パリ・ファッション・ウイークの取材のためにパリに来ています。新型コロナウイルス感染拡大を受け、ショーをキャンセルするなどの決断をする企業やブランドが出始めた2月29日の夕方、そんな現状もどこ吹く風なニュースが舞い込んできました。なんと、あのカニエ・ウェスト(Kanye West)が「イージー(YEEZY)」のシーズン8をパリで披露するというのです。「イージー」の新シーズンが発表されるのは2018年以来とのこと。これは行くしかない!と思うと同時に、「イージー」が過去にニューヨークでショーを行った際は炎天下の中、何時間も待たされモデルが具合が悪くなり座り込むなどなかなかのカオスっぷりだったことも頭をよぎります。今回のショーのスタートは21時30分。スタートは23時になってもおかしくないかもしれないと覚悟して行ったショーを、米「WWD」がカニエからとったコメントと合わせてリポートします。
ショーの前座となったのは、前日の日曜朝にブッフ・デュ・ノード劇場(Bouffes du Nord theater)で行われた「サンデーサービス(Sunday Service)」。日曜礼拝を意味する「サンデーサービス」ですが、カニエは自身の楽曲をゴスペル風にアレンジして披露するコンサートをそう銘打っています。こちらは限られた人数だけを招待したようで、残念ながら行けずじまいでしたが、行った米「WWD」によれば、「90分間の幸福体験」だったそう。
ショー開催の3月2日は、アメリカからの来場者の多くが帰国を早めたようで、スタンディングのはずだったのに席に座れたり、人気なはずの「Y/プロジェクト(Y/PROJECT)」でも空席がみられ、私が座った席の前の席にはスタッフ3人が座るなど、ファッション・ウイークに来ている人の数が減ったように感じます。特にカニエが支持を集めるアメリカ勢が帰ってしまったので、いくらカニエ様でも人が集まるのか?なんてことを考えます。しかし、同日午後に行われた「エルメネジルド ゼニア(ERMENEGILDO ZEGNA)」と「フィアー オブ ゴッド(FEAR OF GOD)」のコラボお披露目パーティーでは、ショー会場ではあまり見かけなかったストリート勢の姿も見られ、ここにいる人たちがそのまま「イージー」に流れるのだろうと予感しました。
ショーの会場は建築家のオスカー・ニーマイヤー(Oscar Niemeyer)が手掛けたフランス共産党本部。庭園の中心には光る大きな球体、背後の波打つようなファサードの建物も、カニエっぽいです。どこから会場の場所を聞きつけたのか、会場の周りにはストリートキッズやカニエのファンが詰め掛け、エントランスの場所が見つけられないほど。人だかりと会場回りに停車した車で道路がブロックされ、クラクションが鳴り響きます。
やっとのことでエントランスを見つけ会場入り。時刻は9時半とショーが始まるはずの時間ですが、全く始まる気配がありません。しかも屋外のショーなので結構寒い。カニエのことだし、最悪あと数時間待ちそう(笑)と思い、一旦車に戻ります。他の来場者も同じことを考えたのかぽつぽつと会場を離れる車も見られました。隣に停車していた車は「ビジネス オブ ファッション(BUSINESS OF FASHION、BoF)」のチームの車だったようで、大御所ファッションジャーナリストのティム・ブランクス(Tim Blanks)が足早に車に戻り、ささっとシートベルトをつけて本を読み始めたところを目撃。って帰る気満々です。
会場付近に鳴り響く車のクラクションの音がさらに大きくなり、見ればバス停の上に登ってショーを見ようとする人も。で、よくよく目を凝らせばもうモデルが会場の球体の周りを歩いているじゃないですか!カニエのことだから爆音BGMかと思い込んでいましたが、まさかの無音ショー!?いや、このクラクションを鳴らしているのはサクラで、クラクションの音がBGMという演出!?なんてことを考えながらダッシュで会場に戻ります。会場付近にはさらに人が増え、カオスな状態に。しかし、建物にショーの様子が映し出されているので会場外に集まった人も皆ショーを見れます。
またまた人混みを掻き分け会場入りすると、BGMが流れ、かわいいラップが聞こえてきました。カニエの娘、ノース(North)です(動画18秒から)。「子どもを使うのはずるくない(笑)?しかも良い子は寝る時間では?」と思いつつキュートな歌声と、娘の活躍を優しい笑顔で見守るカニエに、こちらまで癒されて笑顔に。なお、ノースは公の場で初めてラップを披露。5歳のアーティスト、ザザ(Zaza)による「What I do?」をリミックスしました。
ラストはキム・カーダシアン(Kim kardasian)やコートニー・カーダシアン(Kortney Kardasian)ら一家が勢ぞろいし記念撮影。背後には会場に詰めかけたファンがずらりという写真が撮れましたが、実は会場がなだらかな坂になっていて、坂の上の方から一家を撮ると自然と後ろの人だかりまで写真に入ってくるのです。こんなフェイムを極めた写真を撮らせるためにこの場所で撮影させたなら、カニエは相当な策略家です。写真撮影の後一家は、アフターパーティーをするらしい建物の中に、群衆を引き連れて吸い込まれていきました。
肝心のコレクションは、ベージュやグレートーンで、パーカーやクロップドトップス、レギンス、ムーンブーツ、スリッパなどあらゆるアイテムにパファーを使い、着やすさを追求しながらもフューチャリスティックな雰囲気を醸し出します。鍵となる素材は、キャラコ(綿モスリン)とローウール。カニエは、米ワイオミング州に約700頭の羊がいる27平方キロメートルの牧場を購入しましたが、ウールはこの牧場で作られたものなのかと米「WWD」が参加したプレスプレビューで聞かれると、「まだだが、将来的には使いたい」と明かします。
さらに今回のコレクションについて「ファッションを始めたばかりのころは、Tシャツは作らないという努力をした。だがふたを開けてみたら、Tシャツしか作っていなかった。だから(コマーシャルな商品の開発は)やめて、新しいシェイプを作ることに集中した。ここにあるもの一つ一つが発明で、また開発段階のものもある」と説明。「このシェイプは他のデザイナーにも影響していくと思う」と自信をのぞかせました。
ショーから帰ってホテルに着くと、今更「イージー」のインビテーションが届いていました。ウール素材の何も書かれていない袋ですが、この布の感じ、完全にカニエだと確信。開けるとショーにも登場したふわふわのパファーに包まれた干し草、住所などが書かれた紙、「Rattlesnake eggs CAUTION:Keep in cool place to prevent hatching...(ガラガラヘビの卵 危険:孵化しないように冷たい場所に保管してください)」と書かれた封筒が出てきました。
いやいやさすがにカニエも毒ヘビの卵なんて送らないでしょうと思いつつ、心のどこかでカニエならやりかねないと思ってしまいます。念のため封筒と十分な距離を置きながらそっと開きます。すると封筒がガサッと動き、普通に悲鳴をあげて封筒を落としてしまいました。1分くらい遠巻きに見て封筒から何も出てこないことを確認し、思いきって封筒をひっくり返すと出てきたのはコレ。しょーもな(笑)。でも普通に悲鳴をあげてしまった自分が恥ずかし悔しい!最後の最後までカニエの手に踊らされた1日でした。