ファッションビジネスのコンサルタントとして業界をリードする小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回は「企業の社会的責任」について。アパレル企業の経営者によるセクハラ報道、ECの送料に関する方針転換、専門店による価格表示の変更――それぞれ事例は異なるが、一つ対応を誤れば取り返しがつかない事態になってしまう。
平時はサスティナビリティとかコンプライアンスとかが美しきトレンドとして企業の広報活動を彩るが、今のパンデミックに怯えるパニック的状況下においては建前でない本質が問われざるを得ない。
企業の社会的責任は企業の中から外へ、(1)正規・非正規・外注を問わず業務の連帯者、(2)取引先などサプライチェーンの連帯者、(3)出資者や資金提供者などファイナンスの連帯者、(4)財やサービスを提供する消費の連帯者たる顧客、(5)そのすべてを注視し将来の連帯者となりうる広範な第三者――以上の5つに向けて問われる。その優先順位は状況で異なるにしても、連帯性の濃厚さはこの順序であることは否めず、ひとたび不祥事やすれ違いが起きれば企業の受けるダメージも大きい。
ストライプインターナショナルが失ったもの
ストライプインターナショナルの創業オーナーである石川康晴氏が従業員に対するセクハラが表面化して3月6日に代表取締役の辞任に追い込まれ、19日にはECモール運営子会社のストライプデパートメントの社長も辞任し、2019年3月から務めていた内閣府男女共同参画会議の議員も辞退した。
同社の場合、石川氏のセクハラ行為だけでなく、09年の女性社員過労死事件が労災認定され、13年のブラック企業大賞を受賞したことも忘れてはなるまい。そんなブラック企業イメージを払拭すべく、16年3月に旧クロスカンパニーからストライプインターナショナルに社名を変えた。加えて、低コストで調達した商品をタイムセールで値下げ販売する二重価格商法が度々指摘されていたし、納入業者に対する取引条件の切り下げなど下請法違反に問われかねない行為もうわさされていた。
二重価格商法は消費者の「有利誤認」を誘導する景品表示法違反として消費者庁が摘発すべきだったし、下請法違反は公取委が摘発すべきだったが、石川氏の中央政界との親しい関係や経済紙誌ジャーナリストの抱き込みなどで回避されてきたと推察される。代表取締役が立花隆央氏に交代して、これらの悪習が一掃されるのかどうか、注視していく必要がある。
ストライプインターナショナルは(1)業務の連帯者、(2)サプライチェーンの連帯者、(4)消費の連帯者たる顧客を裏切ってきたわけで、それが会社の将来を危ういものにして(3)ファイナンスの連帯者を脅かしたことがセクハラの表面化というクーデターを招いたと推察される。結果として全ての悪行が露呈し、(5)将来の連帯者となりうる広範な第三者に対する企業イメージも悪化した。
プラットフォーマーの盟主責任
公正取引委員会(公取委)の介入事例としては、楽天の送料一律無料化(税込3980円以上の注文)に対して16年ぶりの緊急停止命令発動という伝家の宝刀まで抜いた事件が特筆される。結局は楽天側が一律導入を見送って導入店への支援を実施し、公取委も緊急停止命令を取り下げる形で決着したが、楽天の受けたダメージは大きかった。
宅配料金の大幅値上げ後もプライム会員に対する無料配送や翌日到着でシェアを伸ばすアマゾン(19年の国内流通総額は前年比13.6%増の推計2兆8400億円)に対し、出店者の個別配送に依存する楽天(同13.4%増の3兆9000億円)は決定的な対抗策を欠いていた。自前のローカル宅配体制布陣を急いでいるが、モバイル事業への先行投資と米ライドシェア投資の巨額損失(1030億円)などで8年ぶりの最終赤字に転落した楽天にとって投資余力は限られ、10年かけて2000億円というスローペースの物流投資では出店者負担での送料一律無料化を先行せざるを得なかったと推察される。
公取委の介入を受けて、結局は出店者側の選択よる送料込み価格表示に決着したが、それでは顧客へのインパクトは限られ、アマゾンへの対抗策とはなり得ない。自前のローカル物流体制への投資を加速してFBR(フルフィル・バイ・ラクテン)に乗る出店者を増やし、FBR利用商品の送料一律無料化を実現するのが本道だと思われる。
それはともかく、楽天などECプラットフォーマーにとっての直接顧客は出店者であり、その協力と繁栄なくしてはプラットフォーマーの競争力は高まらない。プラットフォーマーにとっては(2)取引先などサプライチェーンの連帯者との共存共栄が第一義である。その利害を損なったり過度に収奪したりしてはサプライチェーン総体のコストを肥大させ競争力を損ない、結局はサプライチェーン全体の没落を招く。百貨店が1980年代以降、幾度も保身に走って納入アパレルを収奪し、商品が法外に割高になって顧客が離れ、業界全体の没落を招いたことを忘れてはなるまい。ZOZOも百貨店と似たような過ちを繰り返してサプライチェーンの連帯者が離反し、結局はZホールディングスの傘下に落ちた。
公取委はデジタル・プラットフォーマーの優越的地位濫用にばかり目を光らせているが、それはアナログ・プラットフォーマーたる大手商業施設デベとて大差ない。もとより賃料設定の不合理な格差、必ずしも費用明細が明らかでない賃料外負担金の肥大、キャッシュレス決済手数料の上乗せ、根拠が曖昧な出店時の内装監理費や工事協力金など、優越的地位の濫用が疑われる慣習が少なくない。
今や3.11に匹敵する未曾有の災難に直面して売り上げが激減する中、契約通り最低保証家賃を天引きされては資金繰りに行き詰まるテナントも出てくると危ぶまれるが、商業施設デベは最低保証家賃徴収の一時的停止に踏み切るのだろうか。「百姓は生かさず殺さず」といわれた幕藩体制下でも、飢饉時には年貢が減免されお救い米が支給された。契約通り最低保証家賃を取り立ててはテナントの破綻が続発して歯抜けが広がり、パニックが収束しても館の売り上げ回復は遅れてしまう。商業施設デベロッパーの対応次第では連帯関係に修復不能な溝が生じ、公取委が介入する契機となりかねない。
顧客との「社会契約」という地雷
青山商事が20年3月期決算予想の売り上げを2355億円から2190億円に、営業損益を90億円の黒字から4億円の赤字に、最終損益を20億円の赤字から203億円の赤字に修正したが、その要因は会社側があげた3点だけでは説明がつかない。
その3点とは(A)アメリカンイーグルの事業整理損84億円とミスターミニットを展開する子会社の減損40億円、(B)消費増税による売り上げの落ち込み、(C)新型コロナウイルスによる季節需要の落ち込みだが、(A)はともかく消費増税の10月以降の落ち込みはAOKIより目立って大きく、新型コロナによる売り上げ減少は2月後半からだがAOKIは2月も落としていない。
青山商事のビジネスウエア事業とAOKIのファッション事業の既存店売り上げ前年比の推移を比較すると、4〜9月はAOKIの97.9%に対して青山は94.7%と3.2ポイント差だったのに、10月から青山商事がガクンと落ち込んで10〜2月はAOKIの91.6%に対して青山商事は81.3%と10.3ポイントも開いてしまった。消費税増税の駆け込みも反動も両者に大差はなかったはずなのに、これだけ差が開いてしまった要因は青山商事が10月1日から実施した「価格表示の適正化」で、米国の「ジョス・エー・バンク(JOS.A.BANK)」事件を想起させる。
テイラーズ・ブランズ(TAILOR BRANDS)社は“米国の青山商事”ともいうべき米国最大の紳士服専門店チェーンで、19年1月期で32億2230万ドル(約3415億円)を売り上げて2億1200万ドル(約224億円)の営業利益を計上し、19年11月2日段階で「メンズウエアハウス(MENS WEARHOUSE)」716店、「ジョス・エー・バンク」475店など計1451店をロードサイドや商業施設内に展開している。青山商事と同様に2着セール(スーツ2着を買えば割引)どころか「Buy 1 Suit Get 7 Items(スーツを1着買えば、7アイテムを無料に)」まで駆使した価格訴求を行なっていたが、15年に「ジョス・エー・バンク」を正価販売に変えたところ売り上げが落ち込み、株価は85%も急落した。
価格表示は販売方法の骨格であり、正しいか否かではなく顧客が買いやすいかどうかが問われる。顧客の購買慣習が定着しているなら、それを一方的に変更すれば混乱が避けられない。似たような事件は12年のJ.C.ペニー(J.C. PENNY)でも起こり、アップルストアを成功させたロン・ジョンソン(Ron Johnson)CEOが仕掛けた正価販売で売り上げが25%、株価は57%も急落した。12年の夏セールから三越伊勢丹とルミネが仕掛けた期末セール時期の後倒しも、かえって店頭やECでのプレセール前倒しに油を注いだことも忘れてはなるまい。
購買慣習は店舗やサイトと顧客との“社会契約”であり、売り手都合で一方的にルールを変えれば顧客の離反を招く“地雷”となりかねない。それは取引関係とて同様で、バイヤーやプラットフォーマーが一方的にルールを変えれば信頼関係が崩れコストが肥大し、サプライチェーン総体の競争力も損なって顧客が離反する。
何を“継続”すべきか
企業の社会的責任とは建前の美しい言葉遊びやメディア受けするスタンドプレイではなく、従業員や取引先、顧客や資金提供者など、広範なステークホルダーとの“社会契約”の遵守に他ならない。その本質を忘れ目先の保身や利益に走って“社会契約”を放棄すれば長年培った継続関係が崩れ、その修復に膨大な時間と費用を要することになる。サスティナビリティとは物質的リサイクルや環境保護以前に(それも大切だが)、まず第一に“社会契約”の遵守による広範なステークホルダーとの信頼関係“継続”だと理解すべきだ。
小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)