米ミネソタ州ミネアポリスで5月25日に、黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡した事件を受けて、全米で抗議運動が起きている。当初は平和的に行われていたデモが、全米に広がるにつれて一部の参加者が暴徒化しているものの、アメリカでは「店の破壊や略奪行為はよくないことだが、その気持ちは分かる」として一定の理解を示す人もいるという。数百年にわたって構造的に行われてきた黒人差別に対する積もり積もった怒りや無念さが、フロイド氏の事件をきっかけに爆発したと見ているからだ。
大規模なデモが行われたロサンゼルス・フェアファックス地区に住む米「WWD」のブース・ムーア(Booth Moore)西海岸部門エグゼクティブ・エディターによる記事を紹介する。
私が住むフェアファックス地区で5月30日に行われた抗議運動「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」は、とても平和で素晴らしいものだった。さまざまな人種や年齢の人たちが抗議の声を上げ、スローガンを掲げ、膝をついて連帯を示した。新型コロナウイルスに感染するリスクがある中、大勢の人々が運動を支援するために集まったのだ。
黒人デザイナーが連帯して支援し合うための組織、「ブラック・デザイン・コレクティブ(Black Design Collective)」のケヴァン・ホール(Kevan Hall)創設者は、「アトリエの屋根からその光景を目にして、この若者たちが未来を変えていくと確信した」と語った。
しかし、ある瞬間から雰囲気が変わった。デモ隊が商業地区の中心に近づくにつれて交通の妨げとなったため、警察が出動。大声で怒鳴り合う様子があちこちで見られ、参加者が市バスを乗っ取って屋根に上るなど混乱が大きくなっていった(バスの運転手は無事だった)。現場には大勢の武装警官が配備され、参加者を1カ所に集めようと人々を威圧し始めた。緊張感が高まり、ついに──タガが外れた一部の参加者がパトカーを破壊し、警察は応戦のためゴム弾を発射。大混乱の中、放火や店の略奪行為が始まった。
その勢いはあっという間に広がり、当日の夕方にはロデオドライブの「アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)」やその近くにある「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」「ナイキ(NIKE)」などの店が襲撃され、「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」の店の看板には今回の事件で殺されたフロイド氏や、数年前にやはり人種差別の犠牲となったサンドラ・ブランド(Sandra Bland)氏の名前が書きつけられた。
ホール創設者は、「こういう展開になってほしくなかった。混乱に乗じて略奪することは、フロイド氏の殺害をきっかけに起きたムーブメントを乗っ取り、そのメッセージを台無しにしてしまう」と懸念を表した。
ビンテージショップ「ザ・ウェイ・ウィー・ウォー(THE WAY WE WORE)」のドリス・レイモンド(Doris Raymond)=オーナーは、「店が組織的なグループに襲われ、4万5000ドル(約480万円)相当の商品が盗まれた。犯人らはさまざまな人種だったが、こうした略奪行為が人種差別をさらに助長することを考えるととても腹立たしい。それも彼らの狙いの一つだと思う」と述べた。
混乱に乗じて略奪行為を働く者がいるにせよ、その根底には社会的な不均衡や経済格差に対する怒りがある。新型コロナウイルスの犠牲者のうち半数以上が黒人であるなど、命にかかわる問題で人種間の格差が浮き彫りになった矢先にフロイド氏の殺害事件が起き、くすぶっていた怒りの炎に油が注がれてしまったという側面があることを忘れてはいけない。
「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」のヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が運営者の一人であるシカゴのセレクトショップ、RSVPギャラリー(RSVP GALLERY)も略奪の被害に遭ったが、ヴァージルは「それで痛みが癒やされるなら、持っていっていいよ」と自身のインスタグラムのストーリーに投稿した。
