終盤、突如蔓延し始めた新型コロナウイルスに揺れた2020-21年秋冬ミラノ・コレクションが終わりました。この原稿は今、経由地のパリに向かう飛行機の搭乗前、ミラノのマルペンサ空港で書いています。25日朝(イタリア時間)の段階で、イタリア国内の感染者数は270人以上。死者は7人です。昨日からは学校も閉鎖され、後輩記者は27日予定だった帰国を25日に前倒しました。イタリア政府の対応が迅速ゆえ、万が一ミラノで患者が見つかり増えた場合、街から出られなくなる恐れがあると判断しました。
政府の迅速な対応、そして、ブランドの勇気ある決断により、今シーズンは3つのブランドがいつものショーを開催できなくなりました。「ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)」と「アツシ ナカシマ(ATSUSHI NAKASHIMA)」、それに「アレクサンドラ ムーラ(ALEXANDRA MOURA)」です。「アルマーニ」は無観客でショーを開催し、その様子を「Armani.com」などのオウンドメディアで公開。「アツシ」と「アレクサンドラ ムーラ」は、イベントそのものを中止せざるを得ませんでした。同じ日本人として「アツシ」は本当にかわいそうに思いますが、ブランドは今日、ミラノでルックブックを撮影しています。その写真は、間もなく「WWD JAPAN.com」でも紹介できるでしょう。
「アルマーニ」のショーは当日23日の深夜、ホテルでサイトにアクセスし、鑑賞しました。いつもは数百人で賑わっている会場は、本当に無人。ショー会場の「アルマーニ/テアトロ」には10年以上通っていますが、こんなに寂しい空間は見たことがありません。そこに、モデルが現れました。ホームページによると、今シーズンのテーマは「ベルベットの風合い」。その名の通り、主役はブラックのベルベット。メンズウエアのようなジャケットやコートから、ドレス、ガウチョパンツ、そしてボウタイに至るまで、全85ルックのほとんどにブラックベルベットが登場。その美しさは、スマホからも明らかです。整った毛足は輝きを放ち、ビロードのように滑らか。漆黒ゆえ厳格ですが、柔らかそうで優しくもあります。リボンのように結ぶことができるくらいですから、相当柔らかいのでしょう。
ブランドのPRからは、「アルマーニには、ベルベット担当がいるんです。だから『ジョルジオ アルマーニ』のベルベットは、別格。『エンポリオ アルマーニ(EMPORIO ARMANI)』のベルベットも素敵ですが、『ジョルジオ』は全然違います」と聞いたことがあります。アンコンジャケットの創始者にとって、ベルベットは特に重要な素材。そんな素材を贅沢に使った、渾身のコレクションを直接大勢に見せられなかったアルマーニさんの無念は、計り知れません。しかも彼は、現在85歳。どんなに元気でも、残されたランウエイショーは、100回に満たないハズです(彼はオートクチュールからメンズに至るまで、年間10のランウエイを開催しています)。その1回を、このような形で終えざるを得なかったことも、僕のエモーションを掻き立てます。
そんなコトを思いながらショーを見ていたら、15分がすぎたところで12人の中国人モデルが現れました。彼女たちが身にまとうのは、20-21年秋冬ではありません。09~19年までのオートクチュール「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ(GIORGIO ARMANI PRIVE)」の中から厳選した、中国にインスピレーションを得たコレクションです。真紅のドレスにシノワズリのムード。12人が勢ぞろいするとアルマーニさんが現れ、客席に向かって手を合わせ、一礼し、微笑みました。誰も、いないのにです。
誰もいない会場に向かっての一礼。それが僕には、中国で今なお猛威を振るう、新型コロナウイルスの沈静化を願う、祈りのように見えました。壁面のデジタルサイネージには雪が降り、中央には蓮の葉が浮かぶ池を模した空間。そして、12人の中国人モデルとアルマーニさん。新型コロナウイルスを広めてしまった中国を責めるでもなく、無観客のショーに落胆するでもないアルマーニさんを、ただただ素直に尊敬します。
ショーの中止は終盤だけでしたが、ミラノ・ファッション・ウイークには序盤から中国人メディアとバイヤーの姿がありませんでした。これを受け主催者は、デジタルキャンペーン「China, we are with you.(中国よ、私たちは貴方とともに)」をスタート。中国版ツイッターのウェイボー(微博、WEIBO)の協力を得て、会期が終了するまでに18のショーをデジタル配信。主催者側の発表によれば、延べ1600万のアクセスがあったと言います。主催者は現在も各ショーのアップロードに取り組んでおり、間もなく公式スケジュールの全てのショーが中国でも楽しめるようになるそうです。