世界各地でロックダウン(都市封鎖)となり外出制限が続く中、多くの男性がグルーミングの習慣を変えたり、新しいひげのスタイルに挑戦したりしている。当初はきちんとグルーミングを行っていた男性たちだったが、封鎖が続き理髪店も休業する中、だんだんとひげ剃りなどを怠るようになり、“コロナひげ”をたくわえるようになってきている。
“コロナひげ”とは、その名の通り新型コロナウイルス感染拡大で都市が封鎖される最中に伸ばすひげのことで、トニー・スターク(Tony Stark)のような顎ひげや口ひげにつながるスタイル、マトンチョップと呼ばれる太いもみあげやNBAのスター選手ジェームズ・ハーデン(James Harden)のような長いひげまで、そのスタイルはさまざまだ。
マーケティングや調査を行うファースト&ファースト・コンサルティング(FIRST & FIRST CONSULTING)のデボン・ツダットニー(Devon Zdatny)最高責任者(CEO)は、「男性の多くはこれを機にクリエイティブな挑戦をしている。当初は、ひげなんて『どうでもいい』と気にしていなかった男性も徐々に『試してみようかな』と意識が変化している」と言う。
ツダットニーCEOは、「米国の男性の4人に1人がひげを伸ばしていて、これまで無精ひげだった3人に1人はひげをさらに長く伸ばしている。この傾向は、25〜44歳の既婚者もしくは真剣に交際中の人で、顧客対応業務などの管理職として高給な職業についている男性に特に多くみられる」と語る。
デオドラントやスキンケア商品などを展開する「オアーズ+アルプス(OARS + ALPS)」のミア・ダッチナウスキ(Mia Duchnowski)共同創業者兼CEOは、「男性がひげを整える動機がなくなってしまった」と言い、「ソーシャルメディアや弊社カスタマーサービスからは、『身なりをきちんと整える必要性を感じなくなった』との顧客の声を聞いている。オンライン会議ツール『ズーム(Zoom)』は高画質じゃないし実際に人と会うのとは違うので、ひげが多少整っていなくても問題ないと思っている人は多い」と語った。
メンズグルーミングブランド「べヴェル(BEVEL)」などを手がけるウォーカー&カンパニー(WALKER & COMPANY)のティア・カミングス(Tia Cummings)=マーケティング・バイス・プレジデントは、「多くの顧客がひげを伸ばした写真などを投稿している」と言い、「外出できず家にこもる生活では毎日ひげを剃る必要性を感じないのだろう。伸ばしている途中のマダラひげ状態をさらしたくなかっただけで、ひげを伸ばしたいという願望はこれまでも持っていたのかもしれない」と付け加えた。
新型コロナが感染拡大し始めた2月末当初は多くのメディアが、医療用保護マスクを着用する際の望ましいひげを説明したアメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)の画像などを紹介し、すべての男性に対しひげを剃ることを推奨した。その後同センターは、「業務で保護マスクを着用する人以外に対してひげを剃ることを勧めるものではない」と述べている。
一方ではひげ剃りを続ける人もいる。ツダットニーCEOは、「ひげを伸ばして維持するのが面倒な人がいる一方、誰かに影響されて伸ばす人もいる」と語る。ファースト&ファースト・コンサルティングのリポートからは、「男性のひげの傾向は両極端に分かれている」ことが分かったという。
「ジレット(GILLETTE)」「アート・オブ・シェービング(THE ART OF SHAVING)」の広報を担当するアーメッド・リズク(Ahmed Rizk)は、「家でのグルーミング商品の検索件数や需要が大幅に増えている。特にひげのスタイラーやトリマー、IPL(光脱毛器)商品などが伸びている」と述べた。「べヴェル」のカミングス=バイス・プレジデントは、「ビアードトリマーやバルム、オイルなどがよく売れている」と述べ、「特にトリマー、シェービングキット、ビアードバルムの人気が高まっている」と付け加えた。
「オアーズ+アルプス」では、1月末からビアードオイルの販売が週を追うごとに倍増しているという。自然派メンズグルーミングブランド「マーピリム(MAAPILIM)」のジョナサン・ケレン(Jonathan Keren)創業者は、「ひげ用のシャンプーやコンディショナーの人気が上がっている。3月に発売開始した地肌用の美容液の売れ行きも好調」と言い、「ひげのケア関連アイテムの販売が45%伸びた」と明かした。
メンズスキンケア&ヘアケア商品を取り扱う「スコッチポーター(SCOTCH PORTER)」のカルバン・クオリス(Calvin Quallis)創業者は、「これまでは2つの商品を同時に買っていた顧客が、今はシャンプーやコンディショナー、美容液などひげのケアアイテム一式をセット買いしている」という。同氏は、「ひげを伸ばすことは男性にとって個性やスタイルの表現の延長」と言い、「健康的なひげをたくわえた男性は、こういう時期でも大事なひげの手入れに時間をかけている」と語った。
また、メンズフレグランスやスキンケア商品を取り扱う「フルトン&ローク(FULTON & ROARK)」では、シェービングクリームの売り上げが2倍以上に増えたという。ケビン・ケラー(Kevin Keller)共同創業者は、「顧客の多くがテレビ会議に多くの時間を費やしていて、会議の相手だけでなく、自分の顔を眺める時間も長くなっている。取引先の理髪店から聞いたのは、これまで店でひげを剃っていた男性が自分のシェービング技術を磨いているということ。新型コロナ収束以降も最高のシェービングを追求する男性がいても不思議ではないだろう」と語った。
新型コロナ収束後のグルーミングトレンドはどう変わるのだろうか。クオリス氏は、「男性のグルーミングの習慣は続くが、より価格重視になり、低価格のシャンプーや低料金の理髪店を求めるだろう」と予測する。同氏は、「グルーミングや自分の外面をよりよく見せることはこれまで通り重要となるだろう。グルーミングをすることは自分の気持ちにつながるもので、誰でも気分よくいたいもの。セルフケアが大切なことは今も変わっていない、ただ方法が違うだけ」と語った。
また、業界が迎える変化については、「利己的ではない方法で顧客の生活に付加価値を与える企業が増えるだろう。インスタグラムで『スコッチポーター』が行ったワークアウトやグルーミング、クッキングのライブショーや、『アート・オブ・シェービング』のバーチャルバーバーショップ、そして『フルトン&ローク』が最前線で闘う人にギフトカードを贈る取り組みなどがその例だ」と述べた。
ダッチナウスキCEOは新たな商品カテゴリーの可能性を示唆し、「原材料にアルコールを使用することをやめていたが、今は手の消毒用商品を求める顧客も多い。男性たちは、ラグジュアリー感や心地よさよりも衛生やセルフケアを重視するようになっている。これは大きな転換で、私たちも考え方を大きく変えつつある」と述べた。
一方、ツダットニーCEOは、封鎖が解除されれば“コロナひげ”もなくなると予測する。「職場は変化するだろうが、法律事務所や中小企業などでひげを伸ばした姿が受け入れられるとは考えにくい」と言い、「新型コロナ収束後のトレンドはひげから衛生へと移行するだろう」と述べた。