医療現場でのガウンやマスクなどの資材不足が連日報道されている。政府は大手繊維メーカーや資材メーカーなどを通して調達を進めているが、中小の縫製業者による業界団体、日本アパレルソーイング工業組合連合会(以下、アパ工連)も経産省からの要請を受け、医療用ガウンの生産を開始した。4月末までに4万5000着を経産省を通じて納入した。
ガウン生産にはアパ工連に加盟する全国約150の縫製工場が携わっており、9月末までに計140万着を納入する予定だ。アパ工連のもとに、経産省から「ガウンが縫えないか」と打診があったのは3月半ば。そこから素材やパターン、生産工程のリサーチを始め、コストや数量、納期を記した書類を経産省に提出したのが4月上旬だという。4月1日には通例として省庁の人事異動があり、担当者が変わってややゴタゴタした部分もあっただろう。書類が経産省を経て厚労省を通過したのは4月20日だ。「ハンコが下りるのを待って、そこから作り始めたのでは4月末の納期に間に合わない」(アパ工連副会長で東京・杉並の縫製工場ファッションしらいしの白石正裕社長)ため、フライングで素材手当てに動き出し、承認が下り次第すぐ生産に入れるようにした。
政府への納入であるがゆえの難しさは、「走り出してみないとどれくらいの枚数のガウンが生産できるか読めないが、生産数量は書類に書いた枚数から多くても少なくてもダメ」という点だ。万一、当初の想定より多くの枚数が生産できて、医療現場でもまだまだガウンが必要であったとしても、余剰分も納入するためには再度書類を作成する必要がある。しかし、その時にどれくらいの素材を大手素材メーカーから調達できるかが読めないため、書類を再び作成するのはリスクが大きい。官が絡むゆえ、そんなまどろっこしい事態になっている。結局、アパ工連としては、余剰生産分やB品が出た場合は医療機関に寄贈する方向で話が進んでいる。
コロナショックで春夏のアパレル各社の売り上げは大きく落ち込んでおり、秋冬の状況も全く読めない。それに伴い、国内縫製工場のほとんどがアパレルメーカーからの発注キャンセルや発注の大幅減に苦しんでいる。ガウンやマスクの生産は工場を下支えするものにはなるが、もちろん完全に補えるほどではない。それもあって、白石副会長はガウン生産で社会に貢献できることの意義を強く感じつつも、「普段は僕ら(国内の縫製工場)のことをあてにせず海外生産ばかりなのに、こういう時だけあてにする」と、アパレル産業のあり方そのものへの複雑な心情も口にする。
確かに、日本で販売されている衣料品のうち今や国産の割合はたったの2.3%(2018年時点)だ。バブル崩壊以降の生産の海外移転や、長く続くアパレル不況を背景に、「(アパレルメーカーから突然のキャンセルなどを食らって)負債を被り、自殺した同業者は過去少なくない。僕らは使い捨てだ」と、白石副会長は語気を強める。
コロナショックであらゆる業種、分野のサプライチェーンが分断されたことで、今後はリスクヘッジとして生産地を分散化する動きが強まりそうだ。そうなれば、国内縫製業にも海外から仕事が戻ってくるかもしれない。それは国内工場には追い風ともいえそうだが、事態はそう単純な話でもない。前述したように国内にはもはや衣料品全体の2.3%分を生産するキャパシティーしか残されていない。今後しばらくは国産回帰の風が吹いたとしても、いつまた海外に戻るかも分からない。今さら「大きく国産に回帰しようと言ったって無理」と工場側が恨み節を口にしたくなるのも理解できる。
ガウンの生産においても、「民間企業(アパレルメーカーや商社など)が政府や省庁からこの仕事を請け負っていたら、自社の利益を優先して、また縫製工場を使い捨てにしていたと思う」と白石副会長は話す。実際に、“アベノマスク”の生産では国内工場が非常に安い工賃で仕事を請けたといった話も一部メディアに出ている。「もちろん、ビジネスなんだから、それ(自社利益優先)で当然だとも思う。だからこそ、僕らのような営利目的ではない組合が経産省との間に入って同業者に仕事を回すのと、民間企業が間に入って僕らを使うのとでは意味合いは大きく異なる」と続ける。コロナショックは、国内縫製業が置かれたこうした産業構造の問題をあらためてあぶり出している。