「WWDジャパン」2月24日号では“100年に一度”といわれる再開発が進む街、渋谷を特集した。多くの大型商業施設が建設され、新しくできた高層ビルにはIT系の企業が続々と入居。かつての「若者の街」から「大人の街」へと様相が変化している。そんな渋谷の街を、第5世代移動通信システム(5G)を用いてアップデートしようと考えているのが、KDDIだ。同社は渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会と共同で「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」を1月に発足。パルコやベイクルーズなど、30社以上の参画企業と共に5Gを活用し、渋谷の創造文化都市事業への貢献を目指している。KDDIは変わりゆく渋谷を5Gでどのようにアップデートするつもりなのか。「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」のキーマンである中馬和彦・経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部部長と繁田光平ビジネスアグリケーション本部アグリケーション推進部部長の2人に聞いた。
WWD:2人の役割は?
中馬和彦・経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部部長(以下、中馬):僕自身はオープンイノベーションを担当しており、ベンチャー企業への投資や、新規事業における外部との提携の窓口などをしています。プロジェクトの初期に入り、徐々にフェードアウトしていくようなイメージで「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」でも同様です。
繁田光平ビジネスアグリケーション本部アグリケーション推進部部長(以下、繁田):基本的には中馬が掘り起こしたものを僕が形にし、新規事業として進めていく流れですね。
WWD:渋谷をどのような街だと捉えている?
繁田:多様性の象徴であり、さまざまな方のビビッドな反応を見ることができる街ではないでしょうか。僕も中馬も、渋谷という街でいろいろな文化に触れ、肌で感じてきました。そういった中で、いかに渋谷を実験の場として新たなことにトライできる街にできるか、長谷部(健・渋谷区長)さんとも話しています。われわれが仕掛けたことに対して、白黒はっきりとした反応だったり、予期しない反応だったりが出てくると考えており、今回のプロジェクトを始めるに当たってもまさに渋谷でないとダメだ、という気持ちがありました。
中馬:個人的には、渋谷は国内で最も世界とつながっている街だと思っていて。現在、日本の産業は非常に厳しくなっているのが実情ですが、一方で文化の側面ではまだまだできることがたくさんある。僕らとしてはテクノロジーによって世の中が次の時間軸に進んでいくタイミングで、文化をコンテンツの軸にして世界と戦いたいと思っています。渋谷はレコード屋だったり、古着屋だったりが軒を連ね、さまざまなコミュニティーが溶け込んでいる集合体とも言える。そういった文化からコンテンツを育てていき、街の新たな側面を見せる場を作ることで世界に対するショーケースにしていくのがいいのではないかと考えています。
WWD:個人的に渋谷でなじみの深い文化はあるか?
中馬:DJをやっていたこともあり、レコードを買いに来る街でしたね。九州出身で、学生時代まで基本的には東京にいることは少なかったけれど、東京に行くとなればレコードを買いによく「マンハッタンレコード」に行き、クラブにも通っていました。
繁田:僕自身は埼玉っ子ではあるけれど、何かに興味を持って触れようとした時に絶対に行きつくのは渋谷という街でしたね。さまざまなサブカルチャーが生まれ、ドアの向こう側には新しい世界が広がっていた。人が集まりコンテンツが生まれ、それにめがけてさらに多くの人が集まる渋谷で、いろいろな刺激を受けてきました。企画屋として動いている今も、渋谷という街で時間を費やしてきたことがベースになっているなと感じています。
WWD:かつての渋谷と現在の渋谷で、変わったことは?
繁田:都市の均一化が起きているとはよく言われますよね。ただ、まだまだ可能性はある。今後、テックやベンチャー企業がたくさん入ってくることで、新たなコンテンツが生まれる素地が出来上がってきてはいると思います。
中馬:繁田の言うように、渋谷は均一化が進んできていいて、今は結構ピンチだなと感じています。商業を目的にした施設や高層ビルが立ち並ぶようになり、かつてのような“ビットバレー”もなくなってしまった。起業家やアーティストたちにとって、ある種の“巣穴”だった渋谷らしさが失われつつある。長谷部さんも気にしていることですが、街を近代建築で完全に染め上げてしまうと、無駄がなくなり、自由が作りづらくなる。今後はいろいろな人たちを集め、もう一度渋谷らしさを取り戻そうと話しています。
5Gは“掛け算方式”の
新・産業革命を引き起こす
WWD:渋谷らしさを取り戻すための一つの手段として、KDDIは5Gを活用しようとしている。改めて5Gの可能性とは?
