ファーストリテイリング傘下の「ジーユー(GU)」が、消費者の声を商品企画に反映する取り組みを強化しています。「ジーユー シューズラボ(GU SHOES LAB)」という取り組みがそれで、パンプスに対する苦情(ECの商品レビューや店頭で寄せられた声など)をもとに開発した第1弾商品の“マシュマロパンプス”は、18年8月の発売後、約1年で170万足が売れました。通常、同ブランドでは「数万足売れたらヒット」だというので、いかに反響が大きかったかが分かります。手応えを得て、同取り組みではスニーカーやメンズのビジネスシューズなども開発。先日は、夏物のエスパドリーユシューズやスポーツサンダルも企画したと発表していました。加えて、靴以外のアイテム、たとえばバッグなどでも同様の取り組みを始めています。
この「ジーユー」の取り組みに関連して、先日印象的な取材があったので紹介させてください。それは1月に行ったタクラム(デザイン関係に強いコンサル企業)の佐々木康裕ディレクター兼ビジネスデザイナーの取材。佐々木ディレクターは「D2C 『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略 」という本も書かれており、日本でD2Cビジネスの話になると第一人者としてよく登場される方です。D2Cはファッションやビューティ分野でもバズワード化しているので今更説明不要かとも思いますが、Direct to Consumerの略。顧客直結型ビジネスなどと訳されます。
その佐々木ディレクターに、当社のD2Cビジネスの番記者、「WWDビューティ」高山と「WWDジャパン」石塚がインタビューに行くというので同行しました(インタビュー全文はこちら)。その際に佐々木ディレクターは、「D2C以外のビジネスをしている人がD2Cについて一番驚く点は、(D2Cは)客のデータやフィードバックがとにかく大量に入ってくること」「D2Cとは、テクノロジーを駆使してその大量のデータを解析しながら、プロダクト、マーケティング、店作りに生かしていく手法」と話されていました。
D2Cの具体例の一つとして佐々木ディレクターがあげていたのが、1月に鳴り物入りで日本上陸したサンフランシスコ発のスニーカーブランド「オールバーズ(ALLBIRDS)」です。同ブランドは「たとえば『購入した商品をこう使ったらこんなことが起きた』『この商品のここが気に入った』『こういうシーンで友人にプレゼントした』といったような大量の顧客からの声を集めて、商品を随時改善している。それゆえ、シグネチャーモデルのスニーカーでさえ、実は既に何十回も改善を重ねている」とのこと。そうしたプロダクト開発の手法は、「年2回ないしは4回新作を発表して、それで終わりのアパレルのモノの作りというより、出したものをどんどんアップデートしていくソフトウエア的な発想」と話は続いたんですが、皆さんこれを聞いてきて疑問に思いませんか?「それって『ジーユー シューズラボ』がやっていることとほぼ同じじゃないの?」と。
その疑問をそのまま佐々木ディレクターにぶつけてみました。「『オールバーズ』を始めとしたD2Cブランド群は、『ジーユー』が行っているような消費者の声の反映以上に、深い何かをやっているんでしょうか?」と。答えはズバリ「やっていることはD2Cブランド群も『ジーユー』も変わらない」でした。「『ジーユー』は(問屋や小売店を挟む卸ビジネスではなく)自社店舗での販売であり、アプリもある。そういう意味で、D2Cビジネスの勘所をつかんでいる」んだとか。
というわけで、ようやくこの記事のタイトルである「『ジーユー』がD2C的だ」という話につながるわけですが、D2Cって、佐々木ディレクターの言葉を借りれば「ビジネスモデルであると同時に、“早期に顧客を獲得して売り上げを伸ばしていく”というステージの名前」です。そのステージとは「日本の市場では売上高20~30億円前後」というのが佐々木氏の考え。他方、「ジーユー」の2019年8月期の売上収益は2387億円ですから、ケタが2つ違います。その巨艦をして、顧客の声を収集して改善を重ねるという、小規模ブランドの方が実践しやすいD2C的サイクルにトライするって、猛烈に大変なことだと容易に想像できます。「ジーユー」のアプリとか見ているだけでも、商品レビュー数多いですしね。
