ゲーム実況や“やってみた系”に並び、ファッションがユーチューブのジャンルとして確かな地位を築いた。販売員やモデルなど多くのファッション関係者がチャンネルを開設しており、19年4月にスタートしたチャンネル「ロン毛と坊主とYouTube」もその一つだ。名前の通り“ロン毛”と“坊主”の2人が運営する同チャンネルは、アルチザンやデザイナーズというニッチな分野をメインとし、一年間で登録者数1万人と着実に支持を拡大する。視聴者を引きつけるのは、2人の豊富な知識量と圧倒的な個性だ。
“ロン毛”こと下里航は18年まで米ニューヨークで生活し、フォトグラファーとして「リック オウエンス(RICK OWENS)」「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」といった名だたるブランドの広告ビジュアルを担当。またモデルとして「ユニクロ(UNIQLO)」「ディーゼル(DIESEL)」などのカタログやニューヨーク・ファッション・ウイークのショーに出演したほか、16年には友人とともにジュエリーブランドを立ち上げてディレクターとして携わるなど、多岐にわたって活動している。“坊主”はNYソーホーの「ワイスリー(Y-3)」直営店でセールスマネジャーを務めていた販売のプロだ。
今回は“ロン毛”にインタビューを実施し、様々な分野で活動する中で新たな表現としてユーチューブを始めた理由や今後の展望などをたずねた。
WWD:ユーチューブを始めたきっかけは?
“ロン毛”こと下里航(以下、ロン毛):18年までニューヨークに住んでいて、ルームメイトと一緒に「ロン毛と坊主とニューヨーク」というブログをやっていました。でも2人とも日本に帰ることになり、ブログが成り立たなくなってしまうことから、思い切ってユーチューブをスタートしました。
WWD:なぜユーチューブに手を出した?
ロン毛:プラットフォームはなんでもよかったんですが、どうせなら自分たちにとっても新しく、面白い事に挑戦したかったんです。ユーチューブは音楽を聴くときくらいしか利用していなかったので、ユーチューバーと呼ばれる人がどんな動画をあげているのかさえ知りませんでした(笑)。自分たちでやろうと決めてから編集の仕方やエフェクトの入れ方を見よう見真似で実践し、独学で動画を作り始めました。最初はiPhoneのインカメレベルの画質だったし、編集も素人くさくて今見たらひどいものです(笑)。
WWD:動画ではアルチザンやモードブランドというニッチな情報を扱っているが、およそ1年で登録者数1万人に達した。
ロン毛:他のファッションジャンルと比べたらすごくスピシフィック(限定的)で母数は少ないんですけど、楽しみにしている人はいるんだなと実感しています。モードやアルチザンを着る人って「マスとかぶりたくない」という思いが強いから、ユーチューブで扱うことを快く思わない人が多いんじゃないかと最初はビビてってたんですが、実際には批判的なコメントはほとんど来ないし、肯定的な意見ばかり。NY時代からアルチザンばかり着ていましたし、その分野の知り合いも多いことから、僕たちの情報を信頼してくれているのかもしれません。
WWD:ブログやほかのSNSと比べて手応えは?
ロン毛:19年4月に始めて、20年に入って一気に伸びました。この勢いはほかのSNSにはないですね。インスグラムでは、どのくらいのペースで更新すればどのくらいフォロワーが増えるかを肌感覚として分かっていますが、ユーチューブは全然予想できません(笑)。週1くらいしか更新していないのに1日何百人もフォロワーが増えるのって、他のSNSではありえないですよ。
WWD:ユーチューブはなぜそれが可能なのか?
ロン毛:ストック型のSNSというのが主な理由だと思います。例えばツイッターは、一つのツイートがバズってもタイムラインでどんどん流されていって、投稿主自身は認知されづらい。一方ユーチューブは、面白い動画を見つけたらホーム画面までいってどんな動画をあげているかチェックするユーザーが多いから、クオリティーの高い動画を一定数ストックしていたらファンになってもらいやすいんです。
WWD:南青山のセレクトショップ「アテリエ ヒストリック インストゥルメンツ(Atelier Historic Instruments)」の石崎孝之オーナーとのセッション動画などもコアなファンの間で話題となった。
ロン毛:僕と友人が壁際に座って話しているだけじゃ面白くないと思って企画しました。石崎さん以外にも、「いいね、ユーチューブ面白そう」と賛同いただいた人には動画に登場してもらっています。動画で話す内容はいつものおしゃべりの延長で、特段身構えてはいませんが、そもそもメディアに出ることが少ない人たちなので視聴者さんは面白がってくれるんです。
WWD:ユーチューバーのほかモデルやフォトグラファーとしても活動している。
ロン毛:高校卒業後NYに留学し、学生のかたわらフォトグラファーとして活動し始めました。ストリートスナップを撮って自分のサイトやインスタグラムで発信するライフワークに近い形でやっていたのですが、ブランドのビジュアルや現地の雑誌のエディトリアルに参加させてもらうこともありました。アジア人で長髪というインパクトのあるルックスのおかげで(笑)、スナップでつながったファッション関係者から「モデルをやってよ」と声をかけてもらうことも多く、そこからモデルも始めました。NYではフリーモデルとして活動していましたが、今はモデル事務所に入っています。
WWD:ジュエリーブランド「ケイ シゲナガ(KEI SHIGENAGA)」を立ち上げた経緯は?
ロン毛:NYにいたころ、現地でジュエリー作りを学んでいたデザイナーの重永彗に出会い、2016年に彼と共同でブランドを始めました。僕自身はジュエリーにそれほど興味はなかったのですが、彼にシンプルなリングを作ってもらったとき、「生身の人間が加工して、こんな素敵なジュエリーを作れちゃうんだ」と感動し、彼が日本に帰る直前に「一緒にブランドをやろうよ」と声をかけました。
WWD:どんな役割を担っている?
ロン毛:ディレクターという肩書きですが、作品を作ること以外のすべてをやっています。お店とのやりとりからウェブサイト作成、ウェブ用のビジュアル撮影、展示会の管理まで本当になんでもやります。昨年からラグジュアリーECモール「エッセンス(SSENSE)」でも扱われはじめたほか、いくかの海外サイトから新たに声をかけてもらっていて、ビジネスは順調に拡大しています。
WWD:ブランド運営の面白さは?
ロン毛:自分が格好いいと思うものを発信できることですね。一方で、若いブランドが生き残ることの難しさも強く実感しています。資金を集めるのも大変だし、春夏と秋冬の短いサイクルでバンバン商品を作るのも難しいから在庫も積めない。似たようなことで悩むクリエイターはたくさんいるんですよね。そんな若いブランドの魅力を伝える場ができたらいいなと思ってスタートしたのが、合同展示会「ラウンジ サイ」です。これまで計3回ポップアップ形式でやってみましたが、県外から来ていただく人も多くて自分にとってもブランドにとってもすごく有意義な経験になっています。格好いいものを作る格好いい人たちがきちんと食べていける一助になることを目指し、今後も精力的に開催していきます。
WWD:今後の展望は?
ロン毛:ユーチューブを継続していき、より楽しんでもらえるコンテンツを作りたいですね。僕は友人とブログを始める前から個人ブログをやっていて、身の回りの情報を発信することが昔から好きでした。写真もモデルもブランドもユーチューブも、全部その延長で手を出した感じなので、若い人にも表現を限定せずいろんなことに挑戦してほしいです。僕の生き方が参考になるかはわかりませんけどね(笑)。