ファッション

海外が絶賛した「アンダーカバー」「ソロイスト」 パリメンズで日本人デザイナーが手にしたかけがえのない“成功”

 海外生活約10年目を迎える筆者だが、愛国心はさほど強くない。日本人として生まれたことは偶然であり努力をして得たものではないため、高いプライドは持っていない。しかし、2020-21年秋冬コレクションのパリ・メンズ・ファッション・ウイークに臨んだ日本人デザイナーは、そんな筆者の愛国心を刺激してくれる素晴らしい出来だった。「彼らと同じ日本人だ」と声を大にして言いたい——それほど今季の日本人デザイナーは完成度の高いコレクションを世界の舞台で見せてくれた。そう感じたのは筆者だけでないようで、海外メディアの多くも称賛している。

UNDERCOVER
「影響力を持つ最後の“映画監督”」

 フィナーレでスタンディングオベーションとともに鳴り止まない歓声と熱狂に包まれたのが「アンダーカバー(UNDERCOVER)」だ。19世紀に創業したサーカス劇場を会場に、西洋のコンテンポラリーダンスと日本の演劇を組み合わせたようなパフォーマンスでショーが演出された。ウェブメディア「ハイスノバイエティ(HIGHSNOBIETY)」の編集者クリストファー・モレンシー(Christopher Morency)は「膨大なルック数のコレクションは、高橋デザイナーが日本の伝統的衣服を参考にし、時代感と生地を衝突させた感動的な内容」だと評価した。同記事にはライター兼コンサルタントのユージーン・ラブキン(Eugene Rabkin)のコメントも掲載されていた。「高橋デザイナーは文化的影響を探求し続け、妥協のない展望を独自のレンズを通して解釈し、ファッションをほかの文化と対話させている。自身のドラムのビートに合わせて行進する、真の影響力を持つ最後の“映画監督”」。時代の潮流ではなく“自身のドラムのビート”に合わせている点が、独立した存在であり続ける高橋デザイナーのすごみであると筆者も思う。騒音に惑わされ、自身のビートもドラムスティックさえも見失ってしまうデザイナーは少なくないからだ。さらに、オンラインメディア「ハイプビースト(HYPEBEAST)」の編集者ニコラス・リー(Nicolaus Li)もコレクションを絶賛。「表情豊かなニットやミスマッチなボタン留め、繊細でありながら巧妙なディテール、遊び心のあるアクセサリー、おなじみの濃い色彩——多種多様なアイテムは同ブランドの往年のファンを再び振り向かせるだろう」。また両者の記事冒頭では、「アンダーカバー」の劇場型のショーが毎季期待するブランドの一つであり、多くの来場者を呼び込んでいることが記されている。同ブランドがパリ・メンズで独自の立ち位置を示し、存在感が増していることを実感する。「ヴォーグ ランウェイ(VOGUE RUNWAY)」のジャーナリスト、ルーク・リーチ(Luke Leich)はパフォーマンスとコレクションの詳細を長々と熱を込めて説明し、最後を次のように締めくくった。「ここには魂がみなぎっていた。コレクションは、着用可能にした思考と文化と感情の産物。その後の『ラフ シモンズ(RAF SIMONS)』のショー会場が遠いことや、すでに大幅に遅れていることなんて誰も気にしていなかった。それぐらいショーが本当に素晴らしかったから」。

TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.
「全世界の男性を身震いさせる」

 ルーク・リーチは決して日本びいきのジャーナリストではない。しかし「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.)」も大絶賛している。「宮下デザイナーが話す英語は完璧ではないが、そんなことは何の問題にもならない。なぜならショーを通して、意思の疎通が美しくできるから」という文章で記事が始まる。筆者の印象では、宮下デザイナーは日本語でもコレクションの内容や思いについて雄弁に語ることのない人物である。だが、彼の場合はきっとそのままでいいのだろう。言葉にならないものを衣服に注ぎ込み、見る者の感情を喚起することができる数少ないデザイナーだからだ。「今夜のショーは、男性の非常に長い憂鬱なため息のようであった。それは宮下デザイナーにとって非常に個人的なものだが、全世界の男性の哀れみに寄り添い、身震いさせる力を持っていた。(中略)コレクションは、痛々しいほど“本心”を詩的に語る、終わることのないセラピーコースのようであった」とリーチも感情的につづっていた。

