世界中の情報が瞬時に手に入るようになり、ファッションの“地域差”や“地域特性”といったものは今やほとんどなくなった。そんな中で、東京や他の都市に比べて関西圏での知名度が抜群に高いというブランドがある。正中雅子が手掛けるウィメンズブランド、「マチャット(MACHATT)」がそれだ。2011年に神戸でEC専業としてスタートした同ブランドは、19年10月に阪急うめだ本店(以下、阪急)で行った1週間のポップアップストアで、2950万円を売るまでに成長。噂を聞きつけ、東京の百貨店からも「うちでもぜひポップアップを」との声が何度かかかっている。でも、答えはノー。その理由を聞きに、神戸・三ノ宮を訪ねてみた。
「マチャット」の名前を初めて聞いたのは、今年の1月末に阪急3階シスターズクローゼットのバイヤーを取材した際。同売り場は19年2月からプロモーションスペースを拡大しており、D2Cブランドを含め、話題のブランドのポップアップを多数仕掛けている。19年春夏期間のポップアップで売り上げ好調だったブランドとして名前が上がったのは、1位が「テラスハウス」に出演していた山中美智子による「アリシアスタン(ALEXIA STAM)」、2位が元AKB48の小嶋陽菜による「ハーリップトゥ(HER LIP TO)」。それらに次ぐ3位が「マチャット」だった。
1位、2位のブランドの好調は想定内。一方で、3位の「マチャット」はブランド公式インスタグラムのフォロワー数も、正中のフォロワー数も、1位、2位に比べると小粒だ。それでも、阪急で19年5月に行った1週間のポップアップの売り上げは1900万円、続く10月のポップアップストアでは、前述の通り2950万円を売り上げた。正中いわく、好調の秘けつはずばり「接客力」。EC専業ブランドらしからぬ答えだ。
「阪急のポップアップでは、電話対応一つとっても、気持ちを込めて接客できるスタッフをそろえている。EC全盛時代に昔ながらの考え方だとは思うけど、そうしたおもてなしを一番重視している」と正中。自身も学生時代からアルバイトで販売員をし、社会人になってからは店長も長く務めた。だからこそ接客には一家言ある。「今の時代の女性はみな忙しいし、ママだと外出するのも大変。そんな中で来店してくれたお客さまには、絶対にいい気分で帰ってもらいたい」。
ポップアップで店頭に立つのは、正中を含む社員6人と正中の友人ら合計15人ほど。大手メーカーが地方で催事をする際は販売員の採用は派遣会社などに頼ることも多いが、「元々販売員の知り合いが多いので、ママになって仕事を辞めた店長経験者の友人などが手伝ってくれている」。中には、インフルエンサーと呼べるほどのフォロワー数を持つ友人もいるという。ポップアップは毎回ほぼ同じメンバーで販売しているので、「それぞれにファンも付いてきた」。販売員の質の高さについては、阪急の担当バイヤーからもお墨つきだ。
阪急でのポップアップは、ここ数年5月と10月の年2回開催。回を増すごとに規模は拡大してきた。「最初はラック3本のような小さなスペースだったが、面積も広くなり、集客も好調で今では入場制限をするほど。昨年10月のポップアップは30分ごとに20人前後の入れ替え制で、1人あたり3~4点購入するのが当たり前という状況だった。阪急で完売した商品はその後ECで予約販売を行い、その売り上げも非常に好調だった」という。ポップアップを行うことでECの売り上げも伸びるという好循環が生まれており、20年4月期は売上高3億円前後で着地する見込みだ。
ECを含め、購入客の中心は正中と同世代である30代半ばから40代にかけて。ただし、阪急ではその母親世代である50~60代客も少なくないという。「2世代で買い物にくるお客さまが多いのは関西特有かもしれない。ラグジュアリーブランドを着ている母親世代のお客さまから、『あなたよく頑張っているみたいだから買ってあげるわ』と声を掛けられることもあった。そういう方は娘さんに教えられてインスタも見ていることも少なくない」。そんなふうに聞くと、2000年代前半に“神戸エレガンス”が一大旋風を巻き起こした時の“母娘消費”が、関西の地では脈々と続いているんだなと妙に納得してしまう。
「万一出資したいという話がきても絶対断る」
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そもそも、正中は神戸発のコンサバ系ファッション“神戸エレガンス”が大人気だったころに、読者モデルとして雑誌「JJ」などによく登場していた。社会人になって店長を務めていたのも、そうした“神戸系”のブランドだ。「東京の店舗で店長を務めていたが、神戸に帰ることになった。それで何をしようかといろいろ考えて、自分で資金を出して今も一緒に働いている友人と『マチャット』をスタートした」というのがブランド立ち上げのストーリー。以来、ECのみでコンパクトに商売をしてきたが、風向きが変わったのはここ3年ほど。「自分もスタッフも30代半ばを迎えて、服作りの考え方が変化してきた」ことがその理由だ。
「以前はショートパンツも抵抗なくはいていたし、水着なら選ぶのはブラジリアンビキニだった。でも、体形も変化してきて、ママになったことでシーンも変わった。夜遊びに出掛けることはなくなったし、“入卒”といったママ特有のオケージョンが自分ごととして理解できるようになった」ことが、デザインに反映されるようになった。だからといって、体形カバーを意識したコンサバな服ばかりを作っているのではない。「ママでも派手な服が着たいときはある。視点が変わったというより、これまでより広がった感じ」。そのリアルさが、同世代以上にうけている。強みのアイテムはシャツやブラウスで、中心価格は1万2000~1万5000円。ベーシックに少しだけひねりを加えたデザインを、比較的買いやすい価格で提供している。
EC専業ということで、はやりのD2Cブランド群の一つと分類できなくもない。でも、「私たちは立ち上げ時にECしか販路がなくて、この手法を選んだだけ。業界の潮流とは全然違うところにいる。戦略的にSNSを設計しているといったことも全くない」とあっけらかん。ECも初めは手探りだった。ECではじかに接客ができないため、立ち上げ時から手書きのお礼状を発送の際に同封。そこには、購入アイテムごとのコーディネート提案なども記入してきた。アナログな手法ではあるが、一周まわって今もう一度新鮮に映る部分もある。
ブランドとして今まさに流れがきているといえるが、阪急以外でのポップアップを固辞しているのは、「関西以外でポップアップをするとなったら出張しなきゃいけない。それは小さな子どもがいる私には難しいし、一緒にやっているメンバーも状況は同じ。ブランドのことは大事だけど、あくまで子どもが優先。(他都市でのポップアップや常設店を)やるとなったらベストで臨みたいので、今は考えられない」といった理由から。1週間の短期集中型での販売も性に合っているという。
ブランドは今年で9年目。読者モデル出身者のブランドが乱立した時代もあったが、今も続いているものはその中のほんの一部だ。「立ち上げ当時、こんなに続くとは自分でも思いもしなかったけど、ここまできた。会社をどんどん大きくしたいとは思わないから、万一出資したいといった話が来ても絶対断る。こんなに一生懸命やってきたのに、(出資を受けてコントロールが利かなくなるようなことがあったら)絶対嫌やわ」。“神戸エレガンス”世代は、1つ上の“カリスマ販売員”世代に比べると、このところ消息を耳にする機会が減っている。でも、自身や客のライフステージの変化に寄り添いつつ、引き続きしっかり消費をつかんでいる。