新型コロナウイルス感染症拡大を受け、全日空を傘下に持つANAホールディングスが、減便で業務量が減っている社員を組織し、医療用ガウンの縫製に乗り出すと4月7日に報道された。これに対し、西村康稔経済再生担当相が報道番組で「CA(客室乗務員)さんも手伝う」などと職種を限定して発言したことで、SNSでは「女性差別的だ」といった批判が相次いでいる。そういった性差別の話とは別にファッション業界人として純粋に疑問に思うのは、「発注キャンセルで手が空いている縫製工場が生産を手掛けた方が品質が保たれ、縫製業の支援にもつながるのに、なぜ航空会社の話が先行しているのか?」という点だ。
店舗の臨時休業、営業時間短縮によって、国内の衣料品縫製工場は今、非常に苦しい状況に置かれている。発注キャンセルが相次いでいるほか、5月以降徐々に本格化するはずの秋冬の生産計画もほぼ白紙だ。バブル崩壊以降、日本の衣料品生産は中国をはじめとした海外に移転してきた。日本で売られる衣料品のうち、97.7%(2018年時点)を輸入品が占めている。そんな中で、残された国内工場も海外工場と戦うために厳しいコスト低減にさらされており、どこも体力があるとは言いづらい。今後2~3カ月以上今と同じような状況が続けば、資金がショートする企業も少なからず出てくるだろう。
「コロナショックを抜きにしても、去年10月の増税以降、消費意欲の減退に伴って売り上げは落ちてきていた」と話すのは、東北地方のある縫製工場幹部だ。とはいえ、2月までは中国の工場閉鎖による国内工場への振り分けなどもあって、1~3月の売り上げは前年同期比20%減前後で踏みとどまっていた。しかし、「4月はそれどころではない。40~50%以上落ち込むのではないか」と続ける。「ANAの社員が医療用ガウンを作るという話が出ているが、縫製業のプロはわれわれだ。政府には休業補償などと共に、工場のラインを借り上げて医療用ガウンを作るなどの体制を整えてほしい」と訴える。
そのような個々の縫製工場の嘆きや、経済産業省からの生産要請を受け、中小の縫製工場で作られる業界団体である日本アパレルソーイング工業組合連合会が動き出した。「このままの状態では、縫製工場すべてが共倒れになる」と、同会の副会長で縫製工場のファッションしらいし(東京・杉並)社長である白石正裕氏は話す。そこで、会に所属する工場で医療用ガウンを生産することを決定。ガウンの素材となる不織布は世界的に不足しているが、「不織布の手当てを済ませ、滅菌や袋詰めなどの工程の取り組み先も整えた。まずは200万着を生産し、その後もニーズに応じて継続していく予定」という。10日には、試作品を経産省に持ち込んでサンプル検討を済ませたという。
発注キャンセルで空いてしまった工場のラインを医療用ガウン縫製で埋めるというのももちろん大切だが、キャンセルなどのシワ寄せを、サプライチェーンの中で一番弱い立場の中小の縫製工場が被るという仕組み自体にも問題があるだろう。「発注キャンセル分は、満額とはいわないまでも一部は発注元のアパレルメーカーや小売り側に補償してほしい。でも、それ(無償キャンセル)が長年の商習慣になってしまっているので変えるのは難しい」と話すのは、関東圏のある縫製工場だ。実際、そのような補償を発注元との契約条件に盛り込んでいるような縫製工場はまずないだろう。“下請法違反”などとも批判されることがあるが、それがこの業界の常識として定着してしまっている。
「店頭で商品が売れないことで、素材や製品などを工場側で預かることになったが、この状態が今後数カ月続くのであれば預かるための倉庫代だって本当は発注元に払ってほしい。今までは供給サイクルがまわっていたので1カ月くらいは期限を超えても預かってきたが、先行きが見えない中でいつまでも預かることはうちとしても苦しい」。そんな問題も同工場は指摘する。とはいえ、内部留保たっぷりなごく一部の大手企業を除き、アパレルメーカーや小売りも厳しい状態にあるのは同じ。今は、サプライチェーンのどの部分においても同程度の痛み分けとなるようなポイントをどうにか探すほかはない。そして、コロナが終息した後に、あらためて持続可能なサプライチェーンについて業界全体で考える必要がある。