 今季のコレクションとリーチの言葉の意図を深く読み解くには、宮下デザイナーがショー数日前に取材に応じた「ビジネス オブ ファッション(BUSINESS OF FASHION)」の記事が助けとなるだろう。同記事ではまず、カルト的人気を誇った「ナンバーナイン(NUMBER (N)INE)」が、彼の手に負えないほどビジネスが成長するとともに、出資者の意思によってクリエイションに妥協しなければならなかったと休止の理由が書かれている。「自分を見失い、もはや衣服を通して自己表現ができると感じられなくなっていた」と宮下デザイナーはコメントしている。精神面の健康を損なっていた彼は治療に1年間専念した後、2010年に「タカヒロミヤシタザソロイスト.」を立ち上げた。絶望さえ感じたモード界に復帰したのは、生粋のデザイナーである彼にとって必然だったようだ。「顧客とつながることはもちろん重要だが、私を最も駆り立てるのは、自分自身に対する不満という絶え間ない感覚だ。私にとってデザインすることはセラピーのようで、ネガティブな感情に対処する最善の方法」という宮下デザイナーの言葉で記事は締めくくられる。彼がコレクションを生み出すのは自分のためのようにも聞こえるが、結局は顧客に求められるからこそ「タカヒロミヤシタザソロイスト.」はブランドとして成長を続けているのだろう。傷を持たずに生きていける人はいない。彼のクリエイションによってともに傷を癒したり、あえて塩を塗って痛みを強さへ変えたりと、顧客は深い親和性を感じコミュニティーが築かれているのではないだろうか。人の心は痛みと痛み、脆さと脆さ、傷と傷によって深く結び付き、つながりを強化する。少なくとも、数年前に軽度のうつ病を患った筆者はそう思っている。

チームとの絆がいずれ“成功”へとつながる

 ほかにもハッピーなムードに満ち溢れた「ファセッタズム(FACETASM)」、自然のたくましさを服で表現した「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」、パリで古来の和を打ち出した「ヨシオ クボ(YOSHIO KUBO)」、反骨精神むき出しの「キディル(KIDILL)」、多様性を訴える「ミハラ ヤスヒロ(MIHARA YASUHIRO)」と、そのショーの前に突然行われた山岸慎平デザイナーの「ベッドフォード(BED J.W. FORD)」のサプライズショーがつなぐ先輩と後輩の思い。日本人というフィルターを超越する世界的デザイナーの「サカイ(SACAI)」や、言わずもがなの「コム デ ギャルソン・オム プリュス(COMME DES GARCONS HOMME PLUS)」「コム デ ギャルソン・ジュンヤ ワタナベ マン(COMME DES GARCONS JUNYA WATANABE MAN)」「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」「オム プリッセ イッセイ ミヤケ(HOMME PLISSE ISSEY MIYAKE)」の存在感の強さも改めて感じた。パリだけではなく、ミラノでも「フェンディ(FENDI)」とコラボレーションで注目を浴びた「アンリアレイジ(ANREALAGE)」や初参加の「ジエダ(JIEDA)」、そしてロンドンで安定感を見せる「ジョン ローレンス サリバン(JOHN LAWRENCE SULLIVAN)」など、多くの日本ブランドが世界の舞台に挑んだ今季だった。

 筆者がバックステージ取材を行った、今季パリコレ初挑戦の「ダブレット(DOUBLET)」と「ターク(TAAKK)」にはとても心温まる瞬間を与えてもらった。コレクションの内容もさることながら、バックステージや会場内で各デザイナーとスタッフが一丸となって本番を迎える過程で垣間見えた、チームの絆の強さである。日本人デザイナーではないが、会期中に単独取材を行った「ジル サンダー(JIL SANDER)」のメイヤー夫妻、バックステージ取材を行った「ボッター(BOTTER)」のデザイナーデュオからも、パートナーとしての絆の強さが話し方や空気感からひしひしと伝わってきた。

 身を粉にして創り上げたコレクションに対して、筆者も含めて世間は好き勝手に批評するもので、結果は売り上げの数字として表れる。大絶賛されたとしても、半年後のコレクションでは手のひらを返して酷評されるなど、ファッション業界の流れはとても早く移ろいやすい。ブランドをビジネスとして立ち上げた以上は、コレクションやショーの内容、売り上げといった“結果”は重要である。しかし感情だけで語るとしたら、長い目で見たときにやはり“過程”の方が大切だと思ってしまう。なぜなら、たとえいつか名声が薄れてビジネスが苦しくなったとしても、“過程”を通じて築き上げた仲間とのかけがえのない関係は最後まで手元に残るからだ。必ずしも要領よく勝ち進むことだけが全てではない。限界まで力を尽くしても思うような結果を残せなかった時、一緒に笑い飛ばしてくれる仲間がいることこそ幸せであり、本当の“成功”ではないだろうか。今季、筆者の愛国心を刺激してくれた日本人デザイナーには、それぞれの理想に向かって仲間とともにステップアップしていってほしい。筆者は“結果”に対して感情抜きで批評するのが仕事だが、“過程”や背景にも目を向け、真の“成功”を手にする姿も見守っていきたい。

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