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“生きることとは?”を問いかける 「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の上出遼平氏が書籍に込めた思い

 2017年にテレビ東京で始まった深夜番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は、「廃墟に暮らす元人食い少年兵」「マフィアの晩餐会」「カルト教団の村」など、“ヤバい世界のヤバい奴らのヤバい飯”をテーマにした“自称グルメ番組”。メディアが通常立ち入らないような世界中の“ヤバい”エリアを取材し、食を通じて各地に生きる人々のリアルを伝えるその番組は、当初は深夜の単発放送ながら大きな衝撃を与え、熱狂的なファンを獲得した。

 構想から3年半――3月19日にこの番組の書籍「ハイパーハードボイルドグルメリポート」(朝日新聞出版、税抜1800円)が出版された。番組企画から取材、編集まですべてを手掛けたテレビ東京ディレクターの上出遼平氏が執筆し、危険地帯取材の裏側や、番組本編に収まりきらなかったエピソードを多数収録。「書籍化にあたり番組の劣化版にだけはならないように心がけたら、番組よりもおもしろくなった」と語る上出氏に話を聞いた。

WWD:番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」を初めて見たときに僕もかなり衝撃を受けました。なぜ今回、書籍にしようと思ったんですか?

上出遼平(以下、上出):映像は伝わる情報量が多いので、あくまで視聴者は受動的に見ます。僕としては、本当は誰かをこの旅に連れて行きたいという思いがあって、でもそれは物理的にはできないので、疑似的に体験してもらうしかない。それには受け手側が能動的に感情を動かしたり、想像力を働かせたりする必要があります。そのためには書籍が最適な伝達手段だと思って、今回の出版に至りました。この本には、テレビでは伝えられないエピソードや現地での僕の心情や葛藤を率直につづっています。一見露悪的なだけの番組に見えるかもしれませんが、「そんなヤバい薄汚い世界の先に僕はこんな美しいものを見てきた」ということを伝えられればと思っています。

WWD:これまで番組では多くの場所にロケに行っていますが、この本では4カ所に絞って書かれています。それはどう選んだのですか?

上出:基本的には僕がロケに行くんですが、どうしても難しいときは、別のディレクターにお願いしています。なので、この本では僕が実際に行った4カ所(リベリア、台湾、ロシア、ケニア)に絞って話を書いています。現在僕を含めて、4人のディレクターがこの番組に関わっているのですが、番組に台本があるわけでなく、撮影するものが決まっていないので、現場に行ってみないと何が起こるか分からない。自分で考えなければならず、かなり過酷なロケで、自分の好奇心で撮影を進められるモチベーションの高い人にしか任せられません。

WWD:番組では世界のヤバい(危険な)ところに行って、そこで現地の人が何を食べているかを取材しています。似た番組はほかにもあったと思うのですが、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」ならではの特徴は?

上出:現地の人を主役にしたところですかね。他の番組では現地に行く日本人の旅人が主役ですから、主人公である旅人を、ディレクターやカメラマンが撮影するという作りです。その中で現地の文化や現地の人々は主役ではなく“舞台”になります。一方、この番組は僕が一人でその国へ行き、現地のコーディネーターと二人でロケを進めます。カメラを回すのもディレクションするのも僕、被写体は現地の人々です。だから主役は現地に暮らす人々。そして大勢で行くよりも、マンツーマンで話した方が、彼らは本音で話してくれやすい。それがこの番組では重要なんです。

WWD:取材に行くときに恐怖心はありますか?

上出:ゼロではないですが、一番大きいのは日本を出国するときで、現地だとアドレナリンが出ているのでそこまで恐怖心はなく、それよりも撮ってこなきゃという思いの方が強い。もともとこんな番組の企画書が通るとは思ってもいなかったので、やり始めた使命感はあります。企画書には「僕が一人でテレビクルーが入れなかったところに行って、生きて帰ってきます。自信があります」と書いていたんですが、普通だとそんなの通らないですよね(笑)。

 ただ「撮ってこなきゃ」とアドレナリンが出て、どんどん進んでいったときには、逆に意識的に恐怖心を持たないといけないなと思っています。危なくなりそうな場面では「ここは怖がらないといけない場面だな」とスイッチを入れるんですが、そのバランスは難しくて、怖がりすぎてもダメなんです。世界共通で「びびっているやつが襲われる」のは常識なので。内心はびびっていても、ポーズとして堂々としていることが重要なんです。ただ本の最後に「この旅は絶対に真似しないでください」という一文を入れたんですが、これはぜひ守ってほしいです。

WWD:書籍の中でも、特にリベリア編では危険なところに入っていく場面があります。正直、そこまで危険を冒さなくても番組は成立するのではと思う部分もあるのですが。

上出:それしか僕にはできないっていう思いがあります。そこで一歩踏み出せるかどうかが、“僕”か“僕じゃないか”っていう。圧倒的な映像センスがあるわけではないので、人が行っていない場所に行くしかないし、それは僕の存在意義に関わるもの。みんなが絶対に行くなという場所に何があるのか、もしかしたら誰も撮れなかったものが撮影できるかもしれないというテレビディレクターとしての欲みたいなものもやはりある。ほんの少しですが、「それで死んでも仕方ない」という気持ちもあります。ただ、そんなときは頭をフル回転させていています。防弾チョッキも着ているし、最低限取られていいものしか持っていかない。いつでも逃げられるようにといろいろと考えてもいます。もちろんそこまでやってもまったくもって完璧な対策ではありませんが。

WWD:上出さんはヒゲが特徴的ですが、やはり海外でなめられないためですか?

