メンズスーツのD2Cブランド「ファブリック トウキョウ(FABRIC TOKYO)」は3月8日から5月10日まで、東京・南青山のコンセプトストアで、女性や性的少数者(LGBTQ)などを想定したオーダーイベント「FABRIC TOKYO think inclusive fashion」を開催している。期間中は男性客に加え、通常は採寸を受け付けていない女性やあらゆる客からの採寸を受け付ける。昨年8月下旬に同様のイベントを1週間実施したところ、「想定していた採寸枠が予約開始後3日で埋まり、急きょ枠を増やして全70枠に対応した」(同プロジェクトを手掛ける森本萌乃マーケティング担当)というほど盛況だった。今回は期間を2カ月間に伸ばしており、さらに気合いが入っている。
イベント初日となった3月8日は国際女性デー。女性に限らず、あらゆる人が自分らしく生きる“インクルーシブ(inclusive)”の考え方を意識する日としても近年は盛り上がりを見せている。それに合わせて期間を設定したが、春先は入卒やフレッシャーズ需要などもあり、スーツ販売の書き入れ時でもある。社内でも「なぜこのタイミングで行うのか?」といった声はあったが、前回のイベントでの手応えをもとに説得した。「社員みながこのイベントの意義に納得し、愛を持っている」と自信を持つ。
同時に、これは同社がD2Cモデルであるからこそできることとも言える。スーツ量販店などにとって、店頭はあくまで“売る場”。繁忙期ならなおさら数字を作らなければならない。一方、同ブランドにとって店頭とは、採寸を通し顧客体験というサービスを提供する場だ。「店頭には基本的に売り上げ目標を課していない」からこそ、こうした判断ができる。
昨年8月にイベントを実施して見えた客層は、性的少数者(LGBTQ)と、メンズスーツのフィットを好む女性ビジネスパーソンの2軸。特に前者については、前回のイベントから多くの気付きや学びがあった。「トランスジェンダーで、普段はバストにさらしを巻いているというお客さまに『こういうイベントがあってよかった』と言っていただけた。店頭で『私は実はレズビアンです』といったお話をしてくださったお客さまもいる。本来はそんなふうに、店頭で個人的なことをわざわざ話させるようなこと自体ない方がいい。性別を聞かないお店を目指していきたい」。そんな考えが芽生え、前回のイベント後に改めてインクルーシブデザインについても勉強したという。
新型コロナウイルスの感染拡大などを受け、来店客数の目標はやや手堅く設定してはいるものの、イベント開催告知からの2週間で既に予約枠の3割が埋まった。男性客の方が採寸から購入につながる率は高いが、「女性客はいざ買うとなったら単価が高い」というのも前回見えたポイント。同社のスーツの裾値は3万8000円だが、女性客は上質な素材を選んで9万円前後になることも少なくなかったという。
今回のイベントは、あくまでメンズパターンのスーツを女性を含むあらゆる客に提案するというもの。これをきっかけに女性向けのパターンをそろえ、女性市場に乗り出すというものではないという。メンズの一般的なパターンでは対応しづらい体形や好みの女性客にははっきりとそう伝える。ファッション好きな女性などにはメンズ仕立てのジャケットをあえて好む層もいるが、「(大手スーツ量販店などの)吊るしの既製スーツの競合となるオーダースーツ市場では、女性にメンズスーツを提案するという考え方がそもそもない」と見ている。
メンズスーツを求める、女性や性的少数者といったマーケットの規模感がどれくらいなのかはまだまだ手探りだ。ただ、「イベントを実施すると普段は会えないお客さまに会えて、一人一人の声は個別のものであってもそれをたどると社会課題につながることもある。性別を聞かない店になることで、(見た目の性と心が一致しないなどの理由で、店頭ではなかなかほしい商品が買えなかったという客にも)買い物は楽しいということを伝えたい」。
当初は表参道店のみで開催を考えていたが、「関西でもやってほしいとの声が社内からあがった」ため、京都のラクエ四条烏丸でも実施する。