ファッション

従業員の信頼を取り戻せるか 連載ストライプ・ショック(3)

 大手SPA(製造小売り)の幹部が嘆く。「ストライプのおかげでファッション業界全体の評判が下がり、新卒採用も厳しくなるかもしれない」。

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出る前のコメントのため、現在は状況が様変わりしているが、ストライプインターナショナル前社長の石川康晴氏のセクハラ報道で業界にネガティブなイメージが広がったことは否めない。ただ、当のストライプの立花隆央社長は弊紙の取材依頼に書面で回答し、「現時点(3月31日)で人材採用への影響は出ていない」と述べている。

 ストライプは就職先として人気の企業だった。服飾専門学校の学生を対象にした「就職を希望する企業」のランキングでは毎年上位につけていた。広瀬すずがイメージキャラクターを務める「アース ミュージック&エコロジー(EARTH MUSIC&ECOLOGY)」などブランドの知名度だけではない。衣料品のサブスクリプション「メチャカリ」、他社ブランドを集めたECモール「ストライプデパートメント」、渋谷の店舗に宿泊施設を併設した「ホテルコエトーキョー」など、話題性のある新規事業に次々に参入。創業地の岡山県では文化・芸術やスポーツ、地場産業の振興にも積極的に取り組む。そんな石川氏の姿がメディアでたびたび紹介され、時代の寵児となっていった。低迷するファッション業界にあって、石川氏および同社を「ポスト・ユニクロの一番手」と持ち上げるメディアもあった。

 冒頭の大手SPA幹部は石川氏について「パブリックイメージが肥大化して、(社内では)誰も意見できない“裸の王様”になってしまったのではないか」と語った。複数の元社員や現役社員らの証言もそれを裏付ける。セクハラ報道に際し、各方面からガバナンスの欠如が指摘されたが、それ以前の問題として石川氏の専横ぶりが眼に余るようになっていた。

イメージと異なるワンマン経営

 銀座のストライプ東京本部。エレベーターから受付に続く長い廊下には、東京本部で働く約300人を一人ひとり紹介するポートレートが壁一面に掲示されている。石川氏は社長時代、「全ての従業員が個性的に生き生きと働く組織風土」を作りたいと話していた。同社を訪れる人は、役員から若手まで社員が笑顔でポーズをとるポートレートを見て、フラットで自由な社風を感じることだろう。

 異業種から転じた山野井朋子さん(仮名、元社員)も入社前はそんな雰囲気を想像していた。だが中に入ると、その落差に驚いた。「役職の人たちは石川さんの言いなりになっている。石川さんに気に入られない人は(仕事の)成果に関係なく降格されてしまうというのが社員同士の共通認識になっていて、実際に不可解な異動がたくさんあった。社員等級はG1からG9(常務執行役員)まで分類されていて、大きなミスを犯したわけでないのに3段階も降格する人もいた」。

 3段階降格で執行役員が次長クラスに退くケースもあったという。降格を不服として退職する管理職も少なくなかった。本部の管理職でさえも物言えぬ雰囲気なのに、若い販売員が石川氏の誘いを断るのは難しい。18年12月の査問会で問題になるまで、社員からのセクハラ情報が適切に処理されることはなかった。

実態を伴わなかった「ガバナンス強化」

 売り上げ規模の成長とともに、石川氏は東証一部への株式上場を公言するようになる。安定成長のために、ソフトバンググループと資本提携を結んでEC運営会社を設立したほか、ベトナムやインドネシアの企業も買収した。ガバナンスの強化に向けて、元ソニーCEOの出井伸之氏、元三越伊勢丹ホールディングス社長の大西洋氏らビッグネームを社外取締役に迎えた。サステナビリティ経営を強力に推進するため、競合他社に先駆けてSDGs推進室を設置した。

 見栄えのよい施策を次々に打ち出したものの、セクハラとその対応を見れば、それらの取り組みが地に足のついたものになっていたかどうかは疑問だ。有名な社外取締役の起用やSDGs推進などは、上場にふさわしい企業体制を作ることが狙いだったが、体質は“石川商店”のままだった。

 石川氏はセクハラ報道の責任をとって3月6日付で社長を退任し、表舞台から去った。それでも創業者である石川氏はストライプの株式を個人で40%、自身の関連会社の保有分を含めると過半を握る。オーナーとして社内に石川氏の影響は残るのか。立花隆央社長は「石川が経営に関わることはない。最終的な経営の決定権は社長である私のもと、新体制で行っていく。所有と経営を分離した体制になる」と否定する。

 今回のセクハラ報道は、特に販売の現場に大きなショックを与えた。「WWDジャパン」が集めた販売員の声は悲痛そのものだった。

 「接客をしていると、セクハラ報道のことを口にするお客さまもいてつらい」

 「この会社で働いていることがとても恥ずかしく、後ろめたくなった」

 「加害者(石川氏)についてどのような処分を行うのか明確にし、二度と同じことが起こらないようにしてほしい」

 現在、全国に広げられた緊急事態宣言によって店舗のほとんどが休業しており、販売員は自宅待機を余儀なくされている。今後についての不安はどの小売業も一緒だ。しかしストライプの従業員は「そもそも会社は信頼できるのか」という根本的な疑問を抱いている。石川氏のセクハラとそれを許してしまった組織風土の検証、そして従業員との信頼関係の回復なしに、新型コロナによる未曾有の危機を乗り越えることはできない。

(おわり)

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