1996年生まれの新鋭ラッパーHIYADAMが、ジュエリーブランド「アンボアハンデン(ANVORHANDEN)」を立ち上げた。ブランド名は、ドイツ語で存在や実在を意味する“VORHANDEN”と、英語で否定を意味する接頭辞“UN”を単数の“AN”に替えて組み合わせた造語。「欲しいと思うジュエリーがなかった」という実体験から、主張しすぎず生活になじみやすいリアリティーのあるアイテムをシーズンレスに展開するという。ファッションアイコンとしても注目を集めるHIYADAMが生み出す次世代のジュエリーブランドを、彼の経歴を振り返りながら探る。
WWDジャパン(以下、WWD):ラッパーになったきっかけを教えてください。
HIYADAM:母親の影響で幼い頃からブラックミュージックを聴いていて、R&Bが好きだったんですけど母親に「歌うのがへただからラップをしたら?」と言われたんです。それで中学生の頃から友人たちとラップを始めたんですが、日本一のフリースタイル高校生ラッパーを決める「BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」の第1回と第2回をテレビで見て、「どうすれば出られるんだろう、俺の方がうまいのに」と思ったんです(笑)。それで軽い気持ちで第3回のオーディションを受けたら出場が決まり、優勝しました。
WWD:当時はかなりストリートテイストの服装でしたね。
HIYADAM:同世代の中では洋服に対する意識は高かったと思います。ただ、ブラックカルチャーが好きな1人の子どもとして彼らに憧れてまねしていただけなので、それをファッションとしては捉えていませんでしたね。
韓国のラッパーKid Milliによるヒット曲「WHY DO FUCKBOIS HANGOUT ON THE NET」をリミックスしたミュージックビデオ。「ラフ・シモンズ」や「マーティン ローズ」がリリックに用いられている
WWD:では、ファッションに目覚めたのは?
HIYADAM:上京してからのここ4年くらいです。自分で情報を得るようになったのもありますが、19〜20歳くらいからモデルとしての仕事をもらうようになって、モデルやファッション関係の友人が増えたんです。
WWD:ステレオタイプにとらわれず、数カ月で髪型やスタイルが大きく変わりますよね。
HIYADAM:ヒップホップって、時代を塗り替えたカニエ・ウェスト(Kanye West)やリル・ナズ・X(Lil Naz X)のように、いろいろなラッパーが音楽を吸収して進化させていくからおもしろいと思うんですよね。だから、人と違うことをすることでヒップホップ自体を新しくしていかなきゃいけない、みたいなのが僕の精神にもあって、それがファッションにも表れているんだと思います。それに、もともと人と同じことをするのが嫌いな性格だから、どんなファッションをしたら差別化できるかと考えてたどり着いたのがモードなラッパーだったんです。
NASTY MEN$AHがディレクションした「Brain」のミュージックビデオ。ファッションウイーク中に訪れたパリの街で撮影された
WWD:ミュージックビデオはどれもアーティスティックですが、ディレクションされているんですか?
HIYADAM:NASTY MEN$AHという札幌にいた頃からの相棒と2人でディレクションしています。小さい頃は工作が好きで、いまだにプラモデルを作ることもあるので、何かを作ったり表現したりするのが根っから好きなんです。
承認欲求より自己実現欲求を刺激するブランドに
WWD:「アンボアハンデン」の構想はいつからありましたか?
HIYADAM:2018年ごろからで、リングもネックレスも自分が欲しいと思うジュエリーがなかったことが一番大きいです。いわゆる武骨な“ゴリゴリ系”のジュエリーに興味がなくて、いざ欲しいものがあったとしても高価で、安価なものはシンプルなデザインすぎてつまらない。だから価格を抑えてデザイン的に尖ったブランドを自分で立ち上げようと思ったんです。
WWD:ターゲットは?
HIYADAM:年齢や性別に関係なく着けてもらいたいですが、若い世代に刺さらないと意味がないと思っています。彼らの間で「1個は持ってるよね」と、スニーカーを買うような感覚で「アンボアハンデン」のジュエリーを楽しんで欲しいです。また、これまで若い世代にジュエリーが広く浸透しなかった理由に価格の高さがあると思っているので、メイド・イン・ジャパンの高品質ながらリアリティーのある価格帯にしています。
WWD:なぜシーズンレスに?
HIYADAM:ラッパーはほかのアーティストに比べ、レコーディングしてからリリースするまでのスピードが速いんです。自身のファッション観と流行も3カ月や半年で変化していくので、そのスピード感と温度感をブランドでも保ちたかった。展示会でオーダーを受けてから生産し、手元に届くまでを従来のような流れで行っているとフレッシュ感が損なわれてしまうと考えたからですね。ファーストドロップは6型で、毎月2〜3型ずつリリースしていく予定です。
WWD:インスピレーション源は?
HIYADAM:今一番自分が欲しいものと、日常にあるものの形をジュエリーとしてかっこいいものへと昇華させるイメージで、ヒップホップでいうサンプリング(過去の楽曲や音源の一部を引用し、新たな楽曲を制作すること)の手法ですね。よくも悪くも、悪ふざけを本気で突き詰めていきたい。自身の楽曲でも、3日考えて書いたリリックよりも10分で書いたものの方が評価されることも多いんです。深く思考しすぎると共感者がいなくなってしまうから、ライトな着地点を目指します。大切なのは時間じゃないです。
WWD:ブランドのシグネチャーアイテムをイヤーカフにした理由は?
HIYADAM:過去にメンズのイヤーカフが欲しいと思ったときに見つからず、ウィメンズのものを着けていたことがあったんです。そもそもイヤーカフを着けている男性があまりいないのは、単純に手に入らず選択肢にないからだと考え、新しいスタイルとして提案していきたかったんです。今回のデザインを「ナイキ(NIKE)」の“エア フォース 1(AIR FORCE 1)”のようにブランドの定番にしつつ、別のイヤーカフも作っていきたいと思っています。
WWD:ラッパーというと、派手なジュエリーを想像しがちですが。
HIYADAM:ヒップホップには派手に着飾る文化があり、今でも根強く残ってはいます。でも最近は、海外を中心に男性らしい色気を持つエレガントなラッパーが現れ始めています。彼らのようなセクシーな男性には、主張しすぎないチラ見せのフェティズムがある「アンボアハンデン」のようなジュエリーが必要になっていくはずです。
WWD:今後の展望は?
HIYADAM:欲求は、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5段階あるといわれています。この中で「アンボアハンデン」を、承認欲求よりも高度な自己実現欲求を刺激するようなブランドにしていきたいです。他人に認められるよりもなりたい自分になれる、そんな人生が変わるよう体験を提供したいですね。