「WWDジャパン」4月27日&5月4日号はユニクロ特集です。今回の特集は、ユニクロをブレイク前夜から22年にわたって追い続け、「ユニクロ取材はもはやライフワーク」と語るジャーナリスト、松下久美さんに監修いただきました。松下さんは2010年に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)という本も出版しています。松下さんに今回の特集の読みどころを聞くインタビューの後編(前編はこちら)では、松下さんだからこそ知る柳井正ファーストリテイリング会長兼社長の人となりや、ユニクロの課題に迫ります。
WWD:今回の特集で、柳井社長やキーマン7人の取材に同行し一番驚いたことは、誰もが同じ内容を各自の言葉で話されることでした。それが、企業理念がはっきりしているということなんだと思います。
松下久美クミコム代表(以下、松下):今回あらためて思いましたが、皆さん謙虚ですよね。例えば、必ず「お客さま」という。「客」や「お客」とは絶対言いません。店舗スタッフのことも「お店のみなさん」と呼んでいましたし。それも一つの柳井イズムなんだと思います。誠実さ、謙虚さが根付いている。柳井さんは怒るときも敬語ですしね(笑)。それと、もともと経営理念や原理原則を大切にしてきた企業ですが、特に今は、柳井さんから後継チームへの事業承継のタイミングなので、みなさんそれを強く意識して実践されているんだなと感じました。柳井さんは「(後継者は)リーダーシップがあり、チームを作れるかどうか。スターはいらない」とおっしゃっていましたが、自分のようなカリスマはいないから、力を合わせてチームで経営してね、そして、誰が経営していくにせよ、組織・人材作りをしっかりしてね、ということを社内で徹底して伝えているのだと思いました。
WWD:柳井社長のクリエイティブに対するリスペクトの深さも強く印象に残りました。経営者や商売人という見られ方が強いですが、数字だけを見るビジネスマンでは決してないんだと実感しました。
松下:なかなかそれが世に理解されないんですよね。そういう思いから、前回「WWDジャパン」でユニクロを特集した2018年5月7日号では、「柳井正の真善美」という企画を組みました。ファーストリテイリングはカジュアルチェーンとして成長した企業ですが、祖業は仕立て服など高級品も扱う紳士服専門店。服の素材、仕立て、メンズ服のルール、時代性などについて、柳井さんにはその時代に培われたものがあるはず。雑誌も好きだったようですし。あと、学生時代に世界一周をして各地の街や美術館を見て、世界の文化に触れている。それが柳井さんの血となり肉となっているんだと思います。そして、自分にないものを持っている人をリスペクトして、その才能をユニクロで最大限に発揮してもらいたいという強い思い入れや情熱があると思ってきました。
WWD:ユニクロの世界戦略におけるクリエイティブディレクター、佐藤可士和さんや、元「ポパイ(POPEYE)」編集長でユニクロのグローバルクリエイティブラボ東京 クリエイティブディレクターの木下孝浩さんのインタビュー中に出た柳井社長とのエピソードを聞くと、まさにそういった印象を受けました。
松下:他方、外部からきた人材がフィットしないケースも過去にはいくつかありましたし、去っていった人もたくさんいます。でも、ユニクロを辞めた玉塚(元一デジタルハーツホールディングス社長。元ファーストリテイリング社長)さんや、澤田(貴司ファミリーマート社長。元ファーストリテイリング副社長)さんも、今も柳井さんとは親交があります。他にも、辞めた元社員と外部で会った際に、「頑張っているそうだね」って柳井さんが声を掛け、握手をしてくれて感激したという話も聞きました。今は大きな会社になったのでやや違ってきているとは思いますが、かつては一般社員とも近しい付き合いをしていたようです。私も「ユニクロ進化論」を上梓した際に、内容はともかく、「これはあなたの仕事の一つの集大成だ」と労い、「帯も書いたのに」と言っていただきました。出版前に原稿を見せるのははばかられたので、「ユニクロ本を書きます」とだけ伝えてあったのですが、帯を書いてもらっていたら、売れ行きが10倍違いましたよね、きっと。惜しいことをしちゃいましたかね(笑)。柳井さんは厳しい方ですが、その厳しさの裏に思いやりや人間味がすごくあるんですよね。あとは、ユニクロに対する強い愛情を感じますね。
WWD:コロナショックを受け、「店舗を閉鎖していない国や地域の方が少ない」と柳井社長は話していました。コロナショックをユニクロはどう切り抜けていくと松下さんは考えていますか?
