰もが楽しめる場所こそ至高」という考えが浸透していますが、実はもっとパンクな場所を求める人も存在するんじゃないかと思って“スクワッティング”をテーマにしました。
濱中敦史twelvebooks代表(以下、濱中):道を歩いていて「なんかやばいのあるじゃん!」って思ってもらえたらうれしいよね(笑)。今の世の中には、どんな人でも安心して利用できる“優しい空間”が多すぎて、全然面白くない。店に入るときに胸がざわつく感覚はネットでは生み出せないので、入るのに少し勇気がいる空間や、外から見ても全貌がわならない空間の方がリアルでは価値があると思います。
中村:みんな頭が良いから最大公約数的なデザインとサービスがあふれてしまっているんですよね。もちろんビジネスとしては正解かもしれないけど、それでは人の心は動かせない。それ以上の価値を生み出さないと実店舗をやる意味はなくて、僕は雑多的で排他的な要素にその可能性を見出しています。
濱中:でも、「スクワット」と同じことを建築や設計を理解していない人が真似しても、ただの味気ない空間で終わってしまうんですよね。
中村:敷地の本質を読み解いて、そこから最適なアプローチを見出さないといけないからね。「スクワット」は分かりやすいコンセプトですが、実はかなり考え込んで作り上げています。今後はこの物件以外にもプロジェクト拠点を増やし、敷地ごとの特性を踏まえたさまざまなコンテンツを提供していく予定です。
WWD:いつからプロジェクトを構想していた?
中村:1年ほど前から考えていました。僕は設計事務所としてたくさんのクライアントと仕事をしていますが、いずれの案件もBtoBです。もちろん楽しい仕事ですが、納品して終わりではなく、継続的に関われる空間づくりや一般人と関わりが持てるデザインにずっと関心があったんです。
濱中:中村が大枠のアイデアを持っていて、それを聞いた僕たちが「面白いね」と共感して参加しました。僕のほかに2〜3人がウェブ周りなどで携わっています。コンセプトを固め、実現に向けて動き出したのは昨年の11月くらいですね。
WWD:ふたりは昔からつながりがあった?
濱中:もともとバカントという会社で一緒に働いていました。その職場はビジネスと遊びのバランスが絶妙だったし、コアメンバーの主張も全然違ったから予定調和ではない面白いアプローチができていました。今はメンバーそれぞれが独立してやりたいビジネスをやっていますが、「あの頃の空気感で何か作りたいよね」という話はずっとしていました。
WWD:原宿の「スクワット」は内装がかなり簡易的ですね。
中村:なるべくお金をかけないようにして、“不法占拠”というコンセプトを体現しました。内装については、仮に「明日出て行け」と言われても出ていけるくらいにライトに仕上げています(笑)。現代社会には完成度の高いサービスやコンテンツがたくさんあるから、それらをうまく活用すれば面白い空間を作れる。お金をかければいくらでも豪華にできますが、それだけじゃつまらないですからね。
WWD:階段が非常に急でびっくりしました(笑)
中村:すみません(笑)。お金をかけないメリットの1つが、親しみやすさを残せることです。急な階段や今っぽくない照明はトレンドでないですが、おばあちゃんの家みたいな安心感が保てるんです。
濱中:あと、遊びに来た人の会話のネタになります。階段については、もしかすると「不親切な店だな」と思われるかもしれないですが、今のところは肯定的な反応しかありません。
中村:深く考えなくても利用できる親切すぎる空間って、人の脳みそをダメにするんですよね。一つ一つの行為に責任を持たないし、記憶にも残らない。でも、アートと対峙するときって、何か特別なことを考えたり、そこから派生して深いことを考えたりするんです。だから体験自体にドキドキ感や特別感があるし、記憶にも残る。僕たちはそれがやりたいから、「スクワット」も“アートプロジェクト”として位置付けています。
WWD:「スクワット」のオープニング企画として「サウザンドブックス」を構想した理由は?
中村:「スクワット」のボートメンバーたちとオープニング企画について話し合っていたときに、「本が置いてある場所ってふらっと立ち寄りやすいよね」という意見に行き着いて本を扱うことに決めました。
濱中:販売しているのはtwelvebooksの不良在庫やB級品がメインです。言ってしまえば在庫処分やセールと同じなんですけど、「サウザンドブックス」は「スクワット」という専用の空間で一冊一冊丁寧に提案しているから、書店の隅っこで雑に積み上げたり、道端で段ボールに入れて販売するのとは全く違います。売り方が違うから、同じセール品でも買い手のテンションは違って、ポジティブに買ってもらえます。本を扱うプロとして、セールの新しいあり方を提案できたのは嬉しいですね。
中村:「スクワット」というムーブメント自体、空きマンションなどの資源を有効活用しようというサステナブルな考えを含んでいるので、不良在庫をなくすという目的も親和性が高かったんです。
濱中:基本は1000円均一ですが、タイトルによっては3000円のものもあります(笑)。そのいい加減な感じも楽しんでもらいたいですね。
WWD:メディア露出が少ないですが、大々的にPRをしない理由は?
濱中:草の根的な広がりのほうが健全だと考えているからです。ネット社会では、意図的なバズよりも一般人の口コミが一番ピュアで価値がある。今回も記者さんの純粋な好奇心から声をかけてもらえましたし、そういう人を大切にしたいんです。
中村:本当に興味のある人は自分で情報を掴んで来店してくれるんですよね。
濱中:インスタグラムのDMで「年明けはいつからオープンしますか?」とわざわざ連絡をくれた人もいたよね。その人は空っぽのリュックを背負って、自転車で駆けつけてくれました。そんな熱量のある人にアプローチできているのは本当に嬉しいです。
WWD:「スクワット」はみなさんの本業に良い影響をあたえていますか?
中村:設計事務所としての新プロジェクトに派生しています。「スクワット」を見て、「数カ月間使わないスペースがあるから何かやらない?」と声をかけてくれる人がいて、実際に動き始めました。
濱中:「スクワット」は僕たちのポートフォリオでもあるんだよね。BtoBではできないことを「スクワット」で実現して、その姿勢に共感してくれた人が新たなビジネスを持ちかけてくれるんです。
中村:本業に還元されることはプロジェクトの狙いでもありました。どこかで利益を生まないと、遊びの延長といっても長続きしませんからね。ある意味、営業活動です(笑)。
WWD:今後の展望は?
中村:東京のいろんな物件をスクワットしていきます。それぞれにテーマカラーを定めて、マップとして見たときにあらゆる箇所が占拠されていたら面白いと思います。最新情報はインスタグラムを通して発信していくので、気になる人はチェックしてみてください。