今年で38歳になる自分が「ネグレクト アダルト ペイシェンツ(NEGLECT ADULT PATiENTS以下、ネグレクト)」の3月20日の無観客ショーを取材してよいのだろうか——会場となった東京・豊洲のライブハウス豊洲ピットに向かう道中、そんな葛藤がありました。だって、出演するのがBiSH(ビッシュ)、BiS(ビス)、豆柴の大群という人気アイドルばかりだったから。不安な気持ちを少しでも奮い立たせるため、道中はゴリゴリな米ロックバンドのレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against the Machine)を聴きながら、同バンドのギタリストであるトム・モレロ(Tom Morello)の攻撃的リフで闘魂を注入します。
振り返れば2週間前、「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」の中止で公式会場が使用不可になったことを受けて、「ネグレクト」が別会場を借りてライブ配信を予定しているというのを知り、これは行くしかない!と勢いのまま取材を申し込みました。安全対策の徹底なども含めて交渉を進める中で、出演者がBiSH、BiS、豆柴の大群のオールメンバーというのを知り、「おお、マジっすか!」と驚くフリをしてみたものの、ぶっちゃけ、全然知らなかったんです。同ブランドの渡辺淳之介デザイナーがプロデュースしているのは薄く知っていましたが、実は電話を切ってからめちゃくちゃググりました。本当にすみません。
まずメイクが楽しすぎた
現場に入ると、メンバーたちはヘアメイク中。いつもとは違った緊張感でメイク室に挨拶に行くと、目の前にはなんとX JAPANとKISS!……風のメイクをしたBiSHとBiSがいるではないですか。しかもリーダーYOSHIKIの伝説のヘアスタイル“ウニ頭”を忠実に再現しているあたりがツボ。でも6人のBiSHに対してX JAPANは5人なので、1人足りません。この日のメイクをリードした資生堂のメア&メーキャップアーティストの豊田健治さんに聞くと、「そう、足りないんです。だからハシヤスメ・アツコさんには英バンドのジグ・ジグ・スパトニックになってもらいました。顔にかぶせる網タイツも急きょ買いに行ったんですよ」とのこと。確かに顔に網タイツなんてX JAPANにはいなかったから、そういうことか。豆柴の大群のメイクについては「アイドルがテーマです」と直球のお答え。なんだか忙しそうだけどメイクスタッフも楽しそうだし、出演メンバーも互いのメイクを褒め合っていてワイワイ楽しそう。37歳の記者はますますどこにいていいかわからず、肩身が狭くなるのでした。
そんなとき、通路の先に“Tシャツおじさん”こと丹野真人「タンタン(TANGTANG)」デザイナーを発見!この状況でおじさんがおじさんを発見したときの安心感は、もはや砂漠の中の湖、雪中のかまくら、海外コレクション取材中にトイレを発見したときのそれ。過去には「ネグレクト」とコラボもしていましたが、今回は「ただ見に来ただけ」という丹野デザイナーがめちゃくちゃ暇そうだったので、出演者のフィッティング中は話し相手になってもらいました。こんな社会状況じゃなければ「ありがとう」と握手したかった。「タンタン」は20-21年秋冬にBiSHのセントチヒロ・チッチさんとのコラボTシャツも発売するそうです。
最初のBiSからすでに圧倒される
リハが終わり、ついにライブ配信開始の20時まであと5分。3000人以上を収容する大箱の豊洲ピットが、無観客のため余計に広く見えます。定刻となり、BiSがトップバッターとして“STUPiD”を披露しました。あれ?なんか思ってたのと違う。無知な僕はもっとキャピキャピしているイメージを持っていましたが、超ロック。パテントのライダーズや複数のファスナーを斜めに走らせたチェスターコートなどの強い服とも相まって、超ロック。予想をいい意味で裏切られたパフォーマンスに、終演後は一人でつい拍手しそうになりました。誰かと共有したくて視線をふと横にやると、制作スタッフは真顔。当たり前ですが、真剣です。観客気分になり失礼しました。
クロちゃん、麺を食わされる