とはいえ、もちろん「ジーユー」の売り上げのうち、D2C的に作っている商品はごくごく一部ですから、「ジーユー」=D2C的と言い切るのには語弊があります。あくまで、一部分を捉えてそういう見方もできる、という話ですので悪しからず。ちなみに、2月19日付の日経新聞には、「ジーユー」と「ユニクロ(UNIQLO)」の親会社であるファーストリテイリング柳井正会長兼社長のコメントとして、以下が掲載されていました。「顧客がほしいものをそう簡単にできるわけがない。(D2Cは)完全に趣味の商売だ」。確かに、売上高2兆円超えのファーストリテイリングと比べると、いって数十億~数百億円規模のD2Cブランドのビジネスは「趣味の商売」の域だよなと納得すると同時に、昨今世の中に広がるD2Cビジネスへの過度な期待(D2C神話)をぶった斬る冷静な目線は、ファッションビジネスの酸いも甘いも知り尽くす経営者の視点として重みがあるな~と思います。というか、ファーストリテイリングとして今まさに客の声をいかに収集し、分析し、企画や売り方に反映していくか、という部分にかなり腐心している(「ジーユー」だけでなく本丸の「ユニクロ」でもかなり強化している)からこそ、「客のニーズに沿った商品開発なんてそんな簡単にできるようなもんじゃないんですよ。それなのにD2Cって言葉だけが一人歩きして軽々しく言い過ぎですよ」という戒めのようにも私には聞こえます。
「D2Cに本腰入れます」
に感じるモヤモヤ
さて、少し話の方向性が変わるんですが、D2Cがバズワード化したことで、ここ数シーズンは大手や老舗と呼ばれるようなアパレルメーカーや専門店企業からも「うちもD2Cを始めます」「D2Cに本腰を入れます」といった声をよく聞くようになりました。「デザイン面だけでなく、ビジネスモデルにおいてもトレンドに飛びつきがちなファッション業界らしい動き」などと揶揄する向きもありますが、時代に沿ったビジネスの手法をどんどん取り入れていこうとチャレンジすること自体は、私は悪いことではないと思います。
ただ、大手や老舗のアパレルメーカー、専門店が「うちもD2C始めます」と言うとき、「それって単に、『インフルエンサーを起用してEC専業ブランドを始めます』っていうだけの意味で使ってますよね……?」と思ってしまうケースも多く、それにはなんだかモヤっとします。確かに、実店舗運営を前提にしてきた大手や老舗のファッション関連企業にとっては、EC専業でブランドを立ち上げるというだけで店舗運営コストがなくなります。加えて、インフルエンサーがSNSで発信してくれるから広告宣伝費も圧縮される。さらに直近でいえば、店頭がない分コロナリスクも減る。以上により、「D2Cってなんて合理的なビジネスモデルなんだ!」という思考になるんだと思います。
それだけで十分満足しているというのならそれでいいんですが、老婆心ながらそれってもったいないな、と思いまして。前述のタクラム佐々木ディレクターの言葉を思い出していただきたいですが、顧客と直接つながることで大量に流れ込んでくるデータを解析し、インターネットサービスを作るようなマインドセットでフィジカルなモノ作り(ブランド構築)に挑む、というのがD2Cの本質なのに、販路をECにするとかインフルエンサーを起用するとか、そういう手段や表層の部分だけでD2Cを実践したと思い込み、満足しちゃうのはもったいないです。本質の部分はもっと先にあって、それをやればさらに見える景色があるかもしれないのに。
余剰在庫、人材採用難など、近年のファッション業界はもとより問題山積で、そこに今回のコロナショックが追い打ちをかけています。そうした難局面へのアプローチ案の一つ、次の時代への展望の一つがもしかしたらD2Cなのかもしれません。だからこそ、いたずらにその表層のみを取り入れるのではなく、D2Cの本質をつかんで、ファッションビジネスをアップデートしていくようなことにつながっていけばいいなと、業界紙のいち記者として思っています。