ファッション

「80歳からはボランティア活動をしたい」佐伯チズ美容家が語った生涯と追い続けた信念

 美容家の佐伯チズ氏が6月5日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)により死去した。3月23日にALSの罹患を公表し、車椅子生活になったことを報告しつつも「今後も可能な限り活動を行う」とコメントを寄せてから、わずか2カ月半。日本で“美容家”の礎を築き、多くの女性に美を届けてきたレジェントは、多くの人に惜しまれながら76歳でその生涯を閉じた。2018年10月18日号の「WWDビューティ」の美容家特集で佐伯氏にインタビューを行った際、生い立ちから美容に目覚めたきっかけまで、予定していた取材時間を大幅に超過するほど語っていただいた。その時のコメントを引用しつつ、故人の功績を振り返る。

氏を育んだ環境と美容への目覚め

 佐伯氏は取材時、幼少期の思い出について「父は愛人のところへ行き、水商売をしていた母も別の男と恋愛をした。育ててくれたのは祖父母だった」とその生い立ちを振り返った。両親と縁の薄い暮らしの中で佐伯氏は自立心を育んだという。美容への興味をかき立てたのは、大阪北区の曽根崎でスタンド割烹を営んでいた叔母の存在だった。「銭湯で体を清めた後、美容室で髪を結い上げ化粧をして着物を着ると、婆が娘に変わった。その変貌を見て美容にはなんという力があるんだろうと思わされた」。

 高校卒業後はOLとして働いていたが、美容への情熱が捨て切れず20歳のときに牛山美容文化学園(現ハリウッド美容専門学校)に入学し、美容師免許を取得。美容室で働いた後、67年に結婚したばかりの夫や恩師である牛山喜久子校長の勧めもあり、当時、日本初の直営サロンを作ろうとしていた「ゲラン(GUERLAIN)」に就職する。美容師免許を持っていた佐伯氏は「技術者からトレーナーまでなんでもこなした」といい、日本人で唯一のディプロマをフランス本社から授与されるほど活躍した。その後、84年に最愛の夫と死別し絶望を味わいつつも奮起。88年に「ディオール(DIOR)」に入社し、インターナショナル・トレーニング・マネージャーに就任。定年まで勤め上げたのちにサロンを開き、“美肌師/美容家”としての活動をスタートさせた。

美容家としての信念を最後まで貫いた佐伯チズという生き方

 美容家としての活動は定年退職後の60歳からと遅咲きだが、その活躍は多くの人が知るところだ。メディア出演や書籍出版、スクールの立ち上げなどさまざまな活動の中で、手軽にビューティアップがかなう美容テクニックの数々は仕事や子育てに追われる女性たちから支持され、年齢を超越した肌の美しさと気品のあるたたずまいは見る人を引きつけた。また、口から放たれる前向きな言葉は多くの女性たちに勇気と自信を与え、美容本以外にも「願えば、かなう。」(講談社、2006年)、「ひとり涙の法則 夢追いの法則」(大和書房、07年)など多くの人生哲学本を出版。女性の生き方の道しるべにもなった。

 佐伯氏は「ゲラン」在籍時に「人を美しくするには偽物ではだめ。本物でなければならない」と感じたという。一人でも多くの女性たちの肌や心に美を注ぎ込み、一人一人の人生に輝きを与えたいという信念は、美容家としての活動の柱だった。その思いは、ALSを公表した際の動画で「もっと自分を大切にね。自分らしくなるのよ」と涙を流しながらファンに訴えた姿からも伝わってくる。

 18年の取材では「75歳から80歳まではこれまでにできなかったことを行う5年間にしたい」と語り、全国各地で「美肌塾」と題したセミナーを精力的に行っていた。また、その後のプランとして「80歳からは憧れのオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)のようにボランティア活動を行いたい」と目を輝かせていたが、その夢はかなわなかった。しかし、7月には遺作となる書籍「夢は薬 諦めは毒」(宝島社)がが出版されるという。偉大な美容家は病に侵されながらもその信念を胸に、最後の最後まで女性の美と人生を応援し続けた。

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