ファッション

佐久間裕美子のNYリポート 新型コロナ禍を機にサプライチェーンを再考する

 アメリカ・ニューヨークは、3月中旬からロックダウンが始まり、食料品、医薬品を扱う小売以外の店舗は基本閉業。外食業界はテイクアウトのみ。経済再開は早くても5月以降の見通しだ。

 新型コロナウイルス感染がニューヨークでも広がり、もともとマスクを着用する習慣のなかったアメリカ人がマスクを求めて殺到すると、あっという間に医療従事者たちに行き渡るマスクすらもなくなった。が、それとほぼ同時に、国内で生産するブランドが「マスクを作ります」と宣言し始めた。今、「ギャップ(GAP)」「トミー ヒルフィガー(TOMMY HILFIGER)」「L.L.ビーン(L.L. BEAN)」といったアパレル企業が、新型コロナの前線に商品を提供している。

 3月19日には、世界的なサプライチェーンから無駄をなくすために、サプライチェーンのプレーヤーたちの連合として2018年に設立された「ザ・ワールドワイド・サプライ・チェーン(THE WORLDWIDE SUPPLY CHAIN)」が、COVID-19イニシアチブをローンチした。PPE(PERSONAL PRPTECTIVE EQUIPMENT)と総称される医療従事者の防護服の需要に追い付くために、生産のインフラを持つファッション業界、またその他のグッズのメーカーと、病院や、病院で必要な資材を確保する支援団体をマッチングして、医療現場で働く人たちが物資の不足によってリスクを負わない状況を確保することが目的だ。ファッション業界の発注プラットフォーム「ジョア(JOOR)」が実際の売買を担当し、サプライチェーンの動きを可視化するためのデータベースは、オーガニゼーションツールのアプリ「エアテーブル(AIR TABLE)」が提供した。

 アメリカで日に日に深刻になる医療関係者が必要とする物資の不足は、今も緊張状態にはあるが、これまで医療機器の業界とは無縁だったファッション業界が、新型コロナの危機に迅速に対応し、対策に参加している姿は頼もしいというほかないが、一方で、業界の未来は明るくない。2月のことを思い出してみると、ウイルス自体がアメリカに上陸する前に、中国からの物流が遮断されたことで、じわじわとファッション業界のサプライチェーンに影響が出始めた。商品が届かない、パーツが届かないといったことによって店に出す商品がない、カタログやエディトリアルを撮影することができないという影響が出たのだ。その後、売る商品がなくなるのではという懸念は、病人が増える、病院の対応が追い付かないという状況と、「不要不急」に相当しない世の中のビジネスを全て止めるという決断に押し流された。

 人との接触を極力減らすオンラインでの商業は維持されてはいるが、業界全体の規模が縮小するのは必至である。こうした状況に最初に影響を受けるのは、特にファストファッションに代表される、複雑なサプライチェーンの末端に存在する途上国のワーカーたちである。すでに、欧米の企業からの注文を受けて生産を行う途上国の工場の多くが生産を縮小したり、一時停止したりしたため、バングラデシュのような生産国ではすでに大量の失業者が出ている。リーバイスのように、サプライチェーンに属する全プレーヤーに援助金を手当する企業も出てきているが、新型コロナ禍が去ったとき、現存するサプライチェーンのどれだけが生き残っているのか、またその後、どれだけの商材が必要とされるのかを想像するのは難しい。

 新型コロナ禍は、これまで肥大し、近年になって少しずつ持続性を取り入れてきたファストファッション業界の生産のサイクルを強制的にストップすることになった。環境メディアや言論の世界からは、新型コロナという歴史上の大事件をきっかけに、消費者も企業も、新型コロナ渦前の世界に存在していたファストファッションの商習慣と別れを告げるべきだという声が聞こえてきている。

 新型コロナ禍以前から、複雑になりすぎたサプライチェーンを一度壊し、消費者が求めるだけの商材を必要なだけ作り、それを売り切るというシンプルな仕組みを構築することの必要性が叫ばれてきた。「ザ・ワールドワイド・サプライ・チェーン」のような団体による生産のキャパシティーを持つ作り手と、買い手を結び、必要なものを必要な場所に届けるという試みが、今、新型コロナのおかげで人の生死を左右する現場で実践され始めている。新型コロナによって、世の中の価値観が書き換えられている。新型コロナが終息したあと、社会が持続性の低いファストファッション的習慣に戻らないことを祈るばかりである。

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佐久間裕美子/文筆家:ニューヨークに22年在住。ファッション、カルチャーから、社会、政治にまたがる幅広いトピックについて書く。著書に「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)

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