フロイド氏が殺害されたことに抗議するデモが激化する中、私は襲撃された店舗などの写真をインスタグラムに投稿したが、デザイナーのジャスミン・ショクリアン(Jasmin Shokrian)から「問題の本質から目をそらさせてしまう」との指摘を受け、考えさせられた。ソーシャルメディア上では、フロイド氏が殺害されたことよりも、店への略奪行為に対する怒りの声のほうが多いように感じる。まるでブランドもののハンドバッグや限定品のスニーカーのほうが、黒人の命よりも価値があると言っているようだ。
元NBAのスター選手で、現在はビジネスマンであり活動家でもあるカリーム・アブドゥル・ジャバー(Kareem Abdul-Jabbar)は「ロサンゼルス・タイムズ(LOS ANGELES TIMES)」紙に論説記事を寄稿。同氏は、「抗議行動が理解できないって?あれは瀬戸際まで追い詰められた人々の姿だ。この国では人種差別が制度的に行われており、黒人は教育機関や司法制度、職場などのあらゆる場所で差別されることに慣れている。私たちはずっと、人々や政治の意識を変えるべく新聞や雑誌に寄稿したり、テレビ番組に出演して説明したり、世の中を変えるという政治家に投票したりしてきたが、差別的な状況はほとんど変わっていない」と訴えかけた。
1991年、黒人男性の故ロドニー・キング氏がロサンゼルス市内を運転中にスピード違反を起こし、車から降りて無抵抗だったところを4人の警察官(白人3人、ヒスパニック系1人)に激しく暴行された。この様子が偶然撮影されており、テレビで放送されたことからロサンゼルス市警に対して強い批判が湧き起こったものの、後の裁判で警察官が4人とも無罪となったため、ロサンゼルスで大規模な暴動が起きた。このときはロサンゼルスのみでのことだったが、今回の抗議デモは全米で行われている。今度こそ、何かが変わるのかもしれない。
ストリートウエアブランド「ハンドレッツ(THE HUNDREDS)」のボビー・キム(Bobby Kim)共同創業者は、店が破壊されて略奪に遭ったにもかかわらず、自身のインスタグラムに「君たちがうちの玄関先で暴動を起こしたとしても、僕は君たちと共に立つ。絶対に抗議することをやめてはいけない」と投稿して連帯を示した。しかし、同氏は逆に反発を受けることになってしまった。複雑な話だが、同氏はアジア系アメリカ人で有色人種ではあるものの、ビジネスのオーナーとして成功しており、店が多少の損害を受けたとしても問題がないぐらい経済的に恵まれているからだ。
それでも、同氏は抗議運動を支持するという。「誰かを肉体的に、もしくは経済的に傷つける行為を容認はしないが、こうしたデモがもっと頻繁に起きていないことにむしろ驚く。黒人社会は30年以上にわたって差別撤廃を礼儀正しく訴えかけてきているし、それ以前には何百年もの間、苦難を耐え忍んできた。今回の抗議運動に対して知らないふりをしていればいずれ過ぎ去ると思っているアメリカ人もいるようだが、そうはいかないだろう」と話した。
同氏はまた、「人種差別と消費主義には密接な関係がある。今回の暴動では主にラグジュアリーブランドのハンドバッグやスニーカーなどが略奪されているが、それは現代の消費社会ではそうしたものに最も価値があるとされていて、持っていないと“劣った人間”だと見なされるからだ」と説明した。しかし、希望はあると同氏は強調する。「最近のこうした抗議行動を見ていると、以前よりもアライ(当事者ではない支援者)が多く、幅広く連帯していることに心を動かされる。もはや黒人社会と世界の対立ではないし、多くの人は人種差別を黒人だけの問題だとは思っていない。自分たちにも関係がある人権の問題だと、ようやく気づいたのだろう」。
その言葉を裏付けるかのように、5月31日には何百人ものボランティアがロサンゼルスに集まり、破壊された街の清掃活動を行った。その一人であるフード・ジャーナリストのジャッキー・イアドニーシ(Jackie Iadonisi)は、「私は破壊や略奪行為は間違ったことだと思うし、伝えようとしているメッセージを損なうものだと思う。とはいえ、その気持ちは理解できる。平和的に行われた抗議行動が誰からも注目されないまま消えていき、しばらくしてまた事件が起こって再び抗議することになるのを、私も幾度となく目にしてきた。こんなことを言いたくはないが、今回は物が破壊されたり燃やされたりして、ある意味ではよかったのかもしれない」と語った。
イアドニーシは、人種や年齢もさまざまなボランティア活動の参加者らと共に掃除をしながら、こう話した。「正義が公正に行われていれば、こんなことは起きなかった。これまでも警察官らがきちんと逮捕されていれば、抗議運動など必要ないのだから。でも体制側は正義を行うのではなく、街が燃やされて破壊されるほうを選んできた」。