京都の老舗呉服店が、着物市場の衰退の中で新たな挑戦に乗り出している。創業1915年、伝統の「絞り染め」による着物作りを生業としてきた片山文三郎商店は近年、染めを生かしたファッション雑貨の製造・販売に軸足をシフト。17年には自社商品を「ブンザブロウ(BUNZABURO)」としてブランド化し、人気のプチバッグは昨年1年間で1万個を販売した。19年12月に東急プラザ渋谷に新店を開き、20年1月には「3.1 フィリップ リム(3.1 PHILLIP LIM)」ニューヨーク本店でポップアップストアを開催するなど、若年層や海外市場の開拓に挑む。
記者が「ブンザブロウ」を知ったのも、ヒットアイテムのプチバッグがきっかけだ。出合いは、19年11月の三陽商会「ラブレス(LOVELESS)」20年春夏展示会。赤、青、黄……色とりどりの、握りこぶし大のトゲトゲとした物体。まるで採れたてのウニのように什器に積まれていたのが、「ブンザブロウ」のプチバッグだった。
中に物を入れると、書類も入りそうなサイズまで伸びる。「かわいくて一目惚れしちゃいました」と嶺詩織「ラブレス」バイヤー。サテン調の微光沢のポリエステル生地は高級感もあり、ドレスやモード系ファッションと合わせても面白そう。価格も3800~5500円と値ごろ。「イソギンチャクみたい」(嶺バイヤー)という意見の相違はあったものの、「高感度な女性も欲しがりそう」と意気投合して盛り上がった。
渋谷でファッションに挑戦 仕掛け人は元パティシエ
3月、東急プラザ渋谷の「ブンザブロウ」新店。片山文三郎商店創業家の片山一也氏は髪を結い、洗練された装いに身を包んで現れた。前職は洋菓子店のパティシエという異色の経歴で、いい意味で“老舗の跡継ぎらしくない”出で立ちだ。
同店ではポリエステルを使ったバッグに加え、絞り染め柄のTシャツ(2万円)やレザースニーカー(4万5000円〜)、クラッチバッグ(1万8000〜2万8000円)などを初めて店頭に並べた。店内にはマネキンに「絞り染め」の生地を使ったオートクチュールのような服を着せたり、切れ端を使ったアートピースを並べたりと、ファッション感度の高い客にアピールする。
片山文三郎商店は京都、銀座の路面店の他、三越銀座店、大丸神戸店など直営6店舗を構える。既存店舗はシニア顧客や観光客の土産需要が中心だが、「ここ(渋谷店)は全く違う見せ方をしたい」という一也氏。これまでの店舗の立地は高級な繁華街が中心だったため、渋谷の商業施設内への出店はブランディングにおいて「リスクだ」と反対する社長の父・一雄氏を押し切り、出店を決めた。
着物一本足から脱却 セレクトショップ販路開拓へ
片山文三郎商店の絞り染めの着物は数百万〜数千万円という超高級品で、需要は富裕層のハレ着が中心。着物市場全体そのものも縮小傾向にあり、バブル期に2兆円あった市場規模は、現在では10分の1程度になった。
そこで片山文三郎商店は、1992年に社長に就いた一也氏の父・一雄氏の代から、“着物一本足”からの脱却を進めてきた。伝統の「絞り染め」は、生地を縫い糸で何重にも括り、締め上げてから染めることで色の濃淡が生まれ、美しい鹿の子柄が浮き出る。一雄氏はこの「絞り染め」の途中で、糸で幾重にも括った生地の隆起をそのままデザインとして生かし、スカーフなどの小物類に落とし込んだ。
一也氏が入社した13年には、すでに会社の売り上げの9割が雑貨だったが、「主要顧客層は50代以上で、ビジネスとしては先が不透明。伝統的なイメージや高級感が若いお客さまの敷居になっていた」。家業に新風を吹き込むべく新販路開拓に力を入れ、当時から若い客に人気だったポリエステルのプチバッグはセレクトショップ向けに卸売を始めた。日本の「バーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)」を皮切りにユナイテッドアローズ、ビームス、ベイクルーズの「ジャーナルスタンダード(JOURNAL STANDARD)」、三陽商会の「ラブレス」などに広げた。
伝統を武器に 海外で商機をつかむ
卸売においては、現在は雑貨類が中心だが、今後はアパレルにも本腰を入れる。芸術的なイメージビジュアルの撮影にも挑戦し、感度高くアピールしている。「展示会でセレクトショップのバイヤーの意見などを聞くと、まだまだ改善点も多い。絞り染めや根強い顧客という強みに甘えて思考停止せずに、モノ作りへの意識をアップデートしなければ」。
ゆくゆくは海外展開も視野に入れ、「(海外売り上げの構成比を)全体の20~30%程度まで引き上げたい」とする。20年1月に「3.1 フィリップ リム」ニューヨーク本店で開いたポップアップストアでは、バッグとともにアパレルも並べ、和と洋をミックスした新しいビジュアルプレゼンテーションで好感触を得た。卸売では、マツオインターナショナルが運営するセレクトショップ「ノリエム(NORIEM)」のミラノ、パリ、ロンドン、香港の店舗で取り扱いがある。
雑貨やアパレルなどをフックに、「いずれは絞り染めの深い魅力に触れていただけるような橋渡しができたら」と考える。ブランド名をアルファベット書体の「BUNZABURO」としたのも、海外を意識してのこと。だが、ブランドロゴに用いているのは、創業当時から受け継がれている桜紋だ。「この紋章のように100年たっても色褪せない伝統がある。これを武器に、どんどん新しい挑戦をしていきたい」。