ファッション

編集長が語る 特集「コロナに負けるな 知恵を集めよう」について

「インディーズの群像たれ」

 「ファッションを通じた新しいライフスタイルの提案を」。ファッションビジネスの場でこれまで何度も何度も使われ、もはや陳腐とも言えるこのフレーズがこれほど実感を持つときが来るとは。この一カ月で私たちの生活も街の景色も一変しライフスタイルは激変しました。(この記事はWWDジャパン2020年4月20日号からの抜粋です)

 新型コロナウイルスとの戦いは長期戦になりそうです。収束はしても終息はせず、人との距離を置き続ける環境はもはや新しい常態であり、生活と経済への影響はこの先1年、いや数年続くのかもしれない。実際、米ハーバード大学をはじめ複数の研究機関・研究者が全世界的な終息には時間がかかるという未来予測をしています。その中にあって「コロナの脅威が去った後には、消費爆発がやって来る。それまで耐え忍ぼう」なんて掛け声は安易には掲げられません。初めて体験するこの奇妙な常態を少しでも快適に、明るく過ごすためにまさにファッションとテクノロジーを通じた新しい暮らし方、生き方の提案が待たれています。

 「WWDジャパン」4月20日号は「コロナに負けるな 知恵を集めよう」と題して一冊丸ごと新型コロナウイルスと向き合うファッション業界の現状と未来について特集しました。課題は山積みでいずれも一人、一社では到底解決などできない。だけど諦めず、知恵を集めて希望的ストーリーを描くための土台を作ろう。それこの特集の主旨です。

 取材は20人の記者が12のチームに分かれて進めました。「店頭」「サプライチェーン」「在宅勤務」「テクノロジー」「デザイナーの声」「ラグジュアリー」「デジタル活用が進むショー演出」「世界の業界人の声」「東京五輪」「巣ごもり消費」「アフター・コロナの消費予想」「識者の長期視点」「ファッションロー弁護士による悩み解決」です。どこも課題が山積みですが中でも4月7日に開いた特集キックオフ会議の空気が重苦かったのがアパレルメーカーや工場といった供給側、サプライチェーンのチームでした。今は店頭も非常に苦しい。それでも臨時休業で社員の命を守り、オンライン販売や顧客主義でしのごうという策もあリます。だけど、商品を供給する側に打開策はなかなか見当たりません。臨時休業で動きが止まった店頭から行き場のない在庫が逆流し、メーカー在庫を圧迫しています。積み上がる在庫と工場への相次ぐキャンセル。開くことができない展示会と先が見えない企画内容など、八方ふさがりです。グローバルサプライチェーンも国境閉鎖の前に分断を余儀なくされています。

 ファッション産業のサプライチェーンを構成している企業の多くは中小規模です。止まった店頭の余波を、体力のない中小企業だけが受け止めることになれば、業界全体が沈む。大手メーカーが工場に対して発注済製品の引き取りを一方的に拒否した、などという話も聞きますが、それは悪しき慣習などという言葉では済まされてはならないでしょう。今はまごうことなき非常事態。業界がこの厄災を乗り越えるためには互いに“痛み分け”の姿勢が必要です。

 ファッションビジネスは他産業より参入障壁が低いこともあり、独力でビジネスを立ち上げる個人事業主も多い。独自でありたい、牛の尾より鶏の口でありたい、そんなインディペンデントな姿勢の集合体こそがファッションビジネスの活力であるはずです。10日に小池百合子都知事が発表した東京都の休業要請に応じた中小・個人事業者に支給する「感染拡大防止協力金」の対象に衣料品店や靴店は含まれませんでした。「社会生活を維持する上で必要」とされているという判断ですが、この判断には口惜しい思いの個店が大多数でしょう。ファッション業界とは本質的には「社会生活を維持するには絶対的には必要ない」ものを勝手に作り続けて、提案し続けるインディーズの集まりだと思う。彼ら彼女らをツブせば文化が廃ります。

 本号の表紙を制作するにあたり、デザイナーズブランドやアパレルメーカーの関係者にオリジナルデザインのマスクを着用した写真での参加を募りました。マスクは今やすべての人の必需品であり、目にすることが多いアイテム。デザインを通じて世の中に少しでも元気を分けられたらと思います。送られてきた写真の多くには「自分たちは数人で経営している小さな会社。自分たちが今できることはマスクを作ることだからミシンを踏み続けている」とメッセージが添えられていました。本号表紙と裏表紙のマスクが百花繚乱なように、人の数だけ個性あり。異なる価値を持つインディーズの群像というファッションビジネスの基礎を損なってはいけない。そう思います。

 メディアアーティスト落合陽一氏の言葉を借りるなら、これからはアフター・コロナではなく“ウィズ・コロナ”。人と人が距離を置かざるを得ない新しい暮らしの中でファッションは何が提案できて、どう届けるのか。私たちファッション関係者は今こそ、全力で夢想したい。幸いにも夢想を後押ししてくれるテクノロジーが今はあリます。そして抑圧や不便さはクリエイティビティーを刺激するフックであることは歴史が証明しています。ファッションの社会貢献は新しい暮らし、新しい生き方の提案にあるはず。企業のリーダーだけではなくファッションを仕事を選んだひとりひとりが「今こそ我の出番」と“ウィズ・コロナ”の生活を豊かにするために夢想し立ち上がるときだと思います。

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