新型コロナウイルス感染症拡大が、世の中のあらゆる業種・分野にデジタル化を迫っている。アナログだと言われ続けてきたアパレル業界においてもそれは同様だ。オフィスワークをリモートに切り替えたり、実店舗で行ってきた接客をSNS上に移したりといったさまざまな動きが出ているが、アパレル業界におけるアナログ業務の最たるものの一つとして忘れてはならないのが、展示会での受発注作業だろう。コロナショックを背景に、この分野も急速にデジタル化が進んでおり、コロナ収束後もそれが元に戻ることはなさそうだ。トレードショーや展示会に出掛けてブランドを探し、オーダーシートを送って買い付けるというこれまでの業界のビジネスのあり方自体が、大きく変わろうとしている。
数年前から、ネット上で絵型(ラインシート)を確認し、受発注できる「ターミナル・オーダー(TERMINAL ORDER)」などのオンラインショールームサービスは日本ブランドの間でもじわじわと広がっていた。各店のバイヤーからブランドに届いたオーダーシートを、営業担当者が人海戦術を駆使して集計するというのが業界の長年の通例だったが、こうしたオンラインサービスを使えば、煩雑な集計作業が軽減できる。同時に、地方個店のバイヤーなどにとっては、わざわざ毎回出張して展示会に足を運ばなくても発注できるというメリットがある。
そうしたサービスの黒船として、このところ日本で急速に存在感を強めているのが米国発の「ジョア(JOOR)」だ。伊藤忠商事が2019年1月に10億円規模を出資しており、日本では同社が独占的な戦略パートナーとして、19年秋以降動きを本格化している。10年に創業した「ジョア」は「世界最大規模のBtoBオーダープラットフォーム」を標榜し、現在ファッション関連を中心に53カテゴリー8600のブランドをユーザーとして抱えている。
たとえば、国内では「サカイ(SACAI)」「レリアン(LEILIAN)」「メディコム・トイ(MEDICOM TOY)」などが「ジョア」を導入。海外はラグジュアリーブランドがズラリと並ぶ。「ロエベ(LOEWE)」「ベルルッティ(BERLUTI)」といったLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON )傘下のブランドに加え、ケリング(KERING)、リシュモン(RICHEMONT)といったコングロマリットも導入済みだ。ラグジュアリーのイメージが強いものの、一方で国内では大手バッグメーカーが導入するなど、ジャンルも裾野も広げている。
小売り側では144カ国・地域に20万のユーザーがいるという。なかでも、米百貨店ニーマン・マーカス(NEIMAN MARCUS)や仏百貨店プランタン(PRINTEMPS)、パリの個店メルシー(MERCI)、ECのショップボップ(SHOPBOP)など有力28社は、自社の基幹システムと「ジョア」を連携させて、受発注や在庫管理、売れ行き傾向の把握などをよりスムーズに行っている。基幹システムと連携させた方が効率的だと小売店側に判断させるほど、多くのブランドが「ジョア」を導入しているということでもある。
こうしたサービスは「ターミナル・オーダー」を含め各国に競合があるが、「ジョア」の強みは紹介してきたようにブランド側、小売り側共にユーザーが圧倒的に多いこと。「まず米国ブランドに『ジョア』が広がり、その結果ニーマン・マーカスが導入を決めた。そうしたら、ニーマンと取り引きのある残りのブランドにも広がり、それらを目当てに別の有力小売りが加わるといった具合に雪だるま式にユーザーが増えていった」と、ジョアの森本匡史ビジネスデベロッピングマネジャーは話す。日本国内では基幹システム連携まで行っている小売りはまだないが、「4000弱の店が既にユーザーとなっている」という。
注目したいのは、「ジョア」がSNSのような要素も持ち合わせている点。それによって、ブランド側もバイヤー側も「ジョア」上で新しいクライアントを探すことができる。実際に、卸販売を行っていないある国内ブランドが、直営店店長による店別の発注数量の取りまとめのために「ジョア」を導入したところ(そういった使い方をしている企業も実は多いという)、海外の小売店から「うちも買いたい」と連絡がきた。また、20年1月には決済機能も搭載。国内ブランドが海外の卸先を開拓しようとすると、「売ったはいいが売掛金が回収できない」という話をよく聞くが、そうしたリスクも防げる。
二酸化炭素をまき散らし、パリに集まるのは時代遅れ?
高額品を扱うラグジュアリーブランドが多数導入していることもあり、「ジョア」の2019年の年間流通総額(GMV)は卸ベースで120億ドル(1兆3000億円)、小売りベースで約3兆円と、類似サービスとはケタが2つほど違う。年々伸びていたところにコロナショックによるデジタルシフトも加わり、勢いはさらに加速中だ。ウィメンズの20-21年秋冬パリ・コレクションは多くのバイヤーが出張を取りやめたことで、「2~3月のGMVは前年同期の2.5倍になった。1~3月の結果から見積もると、2020年のGMVは4兆円に届きそう」と自信を見せる。
コロナショックを別にしても、ファッション業界にはサステナビリティの意識が浸透しつつあり、「毎シーズン、飛行機で二酸化炭素をまき散らし、大勢のバイヤーがパリやミラノに集まるような業界の仕組みは時代遅れだ」といった批判も出ていた。「ジョア」さえあれば、もうパリやミラノに毎シーズン集まる必要はなくなる。ソーシャル・ディスタンシングが今後の世界の標準になるならば、この流れは必然だろう。となれば、「ジョア」が業界のビジネスのあり方そのものを変えていく可能性もある。
ビジネスモデルとしては、「ジョア」はブランド側のみが月々の使用料を課金する仕組み。社内4人のユーザーが使用すると想定したミニマムプランで年間利用料は9999ドル(約107万円)。5人以上になれば利用料も順次増えていく。小売店側は無料で使用できるが、基幹システムの連携まで行うとなるともちろんその分の投資が必要だ。「日本では、今後2年間でまず導入ブランドを増やす。それによって自然と小売りも増えていくはずだ。その結果、セレクトショップなどで基幹システムを連携しようというところも出てくるだろう」と、森本マネジャーは期待する。直近では、6月の伊ピッティ・イマージネ・ウオモやパリのメンズ・ファッション・ウイークに参加予定だった日本のメンズブランド群からの引き合いが高まっているという。