松下:「今は商売を始めてから一番厳しい状況ではないか?」と尋ねたら、柳井さんは「どこが厳しいの?」とおっしゃっていましたよね。あれをやせ我慢と捉える人もいるでしょうが、本当にビジネスチャンスだと考えているんだと私は思います。1990年代後半や、リーマンショック後もそうでしたが、低価格業態は生活防衛意識が高まる不況の時に大きく伸びます。ただ、不況に伸びるとか売り上げを拡大すると表現すると拝金主義みたいに聞こえますが、1枚1900円とか3900円の服をお客さま一人一人に買っていただき、その「ありがとう」が積み重なって売り上げは伸びていくもの。お客さまのお役に立てることを次なるビジネスの原動力へと変えていこうとしている会社だからこそ、こういう厳しい状況下で伸びると思うし、これからどんどん成長していくアジアの中間層も、ユニクロの成長ポテンシャルだと思います。
WWD:一方で、松下さんは「昔に比べると今のユニクロはやんちゃさが少し足りない」「最近は『一勝九敗(注:柳井社長の自著のタイトル)』していない」と感じている部分もあると、特集の最初の構成会議では話していました。
松下:組織が大きくなり、やらなければならないことが増えて、その課題解決に専心しているからだと思います。売上高は国内他社に比べてもともと大きな会社でしたが、以前は驚くような仕掛けが定期的にありました。私がもう一度やった方がいいと思っているのは、05年に行った「セレクロ」。三田真一さんなどのスタイリストを起用し、彼らが選んだ「ユニクロ」商品を、期間限定で青山のイベントスペースで販売するという雑誌「リラックス(RELAX)」との共同企画でした。あと、かつては新商品を発売する度に、記者会見も行っていたんですよね。デニムのプレゼンテーションに藤原紀香さんが登場したり、ブラトップに吹石一恵さんが登場したり。今の「ユニクロ」なら会見を開かずともメディア側は取り上げるし、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の時代なので、プレス向けに新商品発表をするというのは違うと感じているのかもしれませんが、記者としてはもっと打ち出してほしいと思います。雑誌、新聞、テレビなどのメディアとインスタグラマーとでは注目ポイントも異なりますしね。
WWD:確かに、「UT」などでは話題性のある仕掛けの発表も多いですが、「ユニクロ」はそういうものよりも、本質追求、質実剛健といった印象が強いです。
松下:炎上が起こりがちな時代なので、ヤンチャなことが仕掛けづらいということも分かります。でも、たとえばサステナビリティに関してだったら、「ユニクロが手掛けたらサステナビリティでこんなことができた!」とか、「バイオテクノロジーの力によってこんな素材からもサステナブルな服が作れるんだ」みたいな驚くようなことも見せてほしい。もちろん、今のように商品や売り方を実直にサステナブルにしていくことが商売の本筋だと思いますし、カプセルコレクションを出しても売り上げ・収益への貢献は少ないと思います。でもファッションって、そういう“ノリ”みたいな部分も大事じゃないですか。ユニクロだからできることって、たくさんあると思うんですよね。“LifeWear”を掲げ、本質の追求をしているので、そういった方向にはなりづらいのかもしれませんが。
WWD:お客さまを全ての中心に据え、そこから出る要望や不満をもとに商品や販売手法をアップデートしていくという考え方が、ユニクロの強さなんだと今回実感しました。
松下:昔のユニクロは、各品種の商品を決め打ちして半年~1年かけて大量生産し、少品種・大量販売するという形でした。トレンド重視で短サイクル型の「ザラ(ZARA)」とは異なるSPAのあり方を築いてきました。ただ、ユニクロ型だと急ブレーキはかけられないので外れることも多いんですよね。だから、お客さまの声をもとに商品やサービスを作っていく手法を本格的に取り入れて、D2C型をリアルとECとのハイブリッドで実現しようとしているんでしょうね。桑原(尚郎グループ上席執行役員)さんの取材中に、日に何百件も何千件もカスタマーセンターに届く声や、従業員の声の全てに目を通しているという話が出ましたね。お客さまのところで起こっていることが現実であり、一番の答え合わせの場、自分たちの通信簿なんだ、という考え方です。お客さまが第一というのがユニクロの軸。ただし、1998年の原宿店出店以降に売り上げが急拡大したのをきっかけに、システムや部門を継ぎ足し継ぎ足ししてきた過去がある。それに加えてもう一つ、現実に即してしょっちゅう組織改編する風土もあります。それゆえ、どこか対処療法的だったり属人的だったりするんですが、それでもみんな優秀だから乗り越えられてきてしまったところがあるんでしょうね。それが今、物流やサプライチェーン改革などで大きな課題になっている。それらを変革し、ビジネスの全体設計をもっとシンプルにして、基幹部分と、柔軟にクルクル変えられる可変部分とをうまくデザインし、物流量や業務をなるべく平準化するようにしないと、無理・無駄が出てしまい、欲しい時に欲しいものが買えるという、お客さま満足の基本が実現できなくなってしまいます。お客さまの声やニーズを起点に、商品やサービスを最高の形で届けるといった意味で、柳井さんは「エンド・トゥ・エンド」という言葉をよく使いますが、まさにそこがキモなんじゃないかなと思っています。
松下久美:ファッション週刊紙「WWDジャパン」のデスク、シニアエディター、「日本繊維新聞」の小売り・流通記者として、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)