ニューヨーク発のメンズブランド「ランドロード ニューヨーク(LANDLORD NEW YORK)」の川西遼平が5月末でクリエイティブ・ディレクターを退任した。同氏は6月上旬に日本に帰国し、新しいプロジェクトの発表に向けて準備をしている。
ロンドンとニューヨークでの15年間の海外生活を終えた川西に、コロナショックで変化が必要とされているファッション業界のシステムや、コロナ禍で体験したアジア人差別、そして今全米で抗議運動に発展している人種差別問題についても語ってもらった。今回は、Q&Aの形式でお伝えする。【上】はこちらから。
コレクション発表のスローダウン宣言
“もっと実験的な試みを行うよい機会なのでは”
WWD:川西さんはニューヨーク・メンズ・ファッション・ウイークでショーを発表し続けて来た。この新型コロナウイルスの影響を受けて、アメリカファッション協議会(CFDA)と英国ファッション協議会(BFC)が「ファッション業界のリセット(The Fashion Industry’s Reset)」という共同声明を発表したが、これを見てどう感じたか?
川西遼平(以下、川西):ニューヨーク・ファッション・ウイークは、2020年春夏シーズンからメンズ・ウイークを縮小し、メイン会場の設営もなくなっていた。振り返ってみると、ブランドや主催者側に利益があったかというと正直難しかったように思う。
私自身もコレクションデビューをした当初は、ショーを行うことばかりに力を注ぎ、ビジネスの部分はあまり意識していなかった。しかし、継続して年2回ショーを開催するようになってからは、ショーを行う意義を疑いながらも続けてきた。会場のサポートを受けていても、ブランドの負担はある。卸先の店舗数やブランド認知度はショーを行うごとに増えていったが、その後の消化率を上げるためのアフターケアまでは人員的な問題もあり難しい状態だった。
CFDAとBFCの共同声明を見て、そもそもなぜショーが必要なのか、今までのビジネスモデルのやり方が本当に正しいのかということをあらためて考えさせられた。コレクション制作は、自分のアイデアに基づいたリサーチからデザイン、サンプル作りまでに半年近くかかる。そうして、ショーや展示会を行い、実際にお客さんの手元に届くまでに1年近くかかってしまい、鮮度の落ちたものを提供しているようにも感じる。デザイナーが一から新しくシステムを構築するのは難しいかもしれないが、小さな規模でモノ作りを行なっているデザイナーは、もっと実験的な試みを行うよい機会なのではと思った。
深刻視される人種差別問題
“疑い続けることが重要だと思う”
WWD:川西さんの、コロナ禍のニューヨーク・ハーレムで「スエットが防御服になった」という表現に驚いた。今欧米では新型コロナの影響でアジア人差別が増えているという話を聞く。5月末からは、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスの警官による黒人男性の暴行死事件に対する抗議運動が始まり、人種差別が問題視されている。今後はどのように状況が変わっていくと想像するか。
川西:この新型コロナウイルスでは3月上旬頃から、アジア人への視線は少しつらい印象だった。地下鉄内で咳をしたときの周りの反応は、かなり過敏になっていた。路上を歩いていても、「コロナコロナ」と揶揄されるような体験もした。ニューヨーク社会は従来、人種に関係なくコミュニケーションをとっている街だが、この状況下では人種への差別意識を強く感じることに幻滅した。このような社会的に不安な状況の中でも、人種の違いで他者に攻撃的な行動を起こすということが2020年にあるという現実、過去と何も変わっていないということに目の当たりにしたことは残念だ。
そこから2カ月以上たち(5月下旬)、徐々にではあるが、季節も変わり、再び外に出られるような空気感は街全体にある。今の段階では自分の周辺で、アジア人というくくりでの差別はあまり感じなくなってきた。ただ、今アメリカ国内で大きな問題となっている警官による黒人男性の暴行死事件については、過去のアメリカの歴史を繰り返している状況だ。差別がスマートフォンなどで撮影され、それをSNSで拡散し、デジタルとフィジカルでの抗議運動のデモが行われている。SNSの発展もあり、今後は以前よりも個人間でこのような問題を監視できるような状態になると想像できる。しかしSNSでの個人からの発信にも偏向的な側面もあり、大衆メディアからの発信も同様だ。正義を建前にSNS内外での欧米内の同調圧力も生まれている。“正義”という概念が一番正義じゃない状況を生んでいるようにも感じる。もちろん、連帯は重要なことだが、今起こっていることをきっかけに誰かが使い方を誤れば、危険なツールになり得るということもあらためて認識した。現状には、疑問を持つ。誰かの思想を鵜呑みにせず、疑い続けることが重要になると思う。
黄色人種、黒人に限らず人種や出身国などで個人を判断する価値観が変わらない限り、根本的には変わることがないと思う。
今後、海外へ出て行く人へのアドバイス
“強い意志を持ち続けること”
WWD:ロンドンとニューヨークでファッションを学び、ニューヨークではメンズブランド「ランドロード」を成長させ、現地でコロナ危機も体験した。長い海外生活での経験を踏まえて、今後海外で留学や就業を目指す人に何かアドバイスできることはあるか?
川西:個人的な経験をもとにすると、海外生活で僕が学んだことはポジティブなことよりもネガティブなことが多かったと思う。18歳まで日本で過ごし、15年前にロンドンへ留学して最初に感じたことは、社会全体から自分がアジア人、日本人というくくりの中で判断されるということだった。日本にいる間は、日本人ということを特別意識する必要は当然なかったが、多様な人種で社会が形成されているロンドンでは、最初に他人から判断される基準は人種だったように思う。
しかしそこから、日本人、アジア人、黄色人種という自分が持つ身体性やアイデンティティーからコミュニケーションが生まれ、その意味と自己認識を確立した上でモノ作りができるようになった。当たり前のことを別の視点から再認識できる環境が、海外生活の醍醐味なのではないか。その点はニューヨークでも同じ。しかし、同時にそこでは今も起こっているような人種差別の問題が生まれている。
仕事をすることに関しても、わざわざお金を払ってビザ申請を行い、労働する権利を手に入れるとことから始まる。当たり前だが、自分の国で行うより何倍も面倒だ。それでも海外留学や海外で働くことを目指すのであれば、個人の強い意志なしでは難しい。どんなことがあっても自分の意志を貫きたいという強い気持ちを持ち続けることが大切だと思う。いつの間にか15年もの月日が流れ、過去に自分が夢に見て、やりたかったことはなんとかほぼほぼ達成できたように感じる。ただこのコロナ禍で移民排除の政治方針などを含め、僕の海外生活は、意志よりも疑問が勝ってしまった。