新型コロナウイルスが世界各地に広がり、不安な状況が続いています。東コレを含め、イベントは軒並み中止か延期となっていますが、気持ちが沈みがちなこんな時こそ、ファッションやクリエイティブの持つポジティブなパワーが求められていると思います。というわけで、ここでは今から約1カ月前、新型コロナの影響がほとんどなかった2020-21年秋冬のニューヨーク・ファッション・ウイーク期間中に、NY在住のジュエリーデザイナー兼アーティスト、奥田浩太さんが行っていた展示をご紹介。パワフルでポップで、少しだけアイロニーも感じる展示はとても楽しく、元気をもらいました。そんなふうに奥田さんのクリエーションに魅了される人は後を絶たず、実は奥田さんのもとには、カニエ・ウェスト(Kanye West)やリアーナ(Rihanna)からも連絡がきているといいます。世界を引きつける奥田さんの表現の背景を探りました。
「コウタ・オクダ(KOTA OKUDA)」の展示をしていたソーホー地区のギャラリーを訪ねると、飾られていたのは巨大な1ドル札を折り畳んだようなドレスや、1ドル札のモチーフをクリスタルストーンでデコレーションしたフーディーなど。実物の1セント硬貨の中央をくり抜いたパーツを多数つなげたアメリカ国旗色のブラトップもありました※。マネキンと一緒に飾ってあるビジュアルも、モデルがワシントン(1ドル紙幣の絵のモデルであり、アメリカの初代大統領)風のヘアスタルで非常にポップな仕上がりです。
※貨幣を損傷することは日本では法律で禁じられていますが、アメリカでは問題ありません。アメリカの観光地には1セント硬貨を記念メダルに加工する機械などが置いてあります。
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展示のテーマは「$17 16¢」。1716はアメリカ建国の年だそうですが、こんなふうにドル($)やセント(¢)のマークが併記されると、まるで特売スーパーの値札シールのよう。一気に“コモディティー”(元来の意味は、特定の意味や個性を失って、市場の中で同質化すること)感が増します。配られた資料にあったのは「僕は現代のコモディティー文化が持つ、無機質なユーモアに興味がある。コモディティー文化においては、価値とは何かが不透明だし歪められているのに、僕を含めてみんなそれを受け入れている」という文章。価値とは何かを解体する試みとして、価値の象徴であるお金に行きついたそうですが、展示タイトルである1716年については、「アメリカ建国の年であり、同時に資本主義が始まった年でもある」と続きます。
受け取り手によっては皮肉とも感じてしまいそうなメッセージですが、展示の雰囲気にはそんな重苦しさはなく、とにかく明るい。明る過ぎて、ちょっと軽薄な感じさえする。その二面性にドキリとします。
「(お金を含めて)“価値のロジック”みたいなものに興味があるんですよね」と、奥田さん。奥田さんはニューヨークに来る前は、ロンドンのセント・マーチン美術大学でジュエリーを学んでいました。「ジュエリーの世界では、金やダイヤモンドには資産としての価値があるけど、『おばあちゃんから引き継いだ指輪』などの物語性も価値を持つ。また、日本で2千円札や新500円硬貨が発表されたときには、お金としての機能面とは別に、デザインとして美しいと感じました。アメリカに来てみたら1ドル札やペニー(1セント硬貨)を簡単に道に捨てる人もいる。日本のお金に比べて単位が小さいので、オモチャのように捉えられているのかもしれません。そういったことが、単純に面白いなと思って」と話していました。
奥田さんがこの“お金コレクション”を発表したのは今回が初めてではなく、セント・マーチン卒業後に学んだNYのパーソンズ美術大学大学院の18年秋の卒業ショーで、巨大なマネークリップと1ドル札をモチーフにしたドレスなどを披露したところ、SNSで瞬く間に拡散。それを目にした人も多いはず。「WWDジャパン」も18年11月12日号にマネークリップドレスを掲載しました。「卒業ショーの翌日には、(衣装として興味を持った)ラッパーのニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)にコレクションを見せた」といいます。それ以降も、同じくラッパーのカーディ・B(Cardi B)やシンガー兼女優のマイリー・サイラス(Miley Cyrus)に数回ドレスを貸し出し、冒頭で紹介した通り、カニエやリアーナからのコンタクトにもつながったんだとか。
カニエから連絡があったのは19年に入ってから。「突然携帯に電話が掛かってきて、ロサンゼルスの彼のオフィスに呼ばれた。それで、『今後もし機会があれば何か一緒にやりたい』といったことを告げられた」と奥田さん。実際に形になるかはまだ分かりませんが、“メイクマネー”をこれでもかと誇示するヒップホップの世界観に、確かに“お金コレクション”はハマりそう。そして、そういう電話をアシスタントではなくカニエ本人がかけてくるということに驚きました。なんとなく勝手に、こういうリサーチやお膳立ては全てアシスタントにやらせているものだと思っていましたが、カニエ本人がちゃんとやっているんですね……!
ショービズやファッション界のそうそうたるメンバーからラブコールが絶えないにも関わらず、奥田さん本人はいたってセレブに疎い、という点もおもしろポイント。「リアーナのことも最初はよく知らなくて、『なんだかフォロワー数がすごい人にインスタグラムでフォローされたな、誰なんだろう』と思っていたら『それリアーナだよ!』って周りの人に教えてもらった」そう。そうこうしているうちにインスタのダイレクトメール(DM)が届き、リアーナとのやり取りが始まったといいます。カニエの電話もそうですが、こんなふうにいきなりアプローチが来たら思わずイタズラかと疑っちゃいますよね。しかし、それが実際に起こるのがニューヨーク。SNS投稿からNYコレでの発表につながり、今や「LVMHプライズ」ファイナリストとなった「トモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)」も同様ですが、まさにアメリカンドリームですね。
奥田さんは、ジュエリーデザイナーとしては「アーカー(AHKAH)」が渋谷パルコなどで販売しているジェンダーレスなカプセルコレクションを手掛けていたり、NY拠点のメンズブランド「ランドロード(LANDLORD)」「コウザブロウ(KOZABURO)」「テルファー(TELFAR)」などのジュエリーデザインを手掛けたりしています。以前は自身の名を冠したジュエリーブランドを伊勢丹新宿本店などでも販売していました。服をデザインしたのはパーソンズの卒業ショーのためでしたが、「これだけいろんな人からアプローチが来るなら、マネーのコレクションはアーティストとして今後も続けていく」とのこと。“お金コレクション”ではキーホルダーやバッグなど、お土産感覚の商品も企画しています。19年冬には、ラフォーレ原宿内の名物ショップ「GR8」でも、“お金コレクション”のポップアップストアを開催しました。ジュエリーデザイナーとしてもアーティストとしても、奥田さんがこれからどのようにアメリカンドリームを駆け上がっていくのか注目です。
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