環境保護とビジネスを両立させるパタゴニア(PATAGONIA)には“フィロソファー”という役職がある。フィロソファーとは哲学者という意味だが、明確な企業理念(ミッション・ステートメント)を打ち出す同社ならではのポジションだろう。現在そのフィロソファーを務めるのがヴィンセント・スタンリー(Vincent Stanley)氏だ。彼は1973年の創業メンバー1人で、セールスやマーケティングの部長、副社長などの要職を務め、創業者のイヴォン・シェイナード(Yvon Chouinard)と「レスポンシブル・カンパニー」を共同執筆した人物だ。「WWDジャパン」3月9日号には掲載しきれなかった「持続可能なビジネスについて」のインタビューを掲載する。
WWD:今、気候変動について世界中で語られるようになり、特に環境活動家グレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)さんをはじめとする若い世代が声を上げて議論を呼んでいる。
ヴィンセント・スタンリー=パタゴニアフィロソファー(以下、スタンリー):非常にグレイトなことで、感謝もしている。彼女の発言は、私たち大人がとるべき行動につながっていると感じる。気候変動は喫緊の課題で、多くの科学者がこの10~15年の間にわれわれが行動を変えていかなければ地球を守れないと声高々に言っているし、実際にそういう状態だと思う。
WWD:海洋プラスチック問題や生物多様性の損失など環境問題はさまざまにあるが、まず取り組むべきことは気候変動対策?
スタンリー:緊急性という点では気候変動だ。ただ、それだけでは足りない。生物多様性の保護に関しても取り組まないと、最終的に惑星としての危機に瀕するだろう。いずれにしても気候変動と生物多様性の保護はリンクしているものだ。
「サプライチェーンを見直して制約を課したことがイノベーションにつながった」
WWD:ファッション企業は何から手を付けるべきか。
スタンリー:まずは自社のサプライチェーンを把握し、どのパートがどのくらい環境に影響を与えているかを知ること。次のアクションは、その中でも最もインパクトの大きい部分を改善すること。たとえばパタゴニアの場合は、生地の製造段階で約85%の負荷がかかっている。
WWD:パタゴニアは1994年に社内で環境アセスメント報告書を作成し、そこからサプライチェーンの見直しを始めている。
スタンリー:われわれは会社として自ら制約を課した。例えば、素材は環境への負荷が少ない生地を使うこと、工場は納得できる労働条件のみに絞るといったように。選別したことで使える素材は減ったけれど、一方で誰がどのように作っているかを深く知ることで、取引先との信頼関係は強くなっていったし、イノベーションにもつながった。今まで気にもされていなかった点に着目したことによってイノベーティブな素材や製品が生まれるきっかけになった。それは今のわれわれのビジネスモデルにつながっている。つまり、世の中のためになりたいという考えを前提にビジネスを行い、最終的に収益が生まれたということ。
WWD:具体的にどのような製品を提案してきたのか。
スタンリー:例えばウエットスーツ。多く用いられているネオプレンは原油から精製されるブタジエンを塩素処理して重合させた石油化学製品で、製造過程で大量のエネルギーを消費し環境に害を与えるものだと分かった。そこで、環境負荷を少なくするためにユーレックス社とパートナーシップを組み、再生可能な植物をベースにしたネオプレンの代替物の開発を始めた。10年を経て、耐久性が高く着脱しやすい天然ゴム製のウエットスーツ*が完成した。
*森林管理協議会FSC認定の素材を使用したもので、ネオプレンと性能も価格もほぼ同じ。伸縮性と柔軟性も実現した。さらに製造過程におけるCO2排出量を最大80%削減することに成功した
「大切なのは一人の人間として何に責任を持ち、
何に貢献しているかを自覚すること」
WWD:サプライチェーンは壮大で見直しも大変だし、具体的な行動を起こすとなると難しい。
スタンリー:複数の効果を得られるアクションを考えるといい。実はそれは工業的なアクションではなく、自然に委ねた自然の力で実現することも大いにある。例えば、街路樹を植えるとする。それによって気温が3℃下がり、公害物質を木が吸収し、汚染水も木が吸い上げる。それから、その木に囲まれることで人々が穏やかな気分になり幸せになる。そして非常に重要なことは、一人の人間として自分が何に責任を持ち、何に貢献しているかを自覚すること。それが満足感を生むし、生物として大事な部分なんじゃないかと思う。
WWD:パタゴニアは創業から一貫して環境問題に取り組んできている。1985年からは売り上げの1%を気候変動や環境に関する活動を行う団体に助成金として寄付している。その他のサステナビリティへの投資は何を行っている?
スタンリー:2013年に、事業を通して環境問題解決に取り組む新興企業の支援を行う内部投資部門、ティンシェッド・ベンチャーズ(TIN SHED VENTURES)を創設した。目標は、企業が設立当初から環境への責任を深く意識してそれを行動に移し、同時に事業を成功させることが可能であることを示すこと。
ティンシェッド・ベンチャーズを紹介する動画
ソーラーパネル開発のソーラーファンド(SOLAR FUNDS)や、スーパーマーケットの野菜の売れ残りを回収して有機肥料を作るカリフォルニア セーフ ソイル(CALIFORNIA SAFE SOIL)などに投資している。また、海上の漁網を回収して“NetPlus”素材を作るブレオ(BUREO)社にも投資しており、その素材で作った帽子などを販売している。
WWD:累計どのくらい投資しているのか?
スタンリー:立ち上げ当初は“2500万ドル(約26億5000万円)の変化”と名付けて始めたが今は規模も大きくなっており、私は正確な金額を把握していない。ファンドというものには見返りを期待する考え方もあるが、私たちは例えば5年でそれを回収するというようなことは考えておらず、辛抱強くやっている。
社会や環境に責任を持って取り組む会社に投資することで、われわれにも学ぶことがある。パタゴニア自体、食品関係のビジネスもしているが、そこで得た知見よって視野が大きく広がっている。
WWD:今、注目している技術は?
スタンリー:有用な技術はたくさんあるが、私たちは問題を解決するテクノロジーに注目している。アパレルという観点では、非常に解決が難しかったトレーサビリティー(原料から製品となるまでの工程が追跡可能なこと)を可能にするブロックチェーンの技術に注目している。
WWD:最後に、私たちが一個人としてできることは?
スタンリー:無駄をなくすこと。廃棄するモノを少なくすること。それによって相乗的に廃棄するモノが減る。それからオーガニック食材を選ぶこと。それが健全な土壌で育てられたものであることは分かるだろう。あとは堆肥化すること。これは日本ではまだ積極的に行われていないが、土壌の健全性にもつながるので熱心にやってみてはどうか。再生エネルギーを推進する電力会社を選ぶことも大切で、パタゴニアの日本支社はみんな電力に切り替えている。