中馬:今までの進化が高速化を主軸に、インターネット内で起きていたのに対して、5Gはリアルの世界全てがネットにつながるような感覚ですね。高速化に加え、大容量や低遅延、多接続などが特徴ですが、これは必然的で、例えば自動運転の場合、ネット上の遅延があると人をひいてしまうから低遅延が必要であり、大量のセンサーを配置する必要があるから多接続が必要となる。従来の産業革命は足し算方式で起きていましたが、今回は掛け算方式の新しい産業革命が起きる可能性がある。農業や水産業など、全ての産業に関係があり、大きなパラダイムシフトが起きるはずです。
WWD:「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」では、さまざまな可能性を持つ5Gをエンタメの部分で活用しようとしている。なぜ、エンタメを軸に据えたのか?
中馬:先ほども話したように、利便性や不満解消を追求したスマートシティ化は、結果的に都市の均一化につながってしまうためです。デジタル化は不可避だし、それによって人は学び、次世代へジャンプアップすることにはなりますが、一方で残すべきアナログな要素もある。何をアップデートし、何を残すのか、といった選択の妙が未来の渋谷を形作るのではないかと考えています。今のところは新しいものが出てきていて、とにかく試そうという段階ですが、ゆくゆくは周りも同じことをやり始める。そのため渋谷にしかないアセットやぬくもりは今から考えた方がいいと思っています。先日行った「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」の第一回のディスカッションでも同じことをみんなで話し始めたところです。
繁田:付け加えると、ディスカッションの際、“スマート化”といった話は出なかったんですよね。どのように楽しみの部分をアップデートできるのか、余白をどのように残すのかといった話がメインでした。やりたいことが明確にある人がテクノロジーと組むと新たな表現ができる。でも一方で、軸がないと色は全然出ていかない。
WWD:ゆくゆくはエンタメ外の領域に進出する可能性もある?
中馬:いずれはそうなります。例えばドコモは既に5Gを活用した自動運転や遠隔医療に取り組んでいます。ただ、新しいものが始まるときは熱量やワクワク感のある非日常体験といった、ピークレベルの高いものから着手してシャワー効果で日常的なところに落とし込む方が良く、KDDIらしいと考えています。
繁田:中馬の言ったことは、社内でも最初から意識していたところです。auのブランドスローガンでも“おもしろいほうの未来へ。”と掲げているように、便利にするのではなく、面白くすることを重視しますね。例えば音楽ライブでも、通常、5Gを活用して遠隔やVRでライブを体感できるように、といった考え方をすることが多いのですが、僕らはライブ空間をどのようにアップデートできるのかを考えます。
WWD:KDDIらしさ、とは?
中馬:一言で言うと、新しいこと、エンタメをいち早く取り入れてきました。「リスモ」というサービスで着うたに真っ先に取り組んだり、映画の制作に取り組んだり。アミューズさんとの合弁でA-Sketchというレーベルも持っている。通信事業はもちろん真面目に取り組みつつも、僕らはアイデンティティーとして、エンタメに関する新しいことは一番先に取り組みたいと思っています。ドコモのNTTなどは大きい企業なので、結局は全てを手掛ける。一方で僕らはあくまで2番手で、全てをやってもしょうがない。だったら一部にフォーカスしようと。
WWD:5Gを活用したエンタメのアップデートは、今後渋谷以外の都市でも行うつもりか?
繁田:取り組みたいとは思っています。渋谷でトライ&エラーを重ねていく中で、いいものができれば地方に展開していくことも可能だし、他都市できたことが渋谷でも応用できるかもしれない。それぞれの街でフィットするものを見極めつつ、渋谷という街をフラッグシップにして、他都市でも勝負はできると考えています。
中馬:ただ、ピークポイントをとにかく上げたいと考えているので、横展開はあまり急ぎたくはないです。まずはとにかくこだわり抜いて、一カ所できちんと成功しなければいけない。今後もまずは渋谷でのプロジェクトにしっかりと付き合い、ポジションを築き上げたいです。