上出:そうですね。日本人って幼く見られがちなので、ヒゲがないとなめられるんです。ヒゲって世界共通で、大人の象徴として見られるんです。スキンヘッドにしているのは、その方が合理的だからで、湯の出ない場所だと髪の毛が邪魔なんですよね。僕は潔癖なので、毎晩きれいに洗えないとストレスがたまる。あと服は厳選して1セットだけ持って行っています。行き先によって変わりますが、基本は襟付きの長袖シャツ、長ズボン、色はグレーで素材は破れにくい乾きやすいナイロンと決めています。靴は走りやすいもの。ロストバゲージが怖いので飛行機で荷物は預けず、機内持ち込みできる範囲でしか持っていかないので、機材優先で自分の洋服は最低限です。

WWD:基本的に現地ではずっと撮影していると本に書かれていましたが、躊躇することもありますか?

上出:カメラはずっと回していて、1回のロケで数百時間分の素材になります。さまざまな葛藤はありますが、躊躇することはないです。躊躇しないように努めていると言ったほうがいいかもしれません。まずは撮ることが重要で、僕が見ただけだと意味がない。撮ってから使うかどうかを考えます。人って最初に接触するときのリアクションが一番リアルなんですよね。

WWD:今後は国内での撮影も予定していますか?

上出:やりたい気持ちはあるんですが、まずは海外からだと思っています。できるだけ日本の日常から遠い所に行こうと思っていて、それが遠ければ遠いほど、自分たちと共通点があったときのインパクトが大きい。例えば、ロシアのカルト教団の少年が言っていることに自分の思っていることと共通点があれば、その衝撃は大きくなります。

WWD:これまで、ロケには行ったけど放送しなかったこともありますか?

上出:何本かありますね。この本の帯にあるQRコードから番組完全未公開エピソード「“海上の楽園”モルディブ・ゴミ島飯」編が見られるんですが、これはうまくいかなかった典型的な作品です。本当は世に出さないつもりだったんですが、書籍のおまけとしてはいいかなと思って出すことにしました。なぜ未公開だったのか、そこも興味深く見てもらえるいいですね。

WWD:書籍には飯と登場人物の写真が掲載されていませんが、その意図は?

上出:読んでくれた人がせっかく文章から想像してくれたものに対して、余計なことをしたくなかったからです。

WWD:この本を読むと「生きることとは何か」を考えさせられます。上出さんは生きることについてどう感じていますか?

上出:いろいろな世界を見てきて、飯を食うのに大きな意味はないというか……。食うことは生きることで、生きることは食うことで、さらに生きることは死ぬことでもあって、どれも当たり前にそこにあるものだと感じるようになりました。生きることも、死ぬことも、肩肘張って問いかけるものではなく、ただただ当たり前のことだと思います。日本だと命は尊いとだけ教えられますが、死ぬことについての話をあまり聞かない。死は見えないものになってしまっているんです。生も死も全てをフラットに見つめないと、真っ当に生きることもできません。

 少し話はそれてしまいますが、この本の最後にパンク・ロックバンドのヴォーカルのイノマーさんの死に立ち会った話を書かせてもらいました。イノマーさんは18年から口腔底癌を患って闘病していたんですが、昨年12月19日に亡くなりました。そのときに僕は初めて人が息をひきとる瞬間に立ち会ったんですが、死んでいく瞬間が分かったというか、その死が当たり前のように受け入れられたんです。そこで死ぬことってこういうことかというのが多少実感できました。でもまだよく分かっていない部分の方が多いですが。

WWD:この本はどんな人に読んでもらいたい?

上出:僕が子どものころに読んだ「十五少年漂流記」や「エルマーの冒険」のような冒険譚でワクワクした気持ちを、この本を通して若い人に感じてほしいと思っています。だけどそれだけではなく、それこそ老若男女を問わずいろいろな人に読んでほしいですね。文章は全て僕が書いているんですが、分量的には放送していない部分のことの方が多く、番組を見たことがない人でも楽しめますし、この本を読むことが間違いなく旅そのものになるはず。内容も量もかなり濃く、製本も細部までこだわったので、自信を持っておすすめできる一冊になりました。

WWD:上出さんがテレビディレクターとして意識していることは?

上出:個人の強い思いで作った番組じゃないと視聴者に深くささらないなということです。それこそマーケティング発進で作った番組だとそこが弱い。やはりお金を払ってでも見たいと思ってもらえる、強烈に支持されるコンテンツ作りが必要だと思います。

WWD:最後に新型コロナウイルスの問題が深刻になっていますが、テレビディレクターとして感じることは?

上出:海外でのロケが困難な状況ですから、番組作りには大きな支障があります。僕たち制作スタッフの移動が誰かを害するかもしれない以上、不用意な行動はできません。けれど、報道活動が自粛されるのはとても危険な状況です。国民が政府の発表に依存することに慣れてしまっては、たくさんのことが手遅れになってしまいます。もしかしたら、大きなリスクを背負って(それは自分の安全だけでなく、他者の安全を害する可能性も含めて)、行動しなければならないこともあるかもしれません。経済はもちろんですが、一度でも報道が死んでしまえばさらなる悲劇を招くかもしれません。

 以上は僕が少なからず抱く報道人としての心持ちですが、一方“テレビディレクターとして”ということで言えば、茶の間に笑いを届けるのは大きな使命だと思います。家にいても退屈しない、その助けになるものを一日中無料で流せるなんて、僕たちにしかできません。テレビ局にはこれまでに作ってきた膨大なアーカイブがありますので、恐れず再放送すればいいと思います。3年前の放送をそんなに細かく覚えている人も少ないでしょう。ここで力を蓄えて、事態が収束したらまた思い切り動き出せばいいと思います。

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