二番手は豆柴の大群です。こちらも“りスタート”のパフォーマンスが結構激しく、おそろいの黒いスカートが左右に激しく揺れます。胸にコレクションテーマ“DOG”がプリントされたパーカや、明らかに猫やんけという下手ウマイラスト入りのスエット、“ADULT”という文字が刻まれた鮮やかなボアジャケットなど、オーバーサイズなウエアがダンスをさらに大胆に見せます。そして曲の途中でメンバーが舞台袖に消えたかと思うと、彼女たちに手を引かれて、グループのアドバイザーを務めるクロちゃん(安田大サーカス)がアイマスク姿でサプライズ登場!ライブ配信でどれぐらい伝わったのかはわかりませんが、「どこなの!」「ちょっと何これ!」的なことを上下ばっちり「ネグレクト」の服で叫び続けていました。そしてついにその瞬間が訪れました。「ネグレクト」のショーといえば“何か麺を食う”謎の演出が一部で人気で、これまでカップ焼きそば、ナポリタン、流しソーメンと続けてきましたが、今回はいつもと違う無観客ライブ。実は裏で麺類がないかこっそり調査もしていて見当たらなかったので、「さすがに『ネグレクト』も自粛だよね」と諦めていたんです。でも舞台袖からクロちゃんのもとに突然駆け寄ってきた渡辺デザイナーの手には、出たーーカップ焼きそば!もはや小さくガッツポーズするほど感動しました。さすがに制作スタッフも笑っているだろうと視線を再び横にやると、やっぱり真顔。むしろさっきよりイカつい表情でモニターのクロちゃんをにらみつけるようにチェックしています。裏方さんたちの配信にかける思いが伝わってきました。
BiSHに胸が熱くなる
トリを飾るのはX JAPAN風のBiSH。“楽器を持たないパンクバンド”を自称する通り、“GiANT KiLLERS”のパフォーマンスはマジで激しい。YOSHIKI風メイクのアイナ・ジ・エンドさんの“ウニ頭”が床に刺さるんじゃないかと思うぐらい圧倒されました。チェックの切り替え入りのシャカシャカブルゾンや、ダルメシアン柄のパンツがいい感じのヤンキー感。ジグ・ジグ風のハシヤスメさんのネップツイードのジャケットには上品な雰囲気があったり、PATA風メイクのリンリンさんはデニムの硬派なセットアップだったりと、日常の延長線上にある服で派手さはないのですが、ごった煮のカオス状態。不思議なことに、パフォーマンスや服はキャッチーなのに、まるでレイジを聴いているときのように、トム・モレロのリフで体を揺らしているときのように、胸がじわじわと熱くなって震えます。ライブ配信が終わると、メンバーは「めっちゃ気持ちよかった」と口々に言い、3グループ全員が裏方のスタッフ一人一人に元気に挨拶をして舞台を降りていきました。完全にいちファンのおじさんと化していた丹野デザイナーが「観客が入ったライブは、こんなもんじゃないから」と目を輝かせます。今のアイドルってこんなにもすごい熱量なのか。
「東コレは中止でも、僕らの歩みまで止めたくなかった」
ライブ配信を終えた渡辺デザイナーは、達成感のある表情でした。「東コレに参加するのは特別なこと。でも中止になったからといって何も発表せずに終わるのは、僕たちの歩みまで止めてしまうことになると思った。得意のライブという一発勝負にパッションを込めて、見てくれた人と雰囲気を共有したかったんです」。さらに、ライブ配信だからこそできることを考えたといいます。「うちの事務所WACKに所属するグループがライブをすることで、『ネグレクト』を知らない人も楽しめるし、ブランドしか知らない人には音楽をやっていることをアピールできる。ファッションと音楽のつながりをライブ配信で表現し、ピンチをチャンスに変えたかったんです」。こんな時だからこそ楽しいことを!という思いがにじみ出ています。そして、クロちゃんが食べたカップ焼きそばについて聞かないわけにはいきません。「今回は配信でたくさんの方が見てくれると思ったので、原点回帰でカップ焼きそばにしました。いつも通り、特に意味はありません。でもなぜなんでしょう。僕も裏で見ていましたけど、何か麺を食うってだけで面白くないですか?」。はい、めちゃくちゃ面白いです。卸先のGR8にも「あの麺のブランド」といって買い物に来る人もいるのだとか。それにしても、カップ焼きそばに“原点回帰”という表現を使うことになるとは……。肝心のコレクションは、渡辺デザイナーが本当に着たいと思える服だけを作ったそうです。テーマに掲げた“DOG コレクション”については「それも、意味はないんですよ」と恐縮気味。あの下手ウマな猫は“ドッグ”という名前らしく、もう意味がわかりません。この考えるな、感じろ的な問答無用っぷりが「ネグレクト」の魅力なのです。こんなときだからこそ、刺さります。
ロックとモードのことしか頭になかった20代前半までは「いや、俺アイドル興味ないんで」とカッコつけてしまったこともありました。でも、時代の変化とともにアイドルカルチャーも進化していることを「ネグレクト」のライブ配信は教えてくれました。日本のカルチャーはまだまだ元気です。とりあえず「ファッションも最高だし、アイドルも最高だよね」と今後は胸を張って堂々と宣言することを誓い、カップ焼きそばを買って家路に就きました。