東京藝術大学(以下、東京藝大)および同大学院の先端芸術表現科をともに首席で卒業したアーティストの西澤知美。“現代の美容のあり方”をテーマに、メイク道具と医療器具を融合させて、メイク室を手術室へと変化させた空間インスタレーション「Natural Make Up」や、ビューラーと鉗子(かんし)を融合させた巨大彫刻作品などの作品などを制作している。なぜ美容をテーマにしようと思ったのか。彼女が制作の場としているアトリエで話を聞いた。
WWD:西澤さんは“美容”をテーマに創作を行っていますが、どういった経緯でそうなったんですか?
西澤知美(以下、西澤):もともと“物の表面性”みたいなことに興味がありました。それでメイクやスキンケアで顔の毛穴やシワなどの凹凸をなくして滑らかに見せることって、「立体的なものを平面的に見せていく作業」と捉えるとおもしろいなと思ったんです。あと、最近は化粧品が進化したことでシワやシミを消せるなど、医療との境界がなくなってきていて、化粧品を使うことがある種の医療行為にもなっている。そう考えると毎日化粧品を使うことって、肌の表面をきれいにするだけではなく、肌そのものを構築していることになる。それにすごく引かれて、肌の表面と内部との境界、美容と医療の境界を意識して作品を作るようになりました。ただ明確にこんな作品を作りたいというよりは、作っていくなかで、だんだんとこういったものが作りたかったんだと自分でも分かってくるんです。だから作品を作ることって、自分自身を知ることにつながっているんだと思います。
WWD:西澤さんご自身は美容には興味があったんですか?
西澤:興味はあったんですが、自分でしっかりとメイクをやるかというとそこまでではなかったです。ただ同世代の女性がすごく美容に対する追求心が強くて、それを客観的に見ていた感じです。新しい成分も出てきていて、いろいろな化粧品を使ってみたいという興味はあるんですが、今は化粧品を買うなら制作費にしようという考えになってしまっています(笑)。
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WWD:そもそもなぜ東京藝大の先端芸術表現科を志望したんですか?
西澤:高校生のころから「同世代の女性に共感してもらいたい」と気持ちがあって、最初はネイリストになろうと思っていたんです。それで高校3年生のときにネイリストのバイトをしたんですが、一つのことをやるよりはもっといろいろと表現したいという欲求が出てきて、それで調べたら東京藝大に先端芸術表現科という学科があるのを知って、それから予備校に通いました。現役では落ちてしまったので、1浪して入学しました。
WWD:先端芸術表現科ってあまり聞きなれないのですが、どんな学科なんですか?
西澤:ジャンルに捉われず、自分のアイデンティティーを掘り下げるという学科です。だから授業も写真や身体パフォーマンスなどいろいろ学びながら、さまざまなメディアで自分のやりたいことを表現してみるという感じでした。
WWD:首席で卒業ということですが、それはどうやって決まるのですか?
西澤:私がいた科では、基本的には卒展(卒業制作展)で全てが決まるんですが、先端芸術表現科は日本画や彫刻などと違って上手・下手とかではなく、みんなコンセプトや作る作品がバラバラで、また教授の評価も本当にバラバラです。だから一概には言えないのですが、「どれだけ自分の表現したいことが作品として、形に落とし込めるか」が大事なのかなと思います。その中で賞に選ばれた人が首席ということになるんですが、私は大学と大学院、両方の卒展で賞に選ばれました。
WWD:学部の卒業のときの作品はどういったコンセプトだったんですか?
西澤:「MY ROOM」という作品です。家具を一つ一つ解体して、自分が吐き出したガムやネイルチップ、コンタクトレンズ、エクステなど、身体から出た異物を素材として家具を再構築した作品です。ネイルチップやコンタクトって着けているときは体の一部だったのに、それを外したとたんに異物になることがおもしろいなと思い、この作品を作りました。
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WWD:なるほど。大学院の修了作品の、手術室をモチーフにしたインスタレーション作品は、より美容への意識が強くなった印象です。
西澤:「Natural Make Up」というインスタレーションで、メイク室を手術室へと変化させた作品です。医療用鉗子をビューラーと溶接したり、メスがフェイスブラシになっていたり、手術用無影灯が女優ミラーになっていたりと全ての器具が美容用品と融合しています。全て私が溶接したり、組み合わせたりして作りました。この作品をベースにさらにいくつかの作品を加えて、15年2月には個展も行いました。
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WWD:壮大な作品です。鉗子とビューラーを組み合わせた作品はかなり大きなものも作っていますね。
西澤:15年11月に行った個展「Cosmetic Inside Skin」の際に制作した「Neo Eyelash Curler」という作品で、全長150㎝あります。実際に鉄を削り、溶接して磨いた鉄の彫刻作品です。このときの個展では、美容液を薬品に見立てた「Blend under the skin」という作品や、MRIの背景をファンデーションとチークにした「MRI inside head」という作品、フェイシャルマスクを使った「Golden Lift」という作品なども展示しました。
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WWD:どれもコンセプトがおもしろい。昨年はスプツニ子!さんとコラボして「Tokyo Medical University for Rejected Women(東京減点女子医大)」という展示を、ニューヨークと東京で行いました。
西澤:あれは18年に問題になった、医大入試の一律減点を背景にした作品です。スプツニ子!さんから“入試で減点されて落ちた女子たちが入れる学校”というテーマでなにか作れないかというところから始まりました。そこから構想を膨らませ、どういった作品にするかは私が考え、デザインしました。「そこでは女性学生がロボットを操作して、一般男性をエリートドクターに改造し、そのエリートドクターをドローンで各病院に出荷する」というストーリーの写真作品です。
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WWD:なるほど。今も何か作品は作っていますか?
西澤:そうですね。6月末から一カ月間個展を予定しているので、それに向けて制作中です。
WWD:西澤さんの目標は?
西澤:これからも創作を続けて、多くの人に“アーティスト西澤知美”を知ってもらいたいです。あと自分の作品作りだけではなく、クライアントワークも行っていて、雑誌やイベントブースのアートディレクションも手掛けているので、機会があればどんどんやっていきたいです。
WWD:最後に新型コロナウイルスによる影響が広がっていますが、西澤さんが思うことは?
西澤:大げさに聞こえてしまうかもしれませんが、ここ数日、新型コロナに関するニュースを見るたびに、「私は全く症状がでていないだけですでに感染しているのでは」と思って生きています。いつどこで感染してもおかしくないし、感染しているのに気づかずにそのまま出歩き拡散してしまったら、恐ろしいなと。しかし一方で、生きていくためには、外に出なくてはいけないのも確かで、とても複雑です。いち早く経済が安定してほしいし、この事態も終息してほしいので、私は家か近くのアトリエにほぼひきこもっています。アーティストとして、展示のためにだけに作品を制作している訳ではないので、展示がなくなっても、手を動かして常に自問自答しています。今は新型コロナが終息したときに万全でいられるように、極力外には出歩かず制作を続けていくしかないのではと思っています。