日本人の若き起業家2人が2018年に立ち上げた、アジアブランドのみを販売するオンラインのセレクトストア、シックスティーパーセント(SIXTYPERCENT)は現在、韓国、インドネシア、ベトナム、中国、台湾などをはじめとするアジア15カ国のストリートブランドを取り扱っている。ブランド数は100を超えてさらに拡大中だ。コロナ禍の先では「シンプルで本質的なゲームに世界中のブランドが引きずり出されるだろう」と語る同代表の真部創業者。世界の人口の60%がアジア人で構成されていることから名付けた「シックスティーパーセント」を運営する2人は、これからのアジアのファッション市場をどのように見ているのか?
WWD:現在扱っている国で一番勢いのある国はどこか、そしてその理由は?
松岡那苗シックスティーパーセント最高執行責任者(COO)兼共同創業者(以下、松岡):一番勢いがあると感じているのは韓国ですね。やはり国を挙げて音楽とファッションに力を入れていることもありますし、韓国のデザイナーたちは口をそろえてK-POPの波がファッションの底上げに貢献していると言っているのが印象的でした。シックスティーパーセントも注文がアジアのみならずアメリカやヨーロッパからも頻繁に入っていて、欧米からの注文の約8割が韓国ブランドの注文ということもあり、K-POPから韓国ブランドを知る流れが浸透していると思います。
インドネシアやベトナムが東南アジアのハブに
WWD:シックスティーパーセントで扱っているアジア15か国の中で、売り上げが高い国の上位5カ国は?
松岡:韓国、インドネシア、ベトナム、タイ、中国です。シックスティーパーセントが制作したドキュメンタリーにもある通り、インドネシアやベトナムは現在、スケーター文化の浸透などによって、東南アジアのストリートカルチャーのハブとしての地位を確立しつつあります。とあるタイのデザイナーが「多くの学生が大学を卒業したらとりあえずストリートブランドを立ち上げる」と話しているくらいブランドが競争環境にあることが、東南アジアのみならず全世界で今アジアのブランドが注目されている理由になっているのではないかと思います。
WWD:インドネシア、ベトナムでは具体的にどのようなブランドが人気なのか?
松岡:「クルーズ(CROOZ)「テンクスインソムニア(THANKSINSOMANIA)」「アーバイン(URBAIN)」というストリートブランドです。「テンクスインソムニア」は、近年ミレニアル世代で人気になっているブランドで、インドネシアという土地ながら80%以上の売り上げがオンラインで、サイトに商品をアップすると1秒で完売するといわれています。「アーバイン」はストリートカルチャーメディアからスタートしていて、創立者が毎回ストリートカルチャーの重鎮(インドネシア人)をゲストに迎えてトークをする企画をインスタグラムで行っていて話題を呼んでいます。
WWD:サイト内での上位売り上げトップ3のブランドとその理由は?
松岡:1位が「メッケンチップス(MCM CHIPS)」、2位が「フライ(FREI)」、3位が「モアザンドープ(MORE THAN DOPE)」です。「メッケンチップス」はもともと韓国国内でカルト的な人気を誇るブランドで、新作ローンチの際、50人以上は常に店の前に列をなしています。販路をあえて狭めていて、日本での取り扱いはシックスティーパーセントのみであることもあり、日本のみならず世界からシックスティーパーセントにオーダーが集まっています。
「フライ」は、2018年の東京コレクションにも参加したブランドで「フライノック(FREINOCK)」のセカンドラインという位置づけ。超新星のゴニルがブランドのディレクターとして関与していることもあり、日本ではもともと知名度が高かったブランドでした。「モアザンドープ」は韓国発のビンテージストリートブランドとして、トップスタイリストのハ・ハンソル(Hanseul Ha)が立ち上げたブランドです。韓国のヒップポップアーティストが着用していることで有名になったブランドで、シックスティーパーセントがスタートして最初に入店したブランドだったこともあり、当初から根強いファンがついているのが理由です。
アジアは2025年に100兆円市場に成長
WWD:アジアのマーケットは実際にどのくらい伸びている、そして今後伸びる可能性があるのか?
真部大河シックスティーパーセント最高経営責任者(CEO)兼共同創業者(以下、真部):日本国内のファッション市場は成熟していますが、アジア全体でとしては成長市場です。また世界で見ると欧米や西欧のシェアが落ちてアジアや東欧がシェアを伸ばしています。そして全体の4割がアジアで、2025年にはアジアで100兆円を超えるといわれています。アジアのファッションやカルチャーが世界で評価されてきたことにより、今まではアメリカやヨーロッパのファッションを主に消費していたアジア人が、自国のブランドを消費する傾向にあります。そういった現象がアジア各地で起き始めています。
松岡:インドネシアなどは毎月飛躍的に売り上げが伸びています。もともとインドネシア、タイ、また韓国などはローカルブランドが多く、ローカルブランドをサポートする意識が強いため、国民のファッション意識が高まるほど、自国のブランドに対してお金を払うという考えが強くなっているようです。
WWD:なぜローカルブランドをサポートする意識が強い?
松岡:各国のデザイナーと話して感じた印象ですが、やはりどの国の人であっても、アジアはファッションの生産国であり、クリエイティブを引っ張っている国ではないという偏見を常に感じていて、それを覆したいと思っているのではないかということです。そういう意識はデザイナーのみならず、アジア各国の消費者にも根付いており、消費者もデザイナーも自国のブランドを盛り上げようという根強い反骨精神があると感じます。
WWD:日本にはまだ欧米への憧れは根強く残っていそうだが、何か価値基準などで感じることはあるか。それはストリートやスケート文化に特化したことか?
真部:確かにまだ欧米への憧れは根強いですが、ストリートやスケート文化に限らず、その価値基準自体も変わりつつあると思います。音楽などは分かりやすくそうです。
16年頃からヒップホップが世界で再ブレイクをしたときには、88risingなどアジア人のラッパーがUSチャートをにぎわしました。19年のコーチェラ(Coachella Valley Music and Arts Festival)にもPerfumeやBLACKPINKが出演するなど、欧米の音楽ファンもアジアの音楽シーンに注目し始めています。そういったアジア人アーティストたちがファッションアイコンとしても人気となり、ヒップホップやストリートシーンでいうと、そのうちカニエ・ウェスト(Kanye West)みたいな人もアジアから出てくると思うんですよね。そして、まだ欧米への憧れが根強く残っている層にも、欧米でアジアが注目を集めて逆輸入されることで、その層にもこれからどんどんアジアのカルチャーの消費が根付いていき、むこう5年くらいで価値基準が大きく変わると思います。
WWD:日本で人気のブランドは?
松岡:シックスティーパーセントの中でいうと、上に挙げた「メッケンチップス」や「モアザンドープ」などの韓国ブランドは人気が根強い印象です。韓国からいち早く情報を入手し、ブランドが発表する何日も前に新作発表日はいつですかという問い合わせを受けることがとても多いです。
WWD:日本の企業がアジア諸国に入り込む余地はあるか?その逆で、アジアのストリートファッションはどこまで日本に浸透すると思うか?
真部:余地はあると思います。今もなんだかんだアジア人ってアジア発のブランド好きだし、人気ですよね。サイズとかもちょうどだから買いやすいし、カルチャー的にもマッチするし。19年12月に「インナーセクト(INNERSECT)」という中国のストリートファッションの大きな展示会に出店した際、「#FR2」や「ガールズ ドント クライ(GIRLS DON’T CRY)」などの日本から来たブランドのブースに多くの人が列をなして集まっていました。ちゃんと世界に目を向けているブランドはこうやって多くの人に愛されていて可能性しかないなと感じました。もちろん簡単なことではないと思いますが。
そうやって海外で人気のブランドがでてくると、日本でも逆輸入で人気が出ると思います。今ってこれだけ情報が民主化していたらどこの国ブランドだからとかはあまり関係ないですよね。インスタとかでイケてるブランドを見つけたら、それがどこの国だろうとその場でポチって買えちゃうんで、どの企業も同じ土俵で世界を対象にビジネスができます。シンプルに顧客が欲しいかどうかだと思います。
WWD:コロナ禍における状況を聞きたい。売り上げはどのくらい変化があったのか?4月の昨対は?
真部:まだ立ち上げて1年強なので、昨年比ではあまり新型コロナの影響は測りづらいのですが、昨年対比では10倍以上にはなっています。たとえば、この4月は3月に比べて倍くらい伸びています。中でもアメリカやヨーロッパといった海外からのオーダーがかなり増えたのが印象的でした。
WWD:欧米からのオーダーが増えた理由は何か?
真部:オーガニック流入による購入が多かったので、長い自粛で余暇が増え、SNSとかをいろいろ調べていたらイケてるブランドを見つけたとかかもしれません。購入先を探していたらシックスティーパーセントが見つかったみたいな。サイトも英語対応で5カ国ほどの通貨で購入可能にはなっているので。3~4月は海外からの流入が倍くらいになりましたが、今はまだ日本を中心に展開しているので、基本的には8~9割は日本のお客さまです。日本以外での積極的なPRなどもまだ一切行なっていません。
自国でサプライチェーンを完結できるアジアブランドの強み
WWD:扱っているアジア15カ国の中には生産国もあるが、コロナ禍でサプライチェーンはどのような状況にあるか?
真部:確かに生産国が多いため、一部で生産のストップや入荷遅延によるキャンセルなどは見られましたが、今一番取扱高の大きい韓国のブランドも含め国内工場での生産が多いため供給側に大きな問題ありませんでした。国外での生産に依存することのリスクが浮き彫りになった今、自国でサプライチェーンを完結できるのはアジアブランドの強みだと思います。工場側も、国内メーカーの方が未払いリスクや受注キャンセルリスクなども低いので今後も取り引きに前向きですね。
WWD:自国でサプライチェーンを完結させる動きは強まると思うか?
真部:自国でサプライチェーンを100%完結させるというのは、仮に今回の新型コロナのような有事が自国で起こった場合に、自国で全て完結させていると全てストップしてしまうので、そういう意味ではリスクヘッジで生産国を分散させることは必要かと思います。ただし先進国のように海外で全てのポートフォリオを組むのではなく、自国の生産率が高い状態で、リスクヘッジとして海外でのポートフォリオを組むことができるのがアジアの強みになると思います。さらに、アジア間で分散させることで言語や地理的にも非常に連携しやすいということも強みになると思います。
WWD:新型コロナ禍で影響を受けたブランドの話などは出てきているか?
松岡:インドネシアを代表するストリートブランド「クルーズ」のデザイナーから聞いた話だと、インドネシアもみな店舗はクローズ状態で、またホールセールビジネスがストップしてしまっているのはマイナスポイントです。でもローカルブランドをサポートするという国民性が強いため、4月にオンラインセールを行ったところ、通常の20倍の売り上げを達成するなど、新型コロナ禍で逆にブランド自体の売り上げは伸びていて、よいインパクトも受けています。これまで一度もセールをしないというブランディングを行っていたことも関係するかもしれません。でもこの新型コロナの状況下では、誰もセールをすることでブランディングが落ちると危惧する者がいないから、ありとあらゆる戦略を今だからこそ立てられると聞きました。
シンプルで本質的なゲームに世界中のブランドが引きずり出される
WWD:アジアファッションの台頭はどのように変化していくと思うか。そして、今回の新型コロナ禍はどのように影響していくと思うか?
真部:新型コロナ禍で、ショーや展示会など古くからある業界の商習慣や百貨店やモールでの販売チャネルも全てが止まったため、オンラインを中心にどうやって顧客と直接つながり、どうやって顧客に直接支持されるか、シンプルに欲しいかどうかという、まさに“シンプルで本質的なゲームに世界中のブランドが引きずり出されているな”という印象です。そしてこの自粛の影響はまだまだ続くと思うので、そういう意味では、今までも業界ルールや既存の売り方にとらわれずにローカルで根強い人気を築いてきたアジアのブランドは強いです。
今はファッションだけでなく音楽など、アジアのカルチャーが世界で評価されており、今後さらに世界で浸透していくと思います。そして、今まではファッションや音楽ではアメリカやヨーロッパがメインストリームでしたが、そこにアジアが食い込むことで、アジア人自体が、よりアジアのファッションや音楽を楽しむ時代になると思います。なので、すでにローカルで根強いファンがいるブランドなどは、今はそれがアジア全体で広がる可能性を持っているということになります。そういった可能性のあるブランドを僕たちは集めており、シックスティーパーセントが、アジア人を中心に世界で愛されるブランドを生み出していくプラットフォームでありたいと思っています。