「ディオール ファイン ジュエリー(DIOR JOAILLERIE)」が登場したのは今から約20年前の1998年だ。そのアーティスティック・ディレクターに抜擢されたのは「シャネル(CHANEL)」でコスチュームジュエリーを手掛けていたヴィクトワール・ドゥ・カステラ―ヌ(Victoire de Castellane)。フランスの名門一族カステラ―ヌ家に生まれ、服装に合わせてジュエリーを着け替えた祖母のシルヴィア・ヘネシー(Sylvia Hennesy)に影響を受けたヴィクトワールのクリエイションは、ジュエリー業界の既成概念を覆す大胆で他に類を見ないデザインばかりだ。当時宝石といえば、ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイアが一般的だったが、オパールをはじめアクアマリン、シトリンなどを用いたジュエリーをデザイン。インスピレーション源はクリスチャン・ディオール(Christian Dior)の庭から食虫花、吸血鬼、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン(Pirates of the Caribbean)」までさまざまで、破天荒ともいえるクリエイションを生み出してきた。ジャーナリスト、ロイック・プリジェ(Loic Prigent)がその20年間の軌跡をたどるムービーを制作し、その中でヴィクトワールが世界中のコレクターから集められた作品についてユーモアたっぷりに解説している。
ヴィクトワールのジュエリーは使用する素材からモチーフまでユニークだ。彼女が愛してやまないオパールを使用したハイジュエリーコレクション“ル ベスティエール ファンタスティック”(2004年)のモチーフに採用したのは、クラゲやタツノオトシゴ。さまざまな色が混ざったミステリアスな印象のオパールと、神秘的ともいえる海中生物をミックスしたクリエイションはキッチュで超ゴージャス。玄人のコレクター受けする作品だと言える。一方で、ムッシュ・ディオールが愛した庭に咲くヒナギクやアイリスなどをモチーフにした“ディオレット”(06年)は誰が見てもかわいいと思う可憐なシリーズだ。「ラッカーを使用して本物のジュエリーを偽物風に見せているのよ」とヴィクトワール。食虫花をモチーフにした“ベラドンナ アイランド”(07年)は、ジュエリーの枠を超える度肝を抜くクリエイションだ。食虫花のリングはなんと開閉式。毒々しさを表現する素材のミックスから開閉のからくりまで究極のモノ作りがここにはある。“レヌ ゼロワ”(09年)はスカルがモチーフ。ハイジュエリーにスカルモチーフを採用するところも、ヴィクトワールらしい。
各ジュエリーコレクションが全て完成したらベルナール・アルノー(Bernard Arnault)LVMH会長兼最高経営責任者(CEO)に見せるという。「アルノー会長兼CEOは、小指にリングをはめて試すのよ。ジュエリーを着ける男性って素敵だと思うわ」。
子どものような自由で遊び心溢れる感性
“ディオールに宛てた手紙”を意味する“ディア ディオール”(13年)は、ムッシュ・ディオールの感性をヴィクトワールの感覚で表現したものだ。彼女は、「テクニカラーに魅せられた子どものような気分だった。これらは全て本物の色。私にとって完璧なジュエリーとは人形ためのジュエリーのようなもの。まるで5歳の子どもがシール遊びをするみたいにデザインした」と述べている。“ウイ(OUI)”(05年)はプロポーズの際の「イエス」を意味するフランス語でヴィクトワール自身による手描きの文字がモチーフになっている。「ウイと言うと自然と笑顔になるから素敵でしょ。プチプライスなのも魅力よ」とちゃめっ気たっぷりだ。2020年の新作は“ディオール エ モワ”で初めてパールを使用したジュエリーコレクション。「パールが語り出すようなデザインよ。まぶしいからサングラスを